ウケる😂

今朝のできごと。

腕が痛くて、ダウンドックとか手をつくポーズ痛くて、

ずっとにぎりこぶしでやってたら、

今度は小指側の拳ついていた所がめっちゃ痛くて動かなくなったw



自分の身体感じないにも程がある(笑)

自分をプッシュし過ぎるにも程があるw。

でも、自分でわからないのだw。

感覚が無い。感じない。限界がわからない。

優しくする方法がわからない。

自分が無理しすぎないバランスの場所が全く不明w。

生まれてからずっと、自分を後回しにして、

周りや人のことばかりやってきたからかなw。



そして気づいた。

私は歩きながら、腹筋とか、筋肉を強くエンゲージして、

筋トレを兼ねながら歩くのが好きなんだけど、

ふと歯を食いしばっているのに気づいて、

ヨガの時Arisaが、

「歯を食いしばって呼吸がしにくかったらやり過ぎ」

って言っていたのを思い出して、

「あ、今食いしばって息しにくい」

って、さっき生まれて初めて気づいた!!(笑)



私は、気づかないうちに、自分をプッシュしすぎているみたい。

だから、すぐ歩けないほど膝が痛んだり、

箸が使えないほど手を痛めたりしても、

なぜなのかさっぱりわからないのだw。


自分の身体の感覚、

もっとpay attention出来ますように🙏❤️


読んでくれてありがとうございます。

 

今日も笑顔で心地よさにフォーカスして過ごしましょう✨




写真は日の出前の山中湖。




トラウマを持つ人が瞑想をしても大丈夫なのか。

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私はもう5年以上瞑想を続けています。
初めは気が向いた日、気が向いた時だけ。
やらない時も普通にあった。
でも、その力の脱ぎ具合が良かったんだと思う。
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私には、トラウマがあります。
多くの一般の人々にはいくら聞かれても、普通には話さない方がいいと学びました(笑)。
彼らのような種類の人々にとっては重すぎるらしく、こっちの方が引くくらい、引かれてしまうから。
海が一瞬でカラカラの干からびた大地になるくらい。
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トラウマがあって、
瞑想をしていて大丈夫だったか、
良かったか、と聞かれたら、
私は、本当に良かった!と答える。
でもそれは、もちろん人によると思う。
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瞑想前の方が、トラウマに対する恐れや不安は無かった。
感情も、フラッシュバックも、今より小さかった。


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でも、わけわからないことも多かった。
自分のことがわからず、
なぜ叫んでいるのかもわからず、
なぜ他の人のように普通に生きられないのかもわからなかった。
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人前で緊張しすぎることや、パニックになることや、
今まで真剣に関係を持った人たちとの、
夜の記憶だけがほとんど抜け落ちていることにも全く気づかなかった。
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何も感じないし、何も思わないし、自分でもなぜかわからなかった。
人生で、なぜ私は生理が一度もまともに来ないのかもわからなかった。
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ただ、自分はそういう人なんだと思っていた。
無感情で、自分のことがわからない、誰とも違う種類の人間だと。
いつも「正解」と思う思考、感情、選択をしていただけだ。
限定された範囲内で生きていた。
それはそれで幸せだった。
恐れや不安やそういう感情が封印された状態が。
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でも、
今の方が、自分だ、と感じる。
自分が戻ってきた、そう感じる。
楽しみや喜びがとても大きく感じる。
嬉しくて感動する。
感覚が繊細になって、心地よさが何倍にも感じる。
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確かにその分、恐れや不安も爆発し、溢れて止まらない。
毎日泣いている。
以前と違って、涙だけではなく、感情も一緒に出てくる。
その影響で、
以前のように人と普通に接することができなくなってきたし、
以前より、パニックがひどいし、人も怖い。
誰も信じられず、すぐトラウマに結びつく。
思考、感情、信念まで。
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でも、同時に、自分がその思考や感情自身になるのではなく、
少し離れて、そばに寄り添っていられるようになってきた。
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少しづつ。
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涙が出ても、癒しだとわかる。
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感情に襲われても、これは私自身ではないと立ち止まれる。
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怖くても、「怖くていいよ。大丈夫だよ。そばにいるよ」
そう言ってあげれるようになった。
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自分へのネガティブなジャッジに気づき、
「これは過去からの古い思考や感情だ」
「これは私が言われたことで、私の思考じゃない」
そう気づいて立ち止まり、
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代わりにポジティブなアファメーションや、
前向きな本当の私の思考で上書きできるようになってきた。
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確かに、以前の自分の方が楽だった。
そう思う時も沢山ある。
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でも、以前の私は、本当の私では無かった。
そう思う。
自動操縦だった。そう思う。
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それでいい人もいる。
でも私は違う。
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本当の自分で、
全ての感情をフルに感じて、
沢山の経験と感動を積んで、
心と身体と精神をどんどん成長させて、
目一杯生きたい。
後悔なく生きたい。
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ずっと本当の自分に戻りたかった。
いつも、自分は何かおかしいと感じていた。
いつも、自分に違和感があった。
一度、自分とちゃんと向き合いたいと思っていた。
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以前の私は、自分がそう思っていたことにすら、気づかなかった。
本当は辛くて、悲しくて、嫌だった、そのことにすら気づかなかった。
今は、それに気づけるようになった。
自分の心に愛を持って寄り添い、ケアできるようになった。
全ての感情があることの喜びや幸せを感じることができるようになった。
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自分が成長しポジティブに変化すると、
自分の周りの人々もこんなに大きく変わるのだと、
実感する。それがとても嬉しい。
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人と比べたり、人の機嫌をとっている自分に気づき、
立ち止まり、自分のための選択ができるようになった。
以前より、人の目より自分らしさを優先できるようになってきた。
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今は、毎日自分の成長を感じる。
fullに生きていると感じる。
i trust the process. 
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瞑想を続けてきて、本当によかった。
これからも、続けていく。
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“I have unlimited potential. 
I trust myself to create only that which is for my highest good and greatest joy - that which is perfect for my spiritual growth and evolution. “ 
 - Louise Hay
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あなたには無限の可能性があります。
自分にとって最高最善のもの、自分の成長と進化のためにパーフェクトなものをクリエイトすると信じます。
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みなさんも、一度きりの人生、
笑顔で幸せに生きていきましょうね❤️
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お久しぶりです。


写真は、私の愛する山木屋と祖父母の家の、庭から見える景色の一つで、朝の様子です。

とても美しいですよね。

実際はもっともっと美しくて、心が共鳴して輝くような感覚がします✨





今日は、家族に対する新しい気づきがあったときのことを思い出して日記に書いたものを、シェアしてみます。




少し説明をすると、


私は生まれたばかりの小さい頃から、祖父母の家に遊びに行くのが大好きでした。

暴力やネグレクトがあった両親からは決して感じることのない愛情や、安心や、信頼や、思いやりや、自然の美しさや、純粋さや、野菜や食べ物の本来の美味しさ、人との繋がりや大切さ、そういう全てを学んだ場所です。



祖父が事故に遭ってから、祖母は別人になりました。祖父はなんの問題もなく元気です。

でも彼女はすでに居なくなったものとして祖父を扱うようになり、以前までの快活さや、純粋な慈愛や、人への思いやりや、前向きでポジティブなエネルギーが消え、物欲や我欲だけになり、まるでスターウォーズのダークサイドにのまれた悪役のようになってしまいました。



それを私はとても心配していました。

でも、私は彼らに心から感謝しているし、尊敬しているし、愛しているので、どうにか力になりたいと、彼女の光を取り戻したいと思って、ずっと福島にいます。

せめて、できるだけそばにいてあげたかったのです💓











山木屋で。


祖母の、決して解決を求めない、ただ永遠に繰り返されるだけの悪口たちに心底憔悴しうんざりして、外に出ました。


庭を裏山の方へ歩いていくと、とても気持ちの良い景色の場所があって、ここに椅子があったら最高だなーって思ったら、ちょうど、お酒を入れるプラスチックの物がまるで椅子の代わりのようにおいてありました。


私はそこに座り、しばらく自然や小鳥たちの音や、心地よい風の匂いや、肌の感覚や、美しい景色とその光を五感全部で感じ、とても良い気持ちで身を任せていました。まるでmindfulness瞑想のように。


しばらくすると、心も体もリセットされ、ニュートラルな輝く純粋な自分に戻ることができたように感じました。

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翌日の朝早く目が覚めて、朝日を見ながら瞑想をしようと庭のもっと奥に行き、また美しい景色の心地良い場所を見つけると、そこにはまた椅子の代わりになるものが、ちょうど良い場所においてありました。




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夕方、やはり祖母のただ繰り返されるだけの強いネガティブな言葉のエネルギーに疲れ果て、今度は庭の反対側へ歩いて行き、休むのにちょうどいい場所を見つけると、そこにも座るためのものが置いてありました。やはり眺めるのにベストな位置、そして座るのにベストな高さです。

⁡



そして、ネガティブなエネルギーで汚れた心と痛んだ頭を癒しながら、私はきづきました。

この椅子のような台は、昔からずっと、庭の何箇所かに置いてありました。

ずっとなんとも思っていませんでした。

でも気づいたんです。

⁡



祖母は、変わったんじゃない。

きっとこれが、本来の、いつも通りの彼女なのだ。

祖父は毎日この繰り返しだったのだ。

そして、今の私と同じように、救いと癒しを求めて、

あくまで自然に、いつもうんざりするたびに、

そしてそれが必要になるたびに、

美しい景色を眺め、座り、ぼーっとしに来ていたのだ。

その祖父の「瞑想場所」とも言うべき場所が、

この庭の中には、きっと、何箇所もあるのだ、と。

⁡



そう思ったら、私は祖父と感覚的感情的なつながりを感じました。

私は祖父と同じ、強く聡明で美しい心としっかりとした価値観を持っているんだ。そう感じました。

そして、とても嬉しくなりました。

⁡



とても嬉しくて涙が流れたあと、

彼の心境を思い、とても悲しい気持ちになりました。



彼は、

「おまえなら信頼できる。山木屋が大好きななつみなら、安心して全てを任せられる。そして養子にしようと思っている」

そう確かに私に言ってくれたのです。


⁡彼のことです。私の、両親や虐待やレイプやいろいろな苦しい環境を話さぬとも感じ、それでも前向きに生きようとしている私の純粋な愛のエネルギーをわかっていて、実子からの嫉妬をものともせず、いつも親代わりのようにケアをし、全てを与え、愛してくれていたのです。




そして、たくさんの人々が力を合わせて山木屋の家を建てている当時の古い写真を見つけて、私はとても感動したものです。

「ここに自分の祖先がずっと住んでいた。素晴らしい自然に囲まれて、みんなに守られているのを感じる。みんながそう願っている。ずっと私には居場所がないと感じていた。でもここが、山木屋が自分の居場所だ。ずっと守りたい。」

そう思いました。。。











皆んなの心がくもり、状況も変わり、私はそれでも、家族皆んなを愛しているし、彼らを心の底から幸せにしたいです。

でも、彼ら自身にしかできないこともあるのです。

⁡





そういう時は、彼らの幸せを願って、

自分の執着を手放し、

自分の幸せ、喜び、心地良さにフォーカスして、

1日1日を、i chose to focus on the good を心がけ、

生きていくだけです。



⁡

自分自身が、手本になる。

自分を愛すること。

自分を知り、受け入れること。

自分をケアし、そばに寄り添うこと。

⁡




Be happy. 

Be bright. 

Be you. 



May all beings be happy. 

May all beings be peaceful. 

May all beings be free. 



今日も皆さんが、自分に優しく、そして笑顔で過ごせますように❤️