自分のどこかに、日本人の源流が宿っている。
竹の音や、風のそよぎに日本を感じる。
どこかで聞いた記憶があるわけでもないのに、
尺八や、三味線の音が自分の胎内にいたときの
記憶のような気がする。
納豆の醗酵と地歌舞
納豆が身体にいいのは、納豆菌が醗酵するから。
米を醗酵させると酒になる。
酒は百薬の長というから、これも身体にい。
身体にいいものは、醗酵させる作業がいるように、
手間もひまもかけてやって、
必要な時間をかけないと生成されないようだ。
文化もまったく似ている。
手間やひまをかけてやらないと、熟成しない。
とりわけ伝統芸能は、熟成に手間取るようだ。
広島で、地歌舞の公演を開催し始めて5年になる。
地歌舞は、京都大阪に育った伝統芸能で、
京阪神から距離のある広島では、観賞する機会は少なく、
なじみの薄い伝統芸能だった。
地歌舞を観たければ、京都まで行くしか手はない。
祇園の茶屋を紹介してもらい、舞妓さんをよんでもらうのである。
普通の人にはとてもまねのできない散財する覚悟と財力がいる。
散財を覚悟できない人には、春秋の鴨川をどりか祇園をどりを
予約して観覧する選択肢が残されている。
おまけに、京阪神では
中流、上流家庭の子女の間に伝えられてきたとあって、
地歌舞は、上品で、高尚なイメージのベールに包まれている。
そのため、観る機会が少ない広島では、
地歌舞と聞くだけで取っ付きにくく、難しいものと思い込み、
食わず嫌いの人が多いのは自然の理で、やむを得ないことではあるが、
たいへん惜しいし、もったいないことだと思う。
そこで、源氏物語千年紀にあたる2008年6月に、
広島では初めてとなる「源氏舞」の公演を不動院(広島市東区)で開催した。
これを機に、広島で地歌舞を知ってもらい、観てもらい、
広めるために、NPO法人Den10(でんとう)の会も設立した。
それから広島で地歌舞公演を重ねて、今年が4回目となる。
2012年の公演会場は、
瀬戸の海を臨む、行者山太光寺本堂(広島市西区田方)。
平安の海と広島の河を目のまえに、
大気がさわやかに薫る六月、絶好のロケーションを得て、
舞と地歌と波紋音(はもん)を広島で楽しむ公演を、予定している。
公演は、6月2日(土)、昼の部、夕の部の2回。
いにしえの海。いやしの音。
そして、しっとりした情念の舞・・・。
風の恵みは宮島から・・・。
はんなりとした独特の味わいと、情念の世界を、
瀬戸の海を眺め、お楽しみいただけると、思います。
ご期待ください。


米を醗酵させると酒になる。
酒は百薬の長というから、これも身体にい。
身体にいいものは、醗酵させる作業がいるように、
手間もひまもかけてやって、
必要な時間をかけないと生成されないようだ。
文化もまったく似ている。
手間やひまをかけてやらないと、熟成しない。
とりわけ伝統芸能は、熟成に手間取るようだ。
広島で、地歌舞の公演を開催し始めて5年になる。
地歌舞は、京都大阪に育った伝統芸能で、
京阪神から距離のある広島では、観賞する機会は少なく、
なじみの薄い伝統芸能だった。
地歌舞を観たければ、京都まで行くしか手はない。
祇園の茶屋を紹介してもらい、舞妓さんをよんでもらうのである。
普通の人にはとてもまねのできない散財する覚悟と財力がいる。
散財を覚悟できない人には、春秋の鴨川をどりか祇園をどりを
予約して観覧する選択肢が残されている。
おまけに、京阪神では
中流、上流家庭の子女の間に伝えられてきたとあって、
地歌舞は、上品で、高尚なイメージのベールに包まれている。
そのため、観る機会が少ない広島では、
地歌舞と聞くだけで取っ付きにくく、難しいものと思い込み、
食わず嫌いの人が多いのは自然の理で、やむを得ないことではあるが、
たいへん惜しいし、もったいないことだと思う。
そこで、源氏物語千年紀にあたる2008年6月に、
広島では初めてとなる「源氏舞」の公演を不動院(広島市東区)で開催した。
これを機に、広島で地歌舞を知ってもらい、観てもらい、
広めるために、NPO法人Den10(でんとう)の会も設立した。
それから広島で地歌舞公演を重ねて、今年が4回目となる。
2012年の公演会場は、
瀬戸の海を臨む、行者山太光寺本堂(広島市西区田方)。
平安の海と広島の河を目のまえに、
大気がさわやかに薫る六月、絶好のロケーションを得て、
舞と地歌と波紋音(はもん)を広島で楽しむ公演を、予定している。
公演は、6月2日(土)、昼の部、夕の部の2回。
いにしえの海。いやしの音。
そして、しっとりした情念の舞・・・。
風の恵みは宮島から・・・。
はんなりとした独特の味わいと、情念の世界を、
瀬戸の海を眺め、お楽しみいただけると、思います。
ご期待ください。


着物で萩へ、10月1日
萩市で、着物で歩くイベントがあった。
広島から、バスで着物ツアーへ出かけた。
着物ウイークin萩2011に乗り込む、バスツアーは、
雨の予報が心配されましたが、ふたりの晴れ女の底力で、
みごとな秋空でのツアーとなりました。
着物美人と一緒に総勢17名が、萩の町を彩りました。
お昼は、萩の宿「常茂恵(ともえ)」の会席膳でした。
鰆の胡麻味噌焼きが美味しくて、ぬる燗のお酒が進みました。
詳しくは、Den10の会の邦楽いろは談義で、
「邦楽いろは談義 萩の町で、着物美人になった!」に、
書きましたので、そちらをご覧ください。
広島から、バスで着物ツアーへ出かけた。
着物ウイークin萩2011に乗り込む、バスツアーは、
雨の予報が心配されましたが、ふたりの晴れ女の底力で、
みごとな秋空でのツアーとなりました。
着物美人と一緒に総勢17名が、萩の町を彩りました。
お昼は、萩の宿「常茂恵(ともえ)」の会席膳でした。
鰆の胡麻味噌焼きが美味しくて、ぬる燗のお酒が進みました。
詳しくは、Den10の会の邦楽いろは談義で、
「邦楽いろは談義 萩の町で、着物美人になった!」に、
書きましたので、そちらをご覧ください。
内子座の文楽 笑って始まり、笑って終わった。
「観てきた!人形浄瑠璃 内子座文楽」の続き。
内子町の高台龍王公園にたたずむオーベルジュ内子で、
熱燗を傾けながらの優雅なフレンチを済ませると、
小雨そぼ降る中、木立が覆う山道をバスは下り、内子座へと向かう。
愛媛県内子町の内子座は、毎年夏に2日間限定で人形浄瑠璃を見せるてくれる。大正時代の芝居小屋を舞台に、一度は再興した文楽を財政難を理由に中止。5年の休止時期をはさんで、2001年内子町は再建復活し、
今年が15回を迎えた。
これが、その芝居小屋、内子座。

小ぢんまりとしているけれど、風格が有るでしょう。
大正5年に落成し、芝居小屋、映画館、商工会館とその後、使途が変遷したのち、昭和60年に復原した木造瓦葺の二階建て、入母屋作り。
建物は、正面の鐘楼を中心に左右対称の芝居小屋で、
650人が入ると満席に。

さて、伝統の芝居小屋に足を踏み入れると、正面舞台の上に額が見える。
「游於芸」
游の偏はシンニュウではなく、サンズイ。芸に於いて遊ぶ。
「志於道 拠於徳 依於仁 游於芸」
仁徳を説く儒教が出典で、
「道に志し、徳に拠(ヨ)り、仁に依り、芸に游(アソ)ぶ」と、解釈されている。
水戸藩の藩校弘道館には、斉昭の書のなる「遊於芸」の扁額がある、そうだ。
いよいよ、文楽の始まり。
最初は、生写朝顔話 (しょううつしあさがおばなし)。
笑い薬の段では、人形とは思えぬ笑いっぷりに、思わず観客も笑いに引き込まれて、内子座は笑いの渦に包まれた。
続く、宿屋の段、大井川の段では、人間国宝・吉田文雀が操る人形朝顔がみごと。
来るまでの車中で、今回も床本集が全員に配られた。
床本というのは、演劇や芝居なら台本にあたる。
それに、あらすじや配役が詳しく掲載されている。
車中で読んで勉強した甲斐あって、あらすじが良くわかる。
床本とその内容については、こちらに詳しく書いたので、ご覧ください。
大井川の段では、悲恋のゆくえが示され、
情感あふれる人形ゆえの細やかなしぐさや、人形ならではの表情に、
観客は、今度は、涙また涙。
あっという間の、2時間だった。
そして、最後は、これまた人間国宝が登場する。
鶴澤清治が弾く三味線と太夫の共演で、釣女を。
太郎冠者と大名の滑稽なしぐさに、観客は笑い転げる。
吉田和生、吉田文昇の操る二対の人形の掛け合いに、客席は笑いの渦。
30分間の笑いで、じつに、楽しい楽しい文楽だった。
今回の文楽鑑賞は、広島からの日帰りバスツアーで参加した。
片道3時間半は、少々つらいところもあったが、
気の置けない仲間と一緒で、飲みながら、話しながらのツアーに。
日がまだ落ちない、内子町をあとに、
高速道で広島へ。
広島駅新幹線口到着は、21時30分だった。
内子町の高台龍王公園にたたずむオーベルジュ内子で、
熱燗を傾けながらの優雅なフレンチを済ませると、
小雨そぼ降る中、木立が覆う山道をバスは下り、内子座へと向かう。
愛媛県内子町の内子座は、毎年夏に2日間限定で人形浄瑠璃を見せるてくれる。大正時代の芝居小屋を舞台に、一度は再興した文楽を財政難を理由に中止。5年の休止時期をはさんで、2001年内子町は再建復活し、
今年が15回を迎えた。
これが、その芝居小屋、内子座。

小ぢんまりとしているけれど、風格が有るでしょう。
大正5年に落成し、芝居小屋、映画館、商工会館とその後、使途が変遷したのち、昭和60年に復原した木造瓦葺の二階建て、入母屋作り。
建物は、正面の鐘楼を中心に左右対称の芝居小屋で、
650人が入ると満席に。

さて、伝統の芝居小屋に足を踏み入れると、正面舞台の上に額が見える。
「游於芸」
游の偏はシンニュウではなく、サンズイ。芸に於いて遊ぶ。
「志於道 拠於徳 依於仁 游於芸」
仁徳を説く儒教が出典で、
「道に志し、徳に拠(ヨ)り、仁に依り、芸に游(アソ)ぶ」と、解釈されている。
水戸藩の藩校弘道館には、斉昭の書のなる「遊於芸」の扁額がある、そうだ。
いよいよ、文楽の始まり。
最初は、生写朝顔話 (しょううつしあさがおばなし)。
笑い薬の段では、人形とは思えぬ笑いっぷりに、思わず観客も笑いに引き込まれて、内子座は笑いの渦に包まれた。
続く、宿屋の段、大井川の段では、人間国宝・吉田文雀が操る人形朝顔がみごと。
来るまでの車中で、今回も床本集が全員に配られた。
床本というのは、演劇や芝居なら台本にあたる。
それに、あらすじや配役が詳しく掲載されている。
車中で読んで勉強した甲斐あって、あらすじが良くわかる。
床本とその内容については、こちらに詳しく書いたので、ご覧ください。
大井川の段では、悲恋のゆくえが示され、
情感あふれる人形ゆえの細やかなしぐさや、人形ならではの表情に、
観客は、今度は、涙また涙。
あっという間の、2時間だった。
そして、最後は、これまた人間国宝が登場する。
鶴澤清治が弾く三味線と太夫の共演で、釣女を。
太郎冠者と大名の滑稽なしぐさに、観客は笑い転げる。
吉田和生、吉田文昇の操る二対の人形の掛け合いに、客席は笑いの渦。
30分間の笑いで、じつに、楽しい楽しい文楽だった。
今回の文楽鑑賞は、広島からの日帰りバスツアーで参加した。
片道3時間半は、少々つらいところもあったが、
気の置けない仲間と一緒で、飲みながら、話しながらのツアーに。
日がまだ落ちない、内子町をあとに、
高速道で広島へ。
広島駅新幹線口到着は、21時30分だった。
観てきた!人形浄瑠璃 内子座文楽
朝から、雨の一日だった。
やむなし、傘を持ち家を出た。
広島駅新幹線口のバス溜りに、今回の内子座文楽鑑賞ツアーのバスが待っていた。
一行は、25人。
朝8時の予定を、すこし早く出発した。
愛媛県内子座の文楽を観に行くのは、何回目だろう?
そう多くはないはずだが、正確には覚えていな。
毎年、8月のお盆が明けた次の週ごろに、内子座文楽は公演がある。
回数は覚えていないが、いつも、
暑い日の公演だったことだけは、強く印象に残っている。
だからといって、今年の公演に傘を持って行くことになったことに、
特段の感慨があったわけでも、感想を持ったわけでもない。
しかし、これまでの公演鑑賞に比べると、
格段に涼しくて、しのぎ易かったことは間違いない。
山陽道、しまなみ海道、今治小松道、松山道を経由し、
内子町へ向かう。
松山を過ぎると、自動車道は四国山脈の深い山の高地を走る。
見慣れた広島の山の様とは異なる、起伏の激しい山姿を見ながら、
はるか下のほうに眼をやると、鉄道や一般道が見える。
ほどなく、内子町が俯瞰したかと思うと、
ツアーのバスは、昼食の会場オーベルジュ内子へ向かっていた。
大人の空間を売りにした、おしゃれな場所で、
25人のおしゃれなランチタイムとなった。
オーベルジュ内子はこんな雰囲気で、

昨年2010年4月にオープンした、全室離れの旅館だが、
ランチもできる。フレンチの新しい料理方法の洋食。
和蝋燭、内子座、と和の文化を守る町に、
洋を取り込んだ、趣向を凝らした場がお目見えしていた。
そこでのランチが、これ。


前菜とメインの魚料理
料理の味もさることながら、ここでのパンが美味しかった。
和に徹する町ながら、異質をあえて取り込む気鋭の味がした。
熱燗を、お猪口でいきながらのフレンチは、あっという間に時が過ぎ、
はや文楽の内子座が開場する時刻に。
内子座での、文楽については、ツアーの予告したこちらでご覧ください。
文楽の鑑賞記を次回はブログします。
邦楽いろは談義
NPO法人Den10の会を結成して、はや10カ月が来る。
この間、日常的にみなさんが集まり話す場を持とうとして、
おじゃべり会を始めた。
邦楽いろは談義
ナニもテーマがなくては話しづらい、という声もあって、
「邦楽いろは談義」とすこし粋なネーミングにした。
別段、邦楽に詳しい人物が居るわけでもなく、邦楽の薀蓄が有るわけでもない。伝統文化や芸能に関心は有るが、入り口程度の知識の会員ばかりであるから、邦楽ついて、口角泡を飛ばして話すわけでもない。
ネーミングにふさわしい話題にしようと、いう程度の了解事項でスタートした。
一番最初に取り上げたテーマは「着物」で、
「着物で何度も火傷をした」とおっしゃる会員に、話をしてもらった。
着物の呼び名にはじまり、着物の格式、柄と帯と小物によるコーディネートへと、回を重ねるたびに着物の話題は弾んで、ついに3回目には、「私はなぜ着物に魅せられるのか」に、話題は及んだ。
着物に魅せられて、何度も火傷をしたという女性が話すのだから、
それは、真実がこもった感心するばかりのお話だった。
着物で焼けど?
ちなみに、この女性が「火傷をした」というのは、
手間隙のかかった生地や染を見たとたんに、手を出すべきでないにも関わらず、つい、見ほれて購入してしまった着物や帯が箪笥にタンとあり、給料の相当な部分をつぎ込んだことのようである。
しかしだからといって、食い詰めていたふうではないから、きっとこの女性は火傷のたびに、
ずいぶん楽しんだはずに違いない。
そんな調子ではじまった邦楽いろは談義が6回になり、
この8月にスペシャル版を開催することになった。
地歌舞の家元が仰った、「出てもいいよ」のひと言が
とんとん拍子に話がまとまり、スペシャルゲストのお話となった。
家元の「着物しぐさと舞」
古澤流家元の語る「着物しぐさと舞」に、どんな伝統が滑り込み、
暮らしにつながるお話が聞けるのか、楽しみな限りだ。
第6回邦楽いろは談義「着物しぐさと舞」は、8月10日(水)
午後6時30分始まり。
この間、日常的にみなさんが集まり話す場を持とうとして、
おじゃべり会を始めた。
邦楽いろは談義
ナニもテーマがなくては話しづらい、という声もあって、
「邦楽いろは談義」とすこし粋なネーミングにした。
別段、邦楽に詳しい人物が居るわけでもなく、邦楽の薀蓄が有るわけでもない。伝統文化や芸能に関心は有るが、入り口程度の知識の会員ばかりであるから、邦楽ついて、口角泡を飛ばして話すわけでもない。
ネーミングにふさわしい話題にしようと、いう程度の了解事項でスタートした。
一番最初に取り上げたテーマは「着物」で、
「着物で何度も火傷をした」とおっしゃる会員に、話をしてもらった。
着物の呼び名にはじまり、着物の格式、柄と帯と小物によるコーディネートへと、回を重ねるたびに着物の話題は弾んで、ついに3回目には、「私はなぜ着物に魅せられるのか」に、話題は及んだ。
着物に魅せられて、何度も火傷をしたという女性が話すのだから、
それは、真実がこもった感心するばかりのお話だった。
着物で焼けど?
ちなみに、この女性が「火傷をした」というのは、
手間隙のかかった生地や染を見たとたんに、手を出すべきでないにも関わらず、つい、見ほれて購入してしまった着物や帯が箪笥にタンとあり、給料の相当な部分をつぎ込んだことのようである。
しかしだからといって、食い詰めていたふうではないから、きっとこの女性は火傷のたびに、
ずいぶん楽しんだはずに違いない。
そんな調子ではじまった邦楽いろは談義が6回になり、
この8月にスペシャル版を開催することになった。
地歌舞の家元が仰った、「出てもいいよ」のひと言が
とんとん拍子に話がまとまり、スペシャルゲストのお話となった。
家元の「着物しぐさと舞」
古澤流家元の語る「着物しぐさと舞」に、どんな伝統が滑り込み、
暮らしにつながるお話が聞けるのか、楽しみな限りだ。
第6回邦楽いろは談義「着物しぐさと舞」は、8月10日(水)
午後6時30分始まり。
