★★剣を持った青獅子★★ -148ページ目

ジャンヌ・リップグロス

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うふふ☆

オスカルのアイライナーを使用中だけれど、とても使いやすいの。

ちなみにアイライナーは、はじめはジャケ買いだったけど(だってドレスを着た麗しいオスカルだったのさ)、普通によい!

ってなわけで今回はベルばらコスメはグロスを購入!

しかもジャンヌ!!

種類は
オスカル
→ベージュ系

ロザリー
→ヌードピンク系

アントワネット
→チェリーピンク系

ジャンヌ
→レッドピンク系

ジャンヌのグロスの正式名称は
『ジャンヌ・バロア リップグロス』
色は『魅力的なラズベリーレッド』

そして
『惑わしの輝き/偏光パール入り』
だって!


最初はオスカルのベージュを試してみたんだけど、私には合わなくて顔色悪くみえちゃう。

なので、今までマジョリカで使ってた赤いのに一番近いこの色にしました☆


このグロスつけたら色んな詐欺を働けそぅ☆

ジェローデル

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近所を歩いていたら、馬に乗ったジェローデルを見かけた。


と、思ったらジェローデル似の犬だったという事はないだろうか?



ヘアースタイルも、顔も、気品もジェローデルを彷彿させるこの犬


『アフガンハウンド』

という犬らしい。


旧約聖書でノアの箱船に乗った種類の犬と言われている。

なるほど。

フランス革命でゴタゴタしていた中、きっと彼は逃げ延びて革命後にはどこかの貴族の令嬢と結婚して平凡だけど幸せに暮らしたんだろうなー、と思う。


ジェローデルのファンは多かったと聞くが、私がジェローデルをかっこいいと思った事は残念ながらない。

まずアニメから入った私はあの高いハスキーな声が受け入れられなかった。


後に三宅裕二の声を聞いてジェローデルを思い出すようになる。


ジェローデルって、かっこいいんだー★と思うようになったのは、宝塚で真矢みきがジェローデルを演じてから。

つまり、原作、アニメともに完全に脇役扱いだった。

しかも、アニメのジェローデルは原作に比べ、さり気なくダメキャラだ。


29、30話でオスカルの前に部下としてではなく、一人の男性として登場するジェローデル。


オスカルパパにオスカルをくださいとアピールし、衛兵隊に移動したばかりのオスカルに付きまとって気持ちを伝える。


次の登場はオスカルのお婿さん探しパーティー。

軍服を着て現われたオスカルを遠くから眺めながら
『あなたらしい・・』

と伏し目がちに微笑む。



その後、オスカルに対する彼の気持ちはストーリーの展開的にシカト状態となる。


そして35話。
平民議員に銃を向けようとした衛兵隊の前に白馬に乗ったオスカルとアンドレ颯爽と登場。

勿論、衛兵隊を率いるのはジェローデル。

『ひけー、ひけひけー!』
衛兵隊員全員の前を馬で駆け抜け、一旦左から右にフレームアウトした後、中央に再び引き返し、ジェローデルの前に立ちはだかるオスカルがかっこいい。


『ジェローデル、私の剣をうける勇気があるか?近衛隊の諸君、私の胸を砲弾で貫く勇気があるか?さあ、撃て!武器も持たない平民議員にその銃口を向けるというなら、まず私の屍を越えてからゆくがよい!』


雨が降りしきる中、両手を広げるオスカルがひたすらかっこいい。


しかし、オスカルは近衛隊が自分に逆らえるはずのない事を知っている。

人によっては自信過剰で自惚れにもとれる発言。


しかし、オスカルにはそれを言えるだけの影響力がある。

もちろん彼女を近衛の隊長として長年慕ってきた隊員たちは彼女に逆らうことは出来ないし、ジェローデルはまだオスカルを愛しい人として忘れられないでいるはず。


ジェローデルはそんなオスカルを前にして、すんなりと身を退く。


それはオスカルの貫く正義を感じ取ったからでも、共感したからでもない。


愛するオスカルの言うとおりにしただけである。

オスカルを愛しいと思うジェローデルに彼女を殺してまで平民に銃を向けるなんて考えはない。


美しいパリを火の海にしたくないが為に衛兵隊12名をすぐさま釈放するよう命じたマリーアントワネットと似たようなものだ。


フランスの変わりゆく様をきちんと把握しようとする貴族がいない。



話は戻って、会議場を去るジェローデルと近衛隊。

ジェローデルは去り際、オスカルを振り返り手を振る。


『ジェローデル・・・』

その光景をしっかり見届けるオスカル。

自分が仕向けたものの、謀反人となっても自分の命令に従ってくれたジェローデル。

ジェローデルの愛を少なからず感じ取っただろう。

しかし、オスカルとジェローデルがこれ以降接触する事はない。

二人はこれを最後に別々の道を歩むこととなる。


しかし、去り際に振り返ってオスカルに手を振るなんてジェローデル若干空気読めていない。


かなり張り詰めた空気の中かわされた会話に間違いないのだが、ジェローデル、久しぶりにオスカルにあえて嬉しくなってしまったのか。

このまま任務を遂行せずに引き返しては謀反人として何かしら処分されるもしれないのに。。。(笑)




その反面、原作ジェローデルは、花婿募集パーティーの後、オスカルに

自分が結婚したらアンドレは生きていく事が出来ないくらい自分を愛してくれていて、アンドレが不幸せになるなら自分もまた、この世で最も不幸せな人間になってしまう


と、告げられ、


彼が不幸になれば貴女もまた不幸になる、
わたしもまた、あなたが不幸になるならこの世でもっとも不幸な人間になってしまう。


とジェローデルは

身を退くことがただひとつの愛の証

と、オスカルの前から姿を消す。


アニメのジェローデルは中途半端にフェードアウトしてしまったが、原作ジェローデルはきちんとオスカルへの想いにピリオドをうつ。

パーティーでバラのはなびらを口にしていたオスカルは、『毒ワイン事件』『わたしのアンドレ事件』を経て、身を退く愛を見せたジェローデルの背中を見送りながら雑草を口にする。

バラ→雑草に変わったのはオスカルの心の変化が描写されているのだろうか?


その絵に解説を加えてしまうと無理矢理オスカルの心情を説き明かすみたいで苦しいから止める。

ってか実は私もよくわからない。(笑)


もしかしたらオスカルがくわえた葉は『月桂樹の葉』かもしれない。

市民の徽章としてパリ市民が帽子につけた月桂樹の葉。


女としての華やかな未来を手にできたはずのオスカルがジェローデルとの縁談を断ることで、フランスの貴族としてではなく、フランスの1国民としての人生を歩んでいくことにした表現とも取れる。



ジェローデルが身を引いた後、オスカルは父に

後悔はございません、
この身を剣に捧げ、砲弾にささげ、生涯を武官として生きる

と言っている。


また、ばあやも結婚の話をけってからオスカルが強いお酒ばかりを常に飲んでばかりいる、と心配している。


オスカルは随分忙しく働きまくっていたようだ。
酒の力が今の彼女を奮い立たせ、また、多くの悩みを紛らわせてくれているのだろう。


あの葉っぱは、自分の中の『女』を封印し、強く武官として自分の信じる正義に生きることにした描写だと無理矢理解析してみた。


後に謀反の罪で父に処分されそうになり、アンドレに助けられるまでオスカルは完全に軍人として生きる事に努める。



すっかりジェローデルの話から反れてしまった(笑)


ま、あの『身を退くことも愛の証』エピソードがあり、オスカルの『私の屍を越えてからゆくがよい!』 事件があるからこそ、ジェローデルのオスカルへの想いに深みが出る。


なので、アニメのジェローデルちょっと残念賞。


また、アニメにはないが(尺の問題か?)、ジェローデルはアンドレに敵対心むき出し。
嫌味を言いまくりで、普段温厚なアンドレもプッツンしてショコラをジェローデルの顔にぶっかけている。

オスカルを初めから女として見ていた原作版ジェローデルには、彼女にいつもぴったりとくっついているアンドレはさぞ、邪魔な存在だっただろうか。

部下としてしか見られていない自分と、幼なじみで同じ家に住み、本音を言い合えるアンドレ。


アンドレが平民で、貴族のオスカルと一緒になるはずがない!と確信していたジェローデルでも、嫌味を言わずにはいられないほど、隙のない関係をオスカルとアンドレは築いていたのだろう。


さすがジェローデル。

アンドレをライバル視したのは大正解。


オスカルは結局アンドレの為にジェローデルに嫁がず、最終的にはアンドレを愛し、アンドレの妻になるのだから。


ジェローデル。
ベルばらに出てくる特別悪い奴でも、良いやつでも、可哀想でも、幸せでもない無難で身近な貴族キャラだなーとおもう。(笑)


しかし、潔く身を退く姿はスマートで好感がもてる!(あくまで上から目線(笑))

オスカルの最後の言葉

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オスカルの最後もアニメ、原作で違う。


アニメのオスカルはバスティーユから一斉に銃で撃たれる。

7月14日の空は青く澄み渡り白い鳩が飛ぶ。

その景色に一瞬気を取られたオスカルは銃弾に倒れる。

虚ろに空を見上げるオスカルが発した言葉は『アンドレ・・・』

彼女はアラン、ベルナール、ロザリーに付き添われパリの路地に寝かされる。

『アラン。おろしてくれ。お願いだ、とても疲れている、5分で良い、静かな場所で休みたい』


休むことなく戦ってきたオスカルの彼女らしくないセリフ。


限界だったのだろう。

いつも強気の彼女からでるこんな言葉は本当に切なく聞こえる。


オスカルを心配するアラン、ベルナール、ロザリー。

しかし医者は彼女が助からないと判断し、額の血を拭うように言う。

拭ったのはロザリー。


路地に横たわるオスカルにはその狭い建物と建物との間からパリの美しい青空が見えている。


『どうした、アラン、銃声が聞こえないぞ、撃て、撃つんだアラン。』


生死の間を彷徨いながらも軍人として、武官として、変わりゆくフランスを案ずるオスカル。

彼女は自分の信じる道を歩み、その人生の最後の時までその道を突き進む。


命の尽きる最後まで戦いに生き、自分の正義を貫くオスカル。


オスカルの最期の命令を聞くアランは涙を浮かべながら、勢い良く持ち場に戻る。
敬礼するアランの逆光のシルエット。


オスカルへの敬意が伝わるその姿がとても印象的で、大好きなシーン。

それがアランとオスカルの最後。


アランが行ったことを確認し、虚ろに空を見ていたオスカルはゆっくりと瞳を閉じる。


彼女の意識が戦いから反れてゆく事を表すかのようにBGMは銃声から美しい音へと変わってゆく。

瞳を閉じてオスカルがみたのは優しく微笑むアンドレ。


『アデュー・・・』


最後に小さくつぶやく。
これがオスカルの最後の言葉となる。




一方、原作のオスカルは、撃たれたのち、最後のトドメをさされる。

しかし、アランがオスカルをかばい左腕にその銃弾を受ける。

これは、原作版にだけ描かれたアランがオスカルを想うエピソードがあるからこそ、一層愛のある行為に思える。


オスカルはアランに抱えられて戦場から離れる。

オスカルは死の間際、アンドレに問う。


『アンドレ、苦しくはなかっか?
お前が耐えた苦しみならわたしも耐えてみせよう・・・』


もうろうとした意識の中で、やはりアンドレを想うオスカル。


オスカルの傷ついた姿を見てうろたえるロザリー。

それを見てオスカルは
『アンドレが、待っているのだよ。』
と静かに言う。

オスカルは自分の最後の時が近いことを知っており、ロザリーにさとす。



オスカルは死の直前、総攻撃を仕掛けたバスティーユに白旗があがったのを見る。

衛兵隊と第三身分の民衆で勝ち取った勝利である。

それを見届けると

『フランス、万歳!!』

そう言ってオスカルは息耐える。


『いやーっ!!』
ロザリーはあまりに信じられない現実に泣き叫ぶ。

『お願いよ、アンドレ!オスカル様を連れていかないで!』



それが原作オスカルの最期。



原作のオスカルがバスティーユの白旗を自身の瞳で確認してから息耐えるのに、アニメのオスカルは、彼女の死から1時間後にバスティーユが白旗をあげたことになっている。


また、最後の言葉も
アニメ
『アデュー』


原作
『フランス万歳!!』


最後のシチュエーションが違うのだから、もちろん最期の言葉も変わる。


なぜ、アニメのオスカルはバスティーユの白旗を見ずに死んでゆくのだろう。


アニメの放映時間の尺の問題で、、、って言われたら実も蓋もないのだが(笑)



女として産まれて男として育てられ、フェルゼンに女として恋をし、男として生きることで失恋の傷を癒し、最期は女としてアンドレと愛を誓い合う。


女性であったから、男性として生きたから、というジェンダーの問題で悩むシーンが多いオスカル。

アニメのオスカルは第1話で、王室で軍人として生きることを父親に命じられ、反発しつつも結局最後は自分の意志で軍服を纏い男として生きる道を選ぶ。



そんな彼女は最後まで軍人として戦いの指揮をとるが、最後は愛しい夫・アンドレを思い出して女として人生の幕をおろす。


強く気高く自分の信じる正義に生きたオスカルが、銃声の響く中、武官としてではなく、1人のフランス人として、女性として穏やかに息を引き取るシーンは余計に彼女の死を切なく演出する。

生きている時にオスカルが最後に目にしたのはおそらくフランスの青空。

絵のモデルをしていた時にマリーアントワネットがパリ訪問の際に見た青空を、『本当に美しかった』と語ったオスカルは、この日の青空に何をみたのだろうか。


オスカルの最期の言葉
『アデュー』

さよならを表すフランス語だが、以前マリーアントワネットにいった
『オールボワール』

とはニュアンスが違う。
『オールボワール』
が、アニメでも解説されていたとおり
『また会いましょう』
に対し、
『アデュー』
は、
『永い別れ』
を意味するという。




原作のオスカルは自ら革命に身を投じ、そして死の間際にバスティーユの降参を確認し、自分の信じた正義が勝利したことを実感し、このフランスが明るく変わることを期待しこの世を去る。


銃で撃たれて瀕死の状態の時に思い出したのはアンドレのこと。

オスカルが辛い時には常にアンドレが傍にいて、彼女をいつも支えていたのだろう。


しかしアンドレが耐えた苦しみなら自分も耐える、と助けを求めることはない。
アンドレを支えにしながら最後の時まで強く生き抜いていこうとしている。


やがて白旗をみて
『フランス万歳!!』
と息絶える。


原作のオスカルもアニメ同様ジェンダーに悩むが、アンドレの妻となり、原作のオスカルはより軍人として今まで以上に強く生きてゆけたのだろう。


アニメ38話のオスカルが、アンドレを夫とした後、アンドレの選ぶ道と同じ道を歩みたいと口にし、アンドレの指示を仰ぐシーンがあるが原作のオスカルはそういったことはしない。


また、アニメのオスカルは自分がアンドレと夫婦になったことを衛兵隊員に告白するが、原作のオスカルは死の間際、ロザリーに

『(天国で)アンドレがまっているのだよ、私たちは夫婦になったのだから』
と告げるだけ。


アニメのオスカルが衛兵隊のみんなにアンドレと夫婦になったことを告白するのに対し、原作オスカルは仕事とプライベートを分けたか、公言はしない。



アンドレと夫婦になり、武官としてだけではなく明るい未来を1人のフランス人としても改めて望んだオスカル。


以前から持っていた自分の正義でパリに飛び出し、アンドレを心の支えに最期まで武官として明るいフランスの未来を信じて生きたオスカル。


ここが、ラストシーンの違いに影響しているのではないだろうか。


女として産まれ、男として育ち、アンドレという信頼できる夫の存在が傍にあったからこそ、最後までオスカルは自分の信じる道を躊躇なく突っ走って行けたのだろう。


それほどオスカルのなかでアンドレの存在は大きい。
死と隣り合わせの戦いに身を投じながらも、
『この戦いが終わったら結婚式だ!』
と生きることに前向きな言葉を発するオスカル。

そんな彼女が愛する夫アンドレを失ってもなお、向き合ったフランス革命。


自分で道を選び、勝ち取った勝利を見届けてから息を引き取ったオスカルは最期は『軍人として』死んでいったようにおもう。


アニメでは、オスカルがアンドレと夫婦になったことを公言したこともあってか、アンドレは沢山の人たちに惜しまれながら看取られて逝く。
そしてアンドレを無くして抜け殻のようになったオスカルの様子が日没から次の日にかけて長く長く描かれている。
アニメのオスカルは、アンドレを失ってもなお、変わりゆくフランスのために自分が必要とされているのだ、という自身の中の使命感と正義感に突き動かされ、戦場に戻って行く。





アンドレの面影を見ながら、女として穏やかに激動の人生を終えたオスカル。


アンドレの存在を支えに軍人としての達成感を噛み締めながら息耐えたオスカル。


そんな違いが生んだ
それぞれ違ったラストシーンだったのではないだろうか。


ジャンヌの死の間際同様、正反対のラストシーンだが、どちらもオスカルらしい気がする。


どちらにしてもオスカルの最期を見取ったのがロザリーでよかったな、と心からおもう。


強いて言えば、アニメのロザリーが好き(笑)。

オスカルの変わり果てた姿に言葉を失い、妙に冷静。現実が受けとめられなくて冷静だったのかもしれない。

だからこそ、最期の
『いやぁぁぁっー!!』
と叫ぶシーンが際立つ気がする。


オスカルの最期のシーンは何度見てもそのたびにショックをうけて暫く立ち直れないので覚悟してからじゃないと見れないが、いいシーンだと思う。