怖~い話 | 愛と平和の弾薬庫

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

ずいぶん前。

まだ、一日走ってちょっと頑張れば五万も稼げるような時代。

いや、時代なんていうと大げさだけど。


午後10時ぐらいかなあ、街なかから南西のほうへ2500円ぐらいのお客さんを乗せてって、その帰り、

平行してバイパスが走ってる国道の旧道、片側一車線の古い道路を走ってたの。

ぽつぽつと店が並んでるような町並みだけど、そんな時間になると真っ暗な道でね、

客なんかいないって思い込んで少々飛ばし気味で走ってたらさ、いたの、お客さん。


ジャージのズボンにタンクトップの、おじさん一歩手前って感じの男の人が手を上げてる。

近づいていくと、ちょっと髪の毛が危ない感じ。

いや危ないって言うのは、ほれ、薄いってほうの。

はいはいってドアを開けたよ。


「はいどーぞー。で、どちらまで……?」


すると、行き先をまだ決めてない様子。

いや、いるのよ、そういう人、タクシー止めといて、実は行き先はまだ決めてないって人。

ちょっとイラついて何て言うのか待ってたら、

「う~ん、食事したいんだけどさあ、どこかいいとこ知らない?」

そんなこと言われたってねえ。

「食事ですかあ?」

こんな言葉しか、こっちとしちゃ浮かばないさ。

でもそれじゃ先に進まないんで、

「街場のほうに向かいますか?」

って聞いたら、こうきた。

「ねえねえ、一緒に食事してよ」

は? だよねえ。もいっちょ。は?

でも「は?」なんていってる場合じゃないって、すぐに気づいちゃった。

お、おれは誘われてるのか?

その通り。

「ねえ、ちょっとぐらいいいさ?ね、一緒に食事、いいでしょ?」

タンクトップに下はジャージ、ちらっと見れば胸板はガッチリ。で、ハゲ。

や、やば!

よく見りゃ、何気に典型的なゲイ・オヤジじゃん!


「いやあ、仕事中ですから、それはぁ」

でも曖昧に言葉を濁したぐらいじゃ全然ダメ。

「ねえ、行こうよぉ。いいじゃな~い。ねえ」


なんだか、お尻のあたりがムズムズしてきた。

なんつったって、筋肉モリモリのおにいさんに、ねぇ~、なんて言われるの生まれて初めてだし。

むずむずむずむず。

体の奥のほうから、いや、体の下のほうから、むずむずむずむず。

こ、これは貞操の危機じゃ!

体がそう叫んでる。


「すいません!忙しいんで、すいませんけど、付き合えませんので、降りてください!」


降りてくださいなんて、自分でもよく言ったと思うよ。客に、降りてください、だからねえ。中々言わない。


はじめは、

「え~!?」

とか言ってたけど、俺に脈がないと悟ってくださったんだろうね、

「そうお~……」

って言いながら降りてくださいました。


飛ぶようにその場を走り去ったのは言うまでもありません。

体の、おへその下の、後ろのほうからブルブル震えがきて、なかなか収まらなかったよねえ、

あん時ばかりは。


でも、男も一生に一度はああいう、いわゆる「貞操の危機」っての、味わったほうがいいかもね。

いや、今だからこんなに落ち着いて言えるんだけどさ。