不定期更新通信 -98ページ目

慣れ

普段よくリュックを背負う。




駅で人がたくさんいたからいつもと違う方の腕から通すと、これが背負いづらいのなんのって。




無意識のうちに左から腕を通すのに慣れてて逆から腕通せない。




たぶん靴とかパンツ履くときもそう。


シャツに腕通すのもそう。


いつもどっちからかは決まっている。




財布は左後ろ
携帯は右後ろ
iPodは左前
定期は右前


これはもう変えられない。




入ってないと、忘れた!って思っちゃう。




これだけじゃないと思う。




色んな習慣や順序がある。




悪いものは絶ち、良いものは続ける。




オシャレな生き方。

地上五階からの落下

今日も寝ているときに夢を見た。




週4~5回夢を見る。




うわ!死ぬ!と夢の中で思った。

起きたら冷や汗だかなんだかわからないけど、汗めっちゃかいてた。




地上五階ぐらいの高さからスカイダイビングみたいな感じで落ちたんだけど、なんとか着地成功。




夢ってあれなんなんですか?




意味不明な展開するし。




たまに嬉しいハプニングもあるけど。




脳がどうにかなってんのかな?




寝ているときまで楽しもうとしてんだから欲張り。




五階からの落下が正夢になりませんように。

唱える言葉

昨日の呪の話。




言葉が生まれて、名前が生まれた。




人間がお互いを区別するために名前を付けた。




人間は自分達が生まれる前の歴史にも名前を付けた。




でも人間が生まれる前の世界に名前はなかった。


言葉はなかった。


少なくとも人間はそう認識している。




名前がなかったとき動物も植物も土も水もそれはそれとして地球に存在していた。


名前はなく、あるのはそこに存在するという事実だけ。




言葉と名前が生まれたことでなぜそこに存在するのか?という存在意義を考えるようになる。




文字で考えたことを物で残すことができるようになったから。




そもそも人間が生まれる前はなぜ存在するのか?なんて考える動物はいなかったんだと思う。




哲学なんてのは(少なくとも俺が考えている程度のことは)生きていく上で全く必要ない。




だから人間以外の生物はそんなこと考えない。




人間は暇だ。




人間が生まれる前はそれはそれとしてそこにあったなら人間が生まれた後もたぶん一緒なんだろう。




きっと生きる意味とか考える必要はないんだと思う。




ただ暇だし、なんか彩りたいからそういったものを探すんだと思う。




かなり自虐的になるけど、正直単なる言葉遊び。




それがそこに存在するなら無理して言葉にする必要はないから。




ただ彩ることは否定しない。




彩りたい。死ぬまで。

某SNSサイトでおもしろくも恐ろしいコミュニティを見つけたので思わず参加してしまった。




そのコミュニティは最近の子供のわけのわからない名前を見かけたら報告したり色々議論するコミュニティなんだけど、紹介されている名前が本当にすごい。




久々に度肝を抜かれた。




ここまできたか!という感じ。




源氏名か族のチームの名前みたいなのばっかり!




高校生までが限界だなって名前ですね。




いくら能力あっても会社で出世できなそうだし、間違っても警視総監とかにはなれないわ。




はっきり言って読めればまだましな方です。




当て字とかすごいし、無茶な読ませ方はざら。




中には完全に親の勘違いで付けた名前あったからね。




博愛ってつけたかったみたいなんだけど薄愛ってつけちゃった例があったみたいです。


はくあって読むらしい。




まず読めないし、勘違いってか言葉知らなすぎだし、何より薄愛って!




幸薄くならないことを願います。




役所もよくOKするな!




「よしもうこれで言っちゃおう!」みたいな感じなのか?




うちは犬の名前ですら一回つけてやっぱりしっくりこなくて付け直したよ。




ペット感覚で人間の名前つける時代になってしまったのかな。




映画にもなった夢枕獏の陰陽師という小説がある。




主人公の陰陽師である安部晴明は様々な術を使う。




術を使うことを「呪を唱える」と表現している。


呪文を唱えるみたいな感じ。




作品中で晴明は「名前も呪の一種である」と言っている。




道に転がる石には「石」という呪が、人には「人」という呪がかかっている。




ということらしい。




名前も呪であり、みんなその名前に縛られているということだ。




自分の子供にはしっかりした本人が誇れる名前を付けてあげたい。

自分の世界

ほとんどの人間はそうだと思うけど、自分のために生きている。

1番かわいいのは自分。




人との出会いは財産だから、第一印象で人を決め付けないでなるべくその人をよく見るように心掛けている。




けっこー第一印象はあてになっちゃうけどね。




でも完全に悪い人間はいないから何かしら学ぶ部分はある。
反面教師って場合もある。






すっげーなにもかもが適当なやつもどうかと思うけど、馬鹿正直というか真面目すぎるのもどうかね。という話。




あんまり馬鹿正直だと色々応用が効かない。


真っ直ぐすぎちゃって。




そこもっとこうした方がいいよ、ってどこまで言っていいかわからない。




何回言ってもダメなやつはダメだけど、たぶん一回くらいは言うべきだと思う。




でも自分にとってどーでもいいやつには言わなくてもいい。




ただこのどーでもいいやつがダメな部分を改善してくれないと自分に被害が及ぶ場合がやっかい。




許せるようになるのはいいことだと思うけど、それは見限ることと似ている。




こいつはこうだからもういいやって。




注意されてるうちはまだいいってこと。


見てもらえているから。




注意されなくなると不安になるな。




自分の世界を誰でも持っている。


他人が自分を見ている世界、他人に自分がどう思われているかも自分を計るものさしになる。




他人の世界から自分消えた時が怖い。