藤井龍二「ロングセラー商品誕生物語(15)」 | ロロモ文庫

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エスビーカレー

カレーはインドが発祥の地。昔から各家庭でスパイスを混ぜ合わせて、独自のカレー料理を作っている。18世紀、イギリスに伝わり、C&B社によりカレー粉が製造され、世界に広まっていった。日本に明治初めに伝わり、米とマッチしたために定着。明治19年、ライスカレーがレストランに登場した。

大正9年、17歳の山崎峯次郎は東京のソース店で働いていた。「腹が減ったな。西洋料理というものを食べてみよう。これがライスカレーというものか。うまい。どうやって作るのですか」「イギリスのC&B社のカレー粉と小麦粉で作るのさ」「このカレー粉を日本で作れないものか」カレーに興味を持った峯次郎はカレーを食べ回った。「C&B社のカレー粉は増量材を入れたものがほとんどだ。本物のカレー粉を作ろう」

ソース店を辞めた峯次郎はカレー粉の研究に専念した。「それらしい香りがなかなかしない。焼いても煎ってもダメか。こんなに缶がたまってしまった。ん、なんだ、ひと缶だけ寝かしておくのか」峯次郎は香りを逃さず焙煎できる二重構造の八角焙煎機を開発。「やった。カレーの色と香りだ。成功だ」

大正12年、浅草に「日賀志屋」を創業。昭和5年。社運が日が昇る勢いであるように、また鳥が自由に大空を駈けめぐるように、自社製品が津々浦々まで行き渡る願いを込め「ヒドリ印」として、家庭用ビン入りカレー粉を発売。「日はSUN、鳥はBIRDだ。「S&B」にしよう。本家C&Bに対抗だ」

戦時中は役所を説得し、原料集めに奔走。「カレーは味噌や醤油と同じくらい大切なものだ。スパイスを国産化して、日本のカレー産業を守りたい」その甲斐があり、戦地や疎開先でカレー粉は重宝された。

昭和24年、社名も「エスビー食品」となり、翌年「赤缶カレー粉」が登場。ラジオCMの効果もあり、全国の家庭に広まった。当時は小麦粉をバターなどで炒め、カレー粉を加えて、ルウを作っていた。このころになると、各社から固形の即席カレーが登場し、カレーは戦国時代に突入する。昭和29年、満を持して、「エスビー固形即席カレー」を発売。キッチンカレーで正しいカレー料理の実演をするなどして、全国の宣伝普及を展開。

昭和34年、「即席モナカカレー」発売、大ヒットとなる。昭和39年、「ベストカレー」発売。「インド人もびっくり」このCMで「ベストカレー」は大人気となり、昭和41年「ゴールデンカレー」が登場。本格的高級即席カレー市場が開拓された。

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