松原靖樹さんの≪人生年表分析≫結果が届きました② | 大人も子供も楽しく通えるダンス・ピラティススクール NY仕込みの高橋マミが教えます!

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松原靖樹さんの≪人生年表分析≫

 

こちらに私の人生年表が書かれています♪

 

ぐぐぐっと胸が締め付けられる。

ぼ~っとする。

 

思い当たる点がいくつもあり、もう一度見つめなおします。

 

結果はこちら

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■全体的に
 
一見全体を通じてダンスが人生に関わっているようにも思えますが、もっと細かく見る必要 があります。
 
82年に母がダンスを習い始めたことがその後の人生のダンス生活に大きな影響を与えて いるのではないかと思います。ここをひとつのスタートラインとします。 その後ニューヨークに留学をする。そこに至るまでの過程は「ニューヨークに留学をすると いうひとつの大きな目的」のために他の要素が構築されていたとも見ることができます。ス トーリーの筋道に一定の正しい流れがあるように見受けられます。もし帰国前に死んでい たとするなら、「寿命は避けられなかったとしても、やるべきことをやり、素晴らしく生きた人 生だった」と言えるのではないかと思います。
 
その後08年にやはり母の紹介によって辻さんと出会い、帰国とその後の働き方の話になり ます。大人になればほぼ誰もが仕事をします。ニューヨークまでは仕事というよりは習得や 修行、その後はそれを扱う場に変わっていく。それはとても自然なことのように思えます。 しかしこのような見方もできます。 ニューヨーク留学までの流れは整合性があった。帰国した後、様々な形で仕事を試行錯誤 して落ち着いていく。では、日本での仕事の落ち着き方、結果などを行うために「ニューヨー ク留学があった」と言えるだろうか?と。
 
この人生をひとつのストーリーとして捉えるなら、「ニューヨークに留学した先に日本での仕 事がある」というのはストーリーが急に収束するように思えます。もちろん細部がわからな いのでそうと断言はできませんが、最初の違和感がここで生まれます。 もちろん外国に出たから日本で活動するのはおかしいということではありません。純粋に人 生のストーリーを考えた時に、これが自分の自然な人生の流れだろうか?という疑問を感 じるということです。 さらにその後ダンスとは別の、地域に根ざした切り口から(ここから母親は出てこなくなる)、 エスモーズや大人の女子校が出てきます。「流れ」としてみた時、ニューヨークに至るまでと、 帰国後仕事をする時は母親がキーポイントになっていますが、結婚とエスモーズなどは自 分が切り口になっています。
 
この事実を見るとこんな疑問が湧きます。
 
では自分で決める自分の人生の入り口は結婚やエスモーズからはじまった、それができる ようになるための訓練を母親時代にしていた、と考えられるだろうか? もしそうなのであればダンスは自分の人生にとってあまり重要ではなく、自分が生きるため の助走手段だったということになります。もし違うのであれば、ダンス人生からどんどん遠ざ かり、本当に目指すべき道は無理なので教室を開く、という妥協人生を歩んでいることにな ります。
 

 ストーリーは順風満帆であればいいというものではありません。道を誤ろうが、一定時期自 分を打ち捨てようがそういうことはあります。問題は、どちらの傾向が本来の自分の人生な のか?と考えることです。 ここまでに書いた疑問は、自分でよくよく見つめ直す必要があります。この先は、事実分析 からわかることを書きますが、それが必ず正しいとは言い切れません。まず、実際はどうな のか。ダンス人生はきっかけでしかないのか、それともメインなのに諦めが入っているのか。 あるいはまた別の要素なのか。そういうことを考えてみてください。
 
 
 
■人生の個性
 
言うまでもなく現地に根付き、新しいことを行い知覚を広げ、家庭を持って子供を育てると いうのは「アリ」なことです。ですが、それは人生の個性とは関係がありません。ほぼ誰もが ひとつの指針として当たり前に行うことだからです。 この人生を客観的に見ると、人生年表に入ってくるような物事はすべて「人を介し」「受動的 に」行われていることがわかります。ひとつの受動がその後つながり、そのつながりの流れ の中で能動的に行うことはありますが、きっかけは完全な受動です。
 
おそらく自分の中で自主的、意欲的に、一歩を踏み切ったという能動に思い当たることも多 いと思いますが、それは「自分」の使い方ではあっても、「人生」ではそうはなっていません。 すべての物事が「人を介し」紹介や影響などの形によってその後の流れを決定付けていま す。
 
これは2つのことが言えます。 ひとつは、人生という大きな流れと全体像の、根本的出発点が受動で十分成り立つという こと。人生上の強みと言ってもいいかもしれません。 もうひとつは、心の声、本当の意味での能動を打ち捨てているということ、です。 ある意味、強みに甘えて自分の人生を生かしていない、とも言えます。流れが決まった後 の限定枠の中でしか人生を形作れていないからです。
 
 
よって人生の個性は、(受動的に成り立つという抽象的な物事以外)はっきりとは出ていな いと言えます。 分析視点の見方では、この人生は08年まで順風満帆だったように見えます。辛いことなど があったり自信がないなどがあったでしょうが、流れと全体を見ると方向が明確だったから です。 帰国後は「その仕事のために」それまでがあったのか?と疑問を抱かざるをえず、さらに結 婚後は「その生活をするために」それまでがあったのか?と疑問が残ります。 現時点での形は、ダンスやニューヨークがなく、他のストーリーによって手に入っていてもお かしくないもので、人生におけるアドバンテージが役には立っていないように見受けられま
す。
 
 
実際には今後の人生を注意深く見なければ、本当にそうかどうかはわかりません。しかし 30年後に「やっぱり違った」では遅いわけです。今現在の現実を否定することはありません が、人生の作りは再構築したほうがよさそうです。 ニューヨークを経て、仕事を経て、結婚と新しい活動を経たのは、次に行われる人生の流 れの「このため」の布石だった、と考えてみてください。あるいは、ニューヨーク後に間違い があったのだとするなら、その後自分はどのようなルートをたどり、方向を見据えていくべき だったのか?という方角に軌道修正をかけてください。今の現実を持ったまま軌道修正を かけるということです。
 
ルート、方向、方角は自分できっちりとわかっていく必要があります。しかし実際の行動と 踏み切りは、他人をきっかけにして受動的に進める、というのはこの場合はありです。今は ひとまずマイナスに陥っているであろう人生の流れを打開することが必要だからです。
 
 
 
■課題
 
やはり「能動」をよく知っていくことです能動というのは、「なぜだかわからないけども心が求 めてしょうがない。やらざるをえない。どうしても自分はその方向に向かってしまうのだ」とい うような物事のことです。 受動的に「どうしてもそうなってしまうのだ」というのとは真逆です。
 
心の声がもう「そう言っている」ものであって、頭や感情、感覚などが入る余地はありません。 子供の頃からずっと、この人生のルートとは別に、そして何の益もないのに、このことだけ はどうしても気になってしょうがない、このことだけはいつも必ず「やってしまっている」という 自分を発見してください。 「自分」と「人生」はあまりリンクしませんが、自分に能動を採用するあり方は、今後の人生 の流れに大きな楔を打つ一手になります。 それを知ったら意識して伸ばし、やりまくること。自分を生かさず、成果も上がらず、幸せと 何の関係がなくてもやり続け、伸ばし続けることです。
 
 
この年表通りの人生を肯定してやっていくのであれば、今後は平穏でやや平凡な人生があ り、無事寿命を迎えるでしょう。その生き方こそが自分が望んでいる人生そのものである、 という場合においてのみ、ここまでに書いたことは無視をして構いません。その通りの人生を歩んでください。