伝統文化三味線に挑戦する -2ページ目

伝統は熟成に時間がかかる

 三味線稽古の足跡を残しておこうと始めたブログから、長らく遠ざかっていた。
別段遠ざけていたわけではない。ただ不精だっただけだ。
気がつくと、「秘訣を教わる」から、はや5年の歳月を重ねている。
この歳月を経たぶんだけ、三味線は当然上達した。
と、胸を張りたいところだが、なかなかそうは問屋が卸さない。

 身体で覚える歳ならまだしも、頭で覚えることさえままならぬ齢となり、
人さまの2倍も3倍も稽古に時間はかかるが、上達の足取りは遅いのが自慢だ。
ブログにこそ書いていないが、稽古の記録は折に触れては書き残してきたので、
機をあらためて、その重い足取りは順序を追ってブログで掲載していきたい。

 さて本日、ブログ再開の意を決したのには訳がある。
三味線に端を発して、恐れ多いながら伝統芸能文化を広める活動に首を突っ込んでいる。
そのためのNPO法人を設立した。
旗揚げ公演を2011年5月に開催し、幸いにも盛況を博した。
広島県の東広島市西条町で開いた「舞と地歌を愛でる会」は好評だった。
西条の昭和古民家を舞台に、地歌舞が舞われ、箏三絃の地歌が奏でられた。
お抹茶の接待で寛ぎ、留学生の登場した舞のワークショップが会場をなごやかにした。
詳しくは、こちらで。

 その第二弾ともいえる、イベントを紹介したくてブログを再開した次第。
「着物しぐさと舞」を古澤流家元がお話しする8月の邦楽いろは談義である。
開催日時は、2011年8月10日(水) 午後6時30分始まり。
会場は、広島市中区胡町4‐24クリタビル5階、粋楽ホールで。
その紹介は、くこちらのサイトで詳しく>、チラシの印刷も可能です。
 着物を着ると女性はなぜ美しくなるのか、その秘密を古澤流家元がお話します。

 また、会場をお借りした着物のお店「ずいこ」のホームページでも、
「ずいこ真夏の夜の夢」ならぬ、[ずいこ真夏の夜のイベント」」として
ご案内をしていただいてる。

 私の三味線はまだまだ成熟の域にはほど遠いが、5月に西条町で
円熟した舞を披露した古澤流家元が語る「着物しぐさと舞」を聞いて、
伝統に一歩でも近づけたらと願っている。

秘訣を教わる

お浚い会の4日前の稽古日に授かった秘伝のおかげで、
初めての演奏会は、思いのほかうまくできた。

と、自分では思っている。


お師匠さんから教わった極意の効力は絶大だった。

とまらない、やり直さない。
ツボはその次。拍子はそのあと最後に。
というものである。


お浚い会の4日前に授かった。演奏するときの秘訣だった。
演奏が始まったら、つかえても、間違えても、
決してとまってはいけない。
つかえたところは飛ばして、そのまま次のフレーズの
演奏を続けるのだ。


たとえツボを間違っても、その箇所をやり直してはいけない。
間違ったまま次の小節にはいっていく。

曲が流れていれば聴いてる方には間違えたことは分からない。
そのような曲想だと思って聴いていく。
弾いている曲が流れることを第一優先で演奏する。
どんな事態になっても止まってはいけない。
弾く手を止めてはいけない。


押さえるツボが正確かどうかは、その次でいい。
拍子を気にするのはさらにその次で一番最後でいい。
演奏初心者には、「う~ん、なるほど」と、
唸るばかりの秘訣だった。


それまでの稽古はつかえては止まり、
間違えてはやり直しの連続だった。
それでは、駄目なのだ。

稽古のときから止まらない演奏にしないと
本番でできるはずがないのだ。


お浚い会では、この秘訣を心がけて専念した。
それがよかったようで、好結果を生んだのだろう。
まったくもって、お師匠さんのおかげである。
師匠恐るべし。


新春弾き初めのお浚い会に挑戦

地唄三味線に入門して初めての演奏の舞台が、新年のお浚い会となった。
演奏する題目は、宮城道雄練習曲二十で、10月からお師匠さんの手ほどきで、
稽古を始めた。


練習二十のブログで書いたが、これは、手ごわい曲だった。
通勤の行き帰りの合間に、毎日稽古をした。

稽古といっても、イメージトレーニングである。

徒歩通勤だから自宅から会社まで20分くらいかかる。
この時間を縮小コピーした楽譜を見ながら、
「ゴーと、ロクと、ゴイチ、ゴイチ」と音符を暗唱する。


次の段階は、暗唱した音符で三味線のツボを押さえるように
仮想のツボを押さえながら、撥を振る。スクウところはスクイ、
ハジクところはハジキの指さばきで、
実際の稽古と同じような動作所作をしながらの通勤となる。

この繰り返しがイメージトレーニングだ。

イメージトレーニングで、完奏できないと、
実際の稽古で完奏できることはない。


しかし、稽古場で実際にお師匠さんのもとで弾くと、必ずといっていいほど、
途中で引っ掛かってしまって、練習曲20が完奏できることはまずない。
曲の難しい部分でつっかえて、止まってしまう。
とまったところから、またやり直す。
その連続で、なかなか完奏にはいたらない。

そして、お浚い会の開催される4日前の稽古の日を迎えてしまった。

スクイと弾き

スクイとはじきは、比較的早くに習う三味線の技法になる。
撥の振り方で、通常の音とは違う音色を出すのが、スクイとはじきだ。
微妙に音色が異なる音をかもし出す。

習い始めに出す音は、ふつう上から下へ向けて撥を振り下ろし、
振り下ろした時に、糸にあてた音が三味線の音色になる。

これに対して、スクイは逆に撥を下から上に掬う。
三味線の糸をすくい上げて音を出すので、スクイというようだ。
少しか細いような、高い音になる気がする。

通常の撥を振り下ろした音がやわらかい音程に聞こえとすると、
これに比べると線が細い音になり、ひ弱になると言うか、か細い音に聞こえる。
それとも、弾きかたのせいで高い音に聞こえるだけなのだろうか。
音楽理論に詳しくないので、詳しくはよくわからない。

もうひとつのハジキは、撥を使わないで音を出すための技法で、
撥の替わりに、左手の中指か薬指を使う。
通常左手の人差し指はつぼを押さえているので使えない。
そこで、中指もしくは薬指で三味線の絃をはじいて、
人差し指が押さえているつぼの音を出す。
これが、ハジキだ。
音程、音色の感じでいえば、同じ音程にもかかわらず高い音に聞こえ、
弾くぶんだけ、音がはずんでいて元気あふれる音になる。

譜面には、スクイは「ス」で、ハジキは「∧」の、記号で書いてある。
習いはじめの曲には、このどちらかしかない書いてないから、取り違えることはない。
スクイの稽古の曲には「ス」の記号しかない。「∧」が登場することはない。
だから、演奏もスクうだけで、間違うことはない。

ところが、練習20を過ぎた頃から、次第に両方が譜面に登場するようになった。
「ス」も「∧」も書いてある譜面を見て、右手の撥でスクうのか、
それとも、左手の薬指ではじくのか一瞬のうちに判断しなければならない。
譜面を見た瞬間の判断を求められる。
これが、結構難しいのである。

「ス」はスクイ、「∧」がハジキ、と頭で理解はしているのだが、
判断して身体が演奏するまでには、時間差が出てくる。
その結果、演奏が遅れたり、止まったりする。

あるいは取り違えて、「ス」ではじいてしまったり、その逆をやってしまう。
譜面に、両方の記号が登場して間なしのころは、しょっちゅう失敗していた。
しばらく稽古して譜面になれたつもりでも、一瞬の判断にやはり躊躇する。
これが、命取りで演奏はとまり、考え、戸惑い、うろたえる。
つまりは、覚えが悪いのだが、初心者には「ス」と「∧」は心臓によくない。



練習20

練習20を、教わった。
これが、とんでもない手ごわい曲だった。


はじめて教わったときから、まるっきり手が出ない。
要するに、弾けないのである。
拍子を、8部拍子で取る。
4部拍子と8部拍子が混じりながらの曲演奏が
始めて経験することもあり、とまどうばかり。


三味線を始めたころの稽古の曲は、拍子が単純だった。
いまから振り返って、思えばである。
「昔はものを思もわざりけり」なのだ。
おまけにメロディーも、単調にたどる曲だった。


しばらくすると、メロディーがすこし複雑になった。
さらに、スクイやハジキの技法も入り込んできた。
三味線演奏の基本技法なのだと思うが、
スクイやハジキが入るだけで三味線らしくなる。


しかし、それでもまだ拍子は単調だった。
だから、それまでの延長で弾けばよかった。
ところが拍子が細やかになり、おまけに複雑化した。
単調な拍子ではなく、8分の1拍子を休んだあとに、
弾くなどの複雑な弾き方になった。


譜面台の楽譜を見る、糸を見てツボを押さえる。
そして、撥を下ろすことで弾いていた三味線に、
さらに、新たな技能が求められることになった。
複雑な間隔で弾くためには、正確な時間の感覚を
持ち込まなければならないのだ。


単調から、複雑へ。
複雑が単調になったとたんに、次の複雑へ。
練習20は、未知の世界への突入体験であった。