大学院留学No.2 | ヤウのあれこれ

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偏差値38の元落ちこぼれが色んなことについて書いてみる

どうも皆さん、ヤウです。

 

渡豪当日。

 

大学卒業後、英語を必死で学習。ある程度、力は伸ばすことができたものの授業が理解できるのか、その不安は最後まで消えることはなかった。

 

当日は家族が成田空港まで車で送ってくれた。家族や親戚の中で大学院に留学している人など皆無だったため、正直この後どんなことが待ち構えているのか全く見当がつかなかった。

 

空港のロビーで家族と別れるとき、自然と涙があふれてきた。不安や寂しさなど色々な気持ちが重なりこらえきれなくなっていたのだろう。

 

10時間後、シドニーへ到着。

 

まずは、キャンベラまでの高速バスを探すところから始まった。

 

空港にいた警備員っぽい人に「キャンベラまでのバスはどこにあるか」と聞くと「分からない」という返答が返ってきた。

 

その後、何人かに聞いてみてようやく場所を見つけることができた。正直、自分の英語力が足りずに理解できていなかったところも多かったと思う。

 

バスに乗り3時間ほどかけてキャンベラへ到着。

 

バス停から大学の敷地までは歩いてすぐだったものの、最初は生き方が分からずタクシーを利用した。タクシー運転手に印刷した地図を見せて行き先を説明をしてもらったが、やはり半分ぐらいしか説明がわからなかった。

 

寮へ到着し、スーパーへ直行。買い物と食事をしてその日は終わった。

 

翌日、目を覚ますとやけに体が重い。。。

 

喉は焼けるような痛みがあり、鼻水も止まらない。。。

 

やってしまった。。。

 

留学2日目にして風邪をひいてしまったのだ。

 

オーストラリアに旅立ったのは7月7日。日本はかなり夏に向けて暑くなる時期だが、オーストラリアは真冬なのだ。気候が逆のため気を付ける必要があるなと思っていた。

 

海外で土地勘もないまま病気にかかるのはかなりつらい思いをすることは予想していた。症状を説明するのも母国語ではないので負担が大きくなる。だからこそ、かなり気を付けていたはずなのに。。。

 

案の定、ひどい風邪をひいてしまった。熱は39度近くあり、ベッドからほとんど動くことができなくなってしまった。

 

不幸中の幸いだったのは、授業開始まで2週間ほどあったこと。そして、数日間の食糧は持ってきていたため自分の部屋でずっと寝ていても何とか生き伸びることができた。

 

一日、18時間ほどの睡眠をとったこともあり、3日間ほど回復したが、その後、再び大きな試練に襲われることになるのだった。。。