大学院留学No.7 | ヤウのあれこれ

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偏差値38の元落ちこぼれが色んなことについて書いてみる

どうも皆さん、ヤウです。

 

大学留学、大学院留学というのは一般的に見れば華々しい経歴としてみられるが、実はそんなことがない場合が多い。

 

特に大学院留学は学問を修めるためなので、楽しい留学ライフが待っているわけではない。同級生も大人が多いため、意味もなく集まるということはなく、それぞれが自分のペースで生活している。

 

私の留学生活も当然、友人をたくさん作るようなモノではなく、自分の部屋に引きこもり、ひたすら学習をこなすという日々を過ごしていた。

 

毎日、必死でエッセイを書いていたので正直遊んでいる余裕もなかったしお金がなかったのでどこかに旅行に行くこともできなかった。

 

そのため、留学生活で思い出に残っていることが実はほとんどない。一日一食で生活していたこと、風呂にほとんど入らなかったこと以外、ほとんど印象に残っていることがない。

 

ひたすらエッセイを書き、授業の準備をするという日々だった。もちろん、健康は第一なのでランニングは欠かさなかった。狭い部屋だったが、筋トレもしていた。

 

授業もリスニング力がなかったので、あまり聞き取ることができず、授業で話されたことの理解はかなり厳しかった覚えがある。

 

しかし、自分に課していたのはとにかく成績を取ること。どんな形でもいい、どんな手法を使ってもいい、授業で及第点をもらえれば他は何でもよかった。

 

以前に書いたかもしれないが、意識していたのは自分の意見を絶対に書かないこと。国際関係学という専攻だったが、大学時代は全く異なる分野を先行していたため、知識量もたかが知れている。

 

そのため、文章で使う英語は論文から持ってきて、その主語を変更したり、受動態にしたりしながら盗用にならないよう注意していた。

 

エッセイで問われる内容については、参考文献から似たような内容について書いている論文を複数見つけてきて、それを組み合わせて文章を完成させていった。

 

自分で作成した文章は一文も無かったので、正直相当大変な作業だ。何しろ、エッセイで書かれるすべてのセンテンスがどこかから持ってきた文章なのだ。それを一文ずつ探してくるのは相当骨が折れる作業であることに間違いはない。

 

しかし、就活全滅したこともあり当時は自分が生きていられるだけでも幸せだと思っていた。息できるだけで幸せなことなんだ。

 

そんな人間が海外の大学院で学んでいるという奇跡。

 

そんな気持ちで学習していたので、文章を引っ張ってくることぐらいなんでもなかった。

 

周囲が100個の参考文献を読んだなら、自分は300個の参考文献を読み漁る。

 

人の3倍の学習をこなす。

 

これだけは譲れなかった。