★★剣を持った青獅子★★ -114ページ目

フェルゼンとユリウス、オスカルとアレクセイ




1789年7月

フェルゼンは革命騒ぎで混沌としているパリに向かう。

彼は愛するマリーアントワネットの身を案じて自らの危険を省みずに飛び出して行った。


その姿がオルフェウスの窓のユリウスの姿と重なった。




これは
オルフェウスの窓を知っていらっしゃる事を前提に書いた、私の独り言です。


ユリウスの愛した相手は
ロシア革命家の英雄だった男の弟と言う立場の人間。
周りからの期待を一身に受け、
そして兄からバトンタッチして受け継いだ祖国への情熱を、恋愛のために絶やすわけにはいかない立場なのだ。




革命から逃れられない立場の相手を愛する外国人、という共通点のあるフェルゼンとユリウス。


自分を犠牲にし、国境を越え愛する人を
追い求めるというキャラクター。

自己犠牲型尽くし人間。


巻き込まれなくても済んだのに、自ら革命に飛び込んでいってしまった人たちだ。



一方、オスカルやアレクセイだって、
革命から逃れてこのまま愛しい人と静かに暮らす、という選択肢が無かったわけではないのに、その責任感と正義感の強さから
自分の幸福のみを第一優先には出来なかったタイプ。

こちらもある意味自己犠牲型。

一個人の恋愛を優先するか
祖国の平和を優先するか

進んだ方向は真逆だったが、
フェルゼンとユリウス、
オスカルとアレクセイ

どちらのタイプも大切な人を愛し、守りたいという想いは人一倍強かったはず。

そのために険しい運命に立ち向かったのに、結局4人とも幸せな死に方をしていない。



フェルゼンは祖国の民衆によって虐殺され、
オスカルはバスティーユの攻撃によって命を落とし、
アレクセイは妻=ユリウスに会いに行く途中で銃殺され
ユリウスは、かつてユリウスが殺した異母姉を想う従僕の男に暗殺される。



人間が引かれ合うパターンとしては
凸(能動的)と凹(受動的)の真逆の性質の性格がお互いの足りない部分を補い合って助け合って上手くいく場合と


凸と凸、凹と凹、□と□、のように
同じ性質の者がお互いの似たような性格に心地よさと理解を示して上手くいく

という場合の二種類だと思うが



ベルばらでは『優先すべき幸せ』に対する価値観に関しては真逆のタイプではあるが
ともに能動的な凸タイプの
オスカルとフェルゼンが結ばれることはなく、この二人の相手には受動的な凹タイプのキャラクター達が用意されている。


亡命を計画したフェルゼンに身を委ね、
人生を預けるマリーアントワネット。

そして
革命に身を投じるオスカルに異議を唱えることなく自らの人生を愛する人を守るために捧げたアンドレ。

(アンドレも尽くし型か)


ベルばらでは、
凸と凹が対になる構図だが


オルフェウスでは、
凸と凸、能動的な2人が恋に落ち、
まるで綱引き合戦のようだった。



追いかけるユリウス

ユリウスを愛する気持ちはあるものの、
革命の仲間を放っておくことは出来ないアレクセイ。


とりあえずこの繰り返し。
時にはアレクセイの足手まといになる
ユリウス。

こちらは『あちゃー』と思うけどユリウスはアレクセイの事しか見ていないので
度々足手まといになっていたが、
本人はまったく理解できない様子。


オスカルによく似た容姿のユリウスの
自分の事しか考えられない言動が、
オスカルとはかけ離れすぎて何度も
嫌いになりそうでした。笑
アントワネットみたいな容姿だったならば
すんなりと受け入れられたのかもしれない。




結局この綱引き勝負、ひとまずは
ユリウスの勝利。


ほんの一時だったが
革命に運命を捧げたはずの男の心を自分の物にしたのだから。




しかしアレクセイが懸念していた通り
革命家としての活動と愛する者を守ること、その両立は難しく、身ごもったユリウスに会いに行った先でアレクセイは殺害される。


アレクセイを心配するあまり、ユリウスは敵の前で『アレクセイ!あぶない!』と、
彼に声をかけてしまう。

そのユリウスの声のせいで
アレクセイはその存在を敵に知られてしまうという結果になったのだ。



なんて悲しい結末。

ユリウス、彼を愛する度に彼を危険な立場に追い込んでしまうのだが本人はやっぱり全く気がつかない。

そんな展開になったオルフェウスの
凸凸ペア。



ユリウスのような容姿のオスカル





アレクセイのような容姿のフェルゼン



オスカルとフェルゼンは結ばれることがなかったが、
ユリウスとアレクセイは夫婦になる。

結果、悲しい別れが待っていたのだけれど
オスカルが実らぬ恋をしていたことを想うと、このユリウスとアレクセイの姿を見て
、ベルばらで見てみたかったもしも…のカップルを見ることが出来たようにも思う。



しかし、、、


ユリウスの目の前でアレクセイが殺されるシーン、

そして赤ちゃんを死産してしまうシーンの
衝撃といったらありません。


あんなに苦労してやっと幸せを掴んだと思ったのに…



もう、虚無感半端ありません。

マンガを読んで感情移入をしすぎて泣いたのは初めてでした。(T_T)


私は完全に男装の麗人である
主人公ユリウスに最初オスカルの面影を求めてしまったので
途中から

『ユリウス、都合悪くなると記憶喪失になったり錯乱したりするし、愛する人の足手まといになってるの気がつかないの?自分のことだけ考えてて、好きになれない』

と、思っていたのですが、

この残酷な結末に関しては、
いくら何でも不幸すぎる、と
ユリウスに同情するしかありませんでした。


アンドレ似のイザークは?
と言えば、あれだけの才能を持っていながら大挫折を経験する。






これも酷い。
彼は革命に巻き込まれたりはしないのでラストまで命はあるのですが、
生き様としては、生き地獄。


酒場のピアノ弾きになんかならなければ
ロベルタと出会わなかったのに。

あの、曲を聞かなければ
貴方の手と才能は輝かしい物になっただろうに!


と、
『これがバタフライイフェクトか…』
ってしみじみ思ってしまうくらい悲惨。

どうって事ない行動やタイミングが運命を大きく狂わせるのだ、という暗示のキャラクター。


イザークの人生には
池田理代子の
秋の華・sailingに共通する

『後悔したってどうしようもないけど、
あの時ああしていれば、私には違う未来が確実に用意されていたのだろうな』



と、いうような手に入れられなかったもう一つの未来への喪失感を感じます。


そして、もう1人の尽くし型人間
ロベルタ。




彼女は家庭環境に恵まれなくて非常に可哀想なのだけれど、『尽くし方』が
大変間違っている。


イザークの手の治療のために
売春をしてお金を作る。

お金を作るためにイザークの楽譜の著作権を三流会社に勝手に売る。


彼を愛しているがゆえの行動なのに、
その全てがイザークの怒りを買う。


心優しきロベルタは無知すぎたのだ。

私自身もロベルタにイライラして、
イザークの怒りはごもっとも!と、共感してしまうのだが
これはユリウスにも共通して言える事だな、と思っている。



ユリウスは運が良かっただけで、
ロベルタよりも危ない発言を何度もしている。
ロベルタの場合、被害に遭うのはイザーク1人だけだけど、
ユリウスの場合はアレクセイだけでなく、彼の大勢の同士を巻き込んでしまう可能性があった。
(本人自身が、ロシア皇帝の隠し金を預かる家柄の当主だというだけでも、危険人物になりうるのに ヒヤヒヤ)


愛する人のピンチを救える尽くし型人間としての成功例は池田作品でいうとアンドレくらいかな。


アンドレは、ご存じの通り一度オスカルに王妃落馬事件で命を救ってもらったその後には
黒い騎士事件、
ジャンヌの事件、
オスカル強姦未遂事件、
ブイエ将軍の指令官室事件、
父成敗事件、
そしてオスカルを狙って飛んできた敵の玉に打たれて絶命。



愛する人をこれだけ救ってるのだから
充分です。


フェルゼンは、オスカルを救ったことはあっても(二回も!)、愛する王妃の立場を自分とのスキャンダルで悪くさせ、亡命も失敗させてしまっているという
本当に守りたい人を守れない残念な事になっている。



人生、うまくはいかないのね。



と、ただただどんよりするのでした。




とりあえず、オルフェウスは登場人物たちがハッピーにならないお話。


ユリウスの姉、マリアバルバラと
ユリウスの友人ダーヴィットのこれから始まる恋と、

イザークの息子、幼いユーベルに音楽の才能が有ることに気が付く、


というのが唯一の希望、ハッピーの予感。


あとは全滅です!!!!



とにかく、史実に基づいた社会的、歴史的に大変すばらしい作品で有るということと、

そして
オスカル、アンドレ、フェルゼン
の面影を持った人たちの活躍を見られる!


という点ではとても良いのですが、


読み終わった後の不幸な感じと、
空っぽになる感じが
ベルばらの100倍くらいあります。笑




また、オルフェウスの塔の上から下を見たときに出会った人と恋をするが、悲しい結末が用意されている


だなんて言ってるけど、オルフェウスの窓に立たなかった大勢の登場人物も、
窓に立った人たちと同じくらい不幸に恋愛を終わらせてるのを見ると、

もう、窓とか関係ないじゃーん!!!
みんな不幸になったよー!!!


と、思う作品。


そして、フランスが革命から長い時を得てファッションの都、流行の発信地として
賑やかに発展しているのに対して



ロシアは落ち着くまでにまだしばらく
時間がかかりそうです。
すばらしいアイススケートの選手やバレリーナがいる芸術の都なのに、政治に関する暗殺事件がつい最近も起こっているのだから、まだまだ現代のアレクセイたちは姿を消せないでいます。



ロシアにこんなに大変な時代があったなんて想像できないよね、


と、オルフェウスの窓の読者が
良い意味でアレクセイとユリウスの悲運な人生とロシアの様子とを結びつけることが出来ない時代が来ることを願っています。










発砲するオスカル

アニメにてオスカルがはっきりと
人に向けて発砲したのは4回。

(あたくしの記憶が正しければひらめき電球
バスティーユへの大砲発射は建物へ向けている、ということでノーカウントです☆)

1度目はドゲメネとの決闘の際。
オスカルはドゲメネとオルレアンの罠にハメられそうになるが回避。

子供を撃ったドゲメネの右手をねらい打ち。見事命中。




次はアンドレの左目から光を奪ったベルナールを撃つ。


原作では、アンドレの目を奪ったベルナールに復讐しようとするオスカルを冷静にアンドレが止める。

『武官はどんなときでも感情で行動するものではない』



の名言。

しかしアニメではオスカルの勢いにアンドレ間に合わず。

『どうした?!今の銃声…』

はぅっ!
ベルナール倒れてるやん!

アンドレが気が付いたときにはオスカル発砲済み。



残念でした。

でもいいのです。
やれやれ、オスカル。

原作のオスカルが出来なかった復讐をせめてパラレルワールドでは果たすのだ!
原作オスカルに比べて君は常に冷静に物事を判断出来るのだから!笑

しかも、ベルナールは負傷することで結局はロザリーと出会える運命になり結果オーライだぞ。


そしてお次は
サンジュストの手下のテロリスト。
衛兵隊に潜んでいた荒くれ者の男。
オスカルが衛兵隊に来たばかりの頃に剣を交えたこともあり存在感があった。


この男に命を狙われたのでオスカル発砲。

当たりはするが致命傷にはなっていない。

生かしたまま捕獲し、首謀者の名前を聞き出すために腕を狙った様子。





しかし、オスカルに襲いかかろうとしたのでこの男はアンドレとアランによって銃殺されている。


(さっきまで持っていた男の銃がなぜか見当たらない。)

これについては詳しくはまた後ほど。






そして最後は7/13の夕方。
激闘の末に約半数に減った衛兵隊を引き連れてベルナールたちの待つテュイルリー広場へ戻る途中。

ふと見ると目の前に兵隊がいる。
敵兵は銃を構えた、と同時に銃をとる
オスカル。
オスカルの放った弾は命中。
敵兵は倒れ込む。

しかし、この名も無き兵隊の放った弾は
オスカルの発砲と同時に彼女の大切な夫、
アンドレの心臓を打ち抜いたのだ。


原作ではオスカルの楯となり銃弾を自らの体で受け止めたアンドレ。

オスカルを護ったわけでもなく、
しかも名もない兵隊に撃たれて死んだ
アニメアンドレを
『こんなの犬死にだ!!!』

と嘆いたファンはもちろんいただろう。




確かに、
お前のために命を懸けるぞ!
と若き日に心に誓った約束を果たして死んでゆくアンドレの『死に方』は
『ベルばら』にとっては大変重要。

オスカルへの想いが、彼の最期に反映されるのだから。





しかし、アニメでのこの演出、大人になってから見ると深いなぁと思える。

(子供の頃はアンドレ死んじゃう!!!
と、しか思わなかったけど)




オスカルは平民達の側に立って自分の正義に従って戦ったが、このオスカルに撃たれた敵兵にだって自分なりの正義があって、精一杯戦っていたのではないだろうか。


そして、この敵兵が撃ったアンドレが
オスカルの大切な人だったのと同じように


オスカルに撃たれた名も無き兵隊にも家族や愛する人がいたのではないだろうか。



『名も無き英雄になろう』
と言った原作オスカルは
まるでジャンヌダルクのようで格好良いがアニメのフランス革命に飛び込んだオスカルは現実世界にも共通するようなリアルな戦争体験をすることとなる。


アンドレの死がショッキングなので、
もちろん意識はそちらに行ってしまうが
この短いシーンにはそんなメッセージもあるような気がする。


主人公オスカルが人命を奪う、という
演出も衝撃的だったのではないかなぁとは思うけれどそれも含めて
この男臭いこの監督なら、この辺のテイストを一瞬臭わせる演出をしてもおかしくはないだろう。。。

そう思う。

(フェルゼンが戦争から帰ってこなくてやきもきするオスカルを表すシーンに、遺族に遺品を届ける名も無き兵隊の姿を加えるくらいなので、なおさらそう感じます)







一方原作のオスカルの発砲シーンは?
というと


ドゲメネとは一発触発!しかしアントワネットの計らいで結局決闘には至りませんてした。


黒い騎士の時に
発砲するもベルナールには当たらない。
でも馬に当たったのね。
落馬した直後なのによく当てられたものです。さすがオスカル!銃の腕もたつ。

ちょっと馬かわいそう。


そしてベルナールの家に潜んでいた
サンジュストのただならぬ気配を敏感に感じ取っていたオスカルが発砲。


運良く当たらなかったよう。



そんなものかな。
オスカルの発砲シーン。



他のキャラクターは、と言えば

オスカルの結婚話の時に
『空に向けて撃った!!!』
と、アンドレが苦しみのあまりこんな言い訳をして発砲したことはあったけど
人には当てないのよね。


(フェルゼンも平民に襲われたオスカルとアンドレを助けるときに空に向かって撃ってました)



逆に原作で人に銃弾を人に命中させるのは
ドゲメネ。

幼いピエール坊やをだまし討ちする。





そしてもう一人。









ロザリー笑!!!



まさかのロザリーという。



オスカルを助けるために引き金を引きました。そして見事命中!!!


身を呈してオスカルを守ったアンドレとは対照的に、ロザリーは攻めの姿勢でオスカルを守った。


逞しい、ロザリー。

泣き虫ロザリーだなんて言ってられない。
油断してたらウタレルカモシレナイ!笑


ポリニャック家からパリへ、そこからオスカルと奇跡の再会を果たして再びジャルジェ家に出戻ったロザリーはオスカルを黒い騎士から守り、ベルナールと結婚し、王妃の最期の時まで彼女の側で仕える。


ベルばらキャストの中で
ロザリーほど、ミラクルな人生を歩むキャラクターはいないなー、と感じていたけれど母を殺したポリニャックへの復讐心から習得した銃の技術を主人公オスカルを助けるために使う事になるなんてこれまたミラクル。




発砲シーンについての話に戻るが、
先に書いたアニメでアンドレとアランが
サンジュストの手下のテロリストに襲われたオスカルを助けるため発砲するシーン。

オスカルはこのテロリストの大男を生かしておくつもりだったのだが危険を感じたアンドレとアランが発砲。
結局この男は死んでいる。


原作のオスカル、アンドレ、アランは銃で撃たれることはあっても人を銃で撃ち殺したことはない。



しかし、
アニメのオスカル、アンドレ、アラン3人がそれぞれ正当防衛とは言え、
人を撃ち殺した、とする演出は少女マンガの概念からするとかなり大胆。
敵はモンスターや悪魔ではなく、
『人間』。
オスカルを正義として見ると彼らは敵ではあるけれど決して悪者ではない描かれ方をしている。

(オスカルを襲った男は悪者顔なので損してますね。オスカルが7/14に平民側に加担することを知っていれば襲わなかったかもしれない。・・・ぁぁ、でもアニメサンジュストの手下だもんなぁ。)







そんな私は、というと

ショックを受けたか?
それとも発砲するオスカルを受け入れたか?


不思議と、どちらも冷静に受け入れる事が出来るのです。


原作のオスカルが戦いのシーンで人を撃ったり斬ったりしないで革命に向き合うことに不自然さを感じないのは、オスカルの
正義感と素晴らしいリーダーシップ力が
既に読者に興奮と満足感を充分に与えているからなのだと思うし


アニメがリアリティーのある展開に演出されていたあの状況だったのならば彼らが
発砲するのは当然の流れだと思えたから。

(実際に革命は華々しいものではなく、血生臭い戦いになりうるのだしね。)


出崎監督が、オスカルをこんな血生臭い戦いに出撃させたのは
池田理代子のベルばらの世界観に更なる可能性を想像させた事と、
オスカルならばこのような現場でも原作とはまた違う格好良さを引き出せる!というキャラクターの魅力を感じたことが理由なのではないのかしら。


世界観とキャラクターの魅力。
もともとこれが無かったのならば
アニメのベルばらは原作通りの展開になっていたかも知れません。


連載が終わって何十年も経つのに
今でもベルばらのアナザストーリーを
二次創作として作り出す方がいるのは
この魅力の仕業なのでしょう。



ビバ!池田理代子!








そしてここからはベルばらを離れた
独り言なので、超余談です。




原作者=池田理代子氏は女性。
ベルばらは少女マンガなので、銃や剣は
オスカルのカッコいい姿を描くための
素敵な小道具として登場します。
それで充分、こちらとしては満足。
少女から見て剣や銃の性能や激しい戦闘シーンは必要ありません。
宝塚においてもオスカルの戦闘シーンは
ラストサムライのような殺陣をガッツリ
見せる物ではなく、
剣を片手に舞う華麗なダンスという演出。
(銃で撃たれるシーンに至ってはリフトされてイエスキリストのような姿になっています)
本格的な殺陣よりもむしろ、
その方が良いのですよね、女子にとっては。
そして女子は妄想力が優れているので
ダンスするオスカルを見るだけで、
その華麗な戦いっぷりとバスティーユ攻撃の激しさを感じることが出きるのですねー☆



しかし、ベルばらが少年マンガであったならまた話は別。
戦闘シーンはガッツリページをとって見せた方が良いだろうし、武器の性能や繰り出す技にかっこいい名前が付いている方が当然ウケるだろうな。


昔夢中になって読んだマンガでいうと
るろうに剣心では、主人公の持っている武器そのものが、主人公の生き様になっていたり、戦い方や武器自体にそれぞれドラマがあるものが多い気がします。
戦いを通して人生に大切なことを学んだり得たりする。
(故に彼らは常に戦っていないとダメなので、とりあえず旅をするパターン多い気がします。新しい地で新しい敵と戦い、出会いと別れを経験し人として成長する)


それに対して少女マンガでは
例えばひらめき電球
セーラームーンでも沢山の武器(かわいいステッキ)が登場。技の名前もたくさんあるけれど主人公がステッキを一振り、キメポーズと呪文をとなえれば敵は
ギャーッと退散します。
彼女らは『愛のパワー』とかを使って
内面的なところで敵を倒そうとするのですね。
ぶっちゃけ敵を倒す戦闘シーンが無くても既にストーリーは成立しているそれが少女マンガ。
ステッキはストーリーを先に進めるためのアクセサリー。
(セーラームーンは大好きだったけれど
戦闘シーンは雑な印象。笑)

そもそも少女マンガで、魔法アイテムではない武器=銃とか剣の出てくる作品を、
私あまり知りません。



私は沢山マンガを知っている方ではないけれど、こんな風に感じました。



これを上手く活用し、今まで幾度となく
再放送&リメイクされてきたのが

水戸黄門 


(ベルばらネタでは太字とか使わないくせに、水戸黄門で凝る・・・笑)

アニメでも、少年少女マンガでもなく、
時代劇を例に出します笑



☆悪い人に苦しめられる弱い立場で、
しかも困っている人が登場それを助ける
主人公メンバー。悪者が毎回登場
(人間関係がとても解りやすい)


☆ホロッとできる人間ドラマのエッセンス も忘れない
(ささやかな感動を得られる快感)


☆毎回困ったときは印籠を出す、そうすると一旦は敵がひれ伏すというお約束
(少女マンガで言うところの魔法のステッキの役割。こんなの見せて悪代官がひれ伏すかねぇー、と思うけど毎回一旦は黙ってくれる)


☆しかし、印籠を見せつけられた後に
『えぇい!かまわん!やっちまえ!』
と悪代官。結果チャンバラ騒ぎ。
一旦落ち着いてたくせにとりあえず再度暴れる。
(少年マンガでいう、正義は勝つ!をこの戦いによって立証させる役割。そして
男子は大好き戦闘シーン)


☆最期には絶対に正義(主人公)が勝つ!
(これが大前提にあると、子供から大人まで安心して見ていられる)


☆まだまだ旅はつづく!というシーンで幕。
(だいたい毎回の放送が上記の段取りの繰り返しとなるが、問題が解決されて長閑な日常がかいま見れることで、次回の事件もまたフレッシュに見られる=アンパンマンとかね。)






この番組、
男女それぞれが見たい展開をぎゅっと一つにしてるように思います。
(更に言うなら老若男女楽しめる)

素晴らしい!!!
水戸黄門!!!




全然ベルばらの話から反れて
何故か水戸黄門で終わるという、
本日は自分でも思ってもみない展開となりました。








実在したオスカル・フランソワ・ジャルジェ

カナダのケベック州はフランス語圏ですが、そこに!


オスカル・フランソワ・ジャルジェイュ

という男性が住んでいるとのこと!!!

(フランス語での正しいジャルジェの発音はジャルジェイュとなるのだそう!)

現在40代半ばとのことなので、オスカルよりも先にオスカル・フランソワ・ジャルジェを名乗っていることになります。


そう!
オスカルフランソワは実在したのです!!







すみません。。。。


エイプリルフールだったので、
同姓同名の人っているのかしら~
いたらいいな~ステキ!
という期待を込めてこんな記事を
アップしてしまいました。


きらきら!!きらきら!!すべて嘘ですきらきら!!きらきら!!


バラバラきらきら!!すみませんきらきら!!バラバラ

しかし、ジャルジェの発音が
正しくはジャルジェイュとなるのは
本当なのだそうですよ!



本日は満開の桜を見てきました。
九段下のお堀沿いの桜並木です。


夜桜もキレイ!!!
雨も降りましたがポツリポツリと降るだけだったし、夜はかなり冷えたので
花がまだもう少し持ちこたえてくれると良いなー!
桜の季節、大好き!


花の命はみじかい!
故に美しい姿のままで散ってゆくのですね。
おぉ、オスカル!




桜とオスカル。
この映像見ながらお酒飲めますね~。








私の携帯の料金プランの関係で、
決められた容量をオーバーすると通信速度が極端に遅くなるシステムだった為、
写真付きのブログは全然アップできずにいました。

4月になったのでまた
好き勝手オスカルのことをつぶやきます!


本日から新年度ですねー!



どうぞ今年度もよろしく
お願いします(*^O^*)