男はつらいよ 私の寅さん | ロロモ文庫

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いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

葛飾柴又の団子屋「とらや」に駆け込み、つねに変な男につけられていると言うさくら。「痴漢だよ、きっと。寅ちゃん」「なんだ」「さくらちゃんが痴漢に襲われちゃったんだよ。ちょっと来てよ」「そんなじゃないわよ。襲われたなんて」「どこだ、どこだ」

掴みかかる寅次郎に違うよと言う男。「僕だよ」「どこの僕だ。日本人に僕はいっぱいいるんだい」「寅次郎君。わからないのか」「寅次郎君?あっ、なんだい、お前、デベソか」「そうだよ」「なんだい、お前。久しぶりに会って立派になったと言いたいけど、なんだい、お前、今痴漢やってるの」

「おいおい、変なこと言ってもらっちゃ困るよ。今な、土手のところで君の妹さんらしい人に会ったから、声かけようとしたら逃げ出しちゃったんだよ。だから追っかけて来たんだよ」「ああ、そうか、そうか。さくら、おばちゃん。こいつは俺の小学校の時の友達で、デベソ。デベソ、いただろう。お前、本名なんだって」「柳文彦だよ」

「ああ、柳病院のお坊ちゃん。まあまあ、どうも」「どうもしばらく。さくらさん、さっきはごめんなさい。やっぱり僕の記憶に違いはなかったなあ」「そりゃそうだよ。お前、さくらに惚れてたじゃないか」「さくらちゃん、覚えてないだろうねえ。幼稚園だったから」「ほら、覚えているだろう。金持ちのせがれで。いつも石鹸の匂いさせて、真っ白なセーターを着て。そのくせ、いつもビショビショ泣いてばかりいたんだ、こいつ」「よく、君には泣かされたからなあ」「本当に失礼しました。さあ、どうぞ」「どうぞ、お坊ちゃん」「なんだよ」

「いや、でも、この家、全然変わってませんね」「ああ、もう古くてガタガタよ。地震が来たらイチコロだ。俺の部屋へ行こうか」「え。君の部屋なんてあるのか」「あるよ。二階だよ。さくら、お茶持ってきてくれ。あ、ビールの方がいいや。何か適当なものを見繕てくれ」「君、今何やってんだ」「俺か。地道な暮らしよ。お前は」「いや、俺も地道にやってるよ」「ほう、地道の痴漢やってるのか」

さくらに柳さんの息子は何をやってると聞く竜造。「それがね。テレビドラマ書いてるんだって。なにかよろめきドラマとか、そんなつまらないもの書いてるって、自分で言って笑ってるの。本当にお金持ちだったの」「そうだよ。柳病院の院長先生と言えば、大変なインテリでな。油絵描いたり、バイオリン弾いたり、大変な人だったんだ」「本当に欲のない人でね。終戦直後の何もない時にタダみたいな値段で治療してくれたんだよ。とうとう病院が潰れちゃってねえ。今、病院跡だけが残っていて、確か娘さんが住んでると言ってた」「まあ、どっちみち、あまり親父さんが偉いって言うのも考えもんだな」

酔っ払って上機嫌で二階から降りてくる寅次郎と文彦。「どうもご馳走さまでした」「おばちゃん、おいちゃん。俺、ちょっとこいつの家に遊びに行ってくるよ」「おい。俺んちじゃない。妹んちだと言っただろう」「お前に妹がいたのか」「いたじゃないか。キリギリスみたいのが」「お前に似てるのか」「似てないよ」「じゃあ見られるな」「またまた」「亭主持ちか」「いや、オールドミスよ」「おう、兄妹揃って売れ残りか」「またまた」

文彦の妹のりつ子の家に行く寅次郎。「お前の妹、絵描いてメシ食ってるの?」「ああ、そうだよ」「こんな絵売れるのかな」「さあ、あんまり売れないんじゃないのかな、さあ、再会を祝して乾杯しよう」「ああ。しかし、あれだな。お前の妹、どういうタイプだったか思い出せないな」「あいつは病気ばっかしして、寝てばかりいたからな。だから今でもキリギリスみたいに痩せてるんだ」

りつ子の絵に何気なく筆を当ててしまう寅次郎。「あっ、いけねえ。くっついちゃった」「あっ、まずいな」「消しゴムないか」「消しゴムなんて」「おい、水持ってこいよ」「いじると、ますますひどくなる」「ダメだよ、これじゃ」

「何してるの。どうしたの、これ」「いや、ゴメンな。冗談からこんなことになってしまったんだ」「兄さん、冗談でこんなことするの。ひどいわ」「すまんすまん。あ、これ、俺の友達の寅だよ。ほら、帝釈天のところの、ほら、とらやのさ」「あの。それ、俺がやっちゃったんだけどね。筆持ってる時、何となく当たっちゃって。よくあるだろ。そういうこと」

「誰だか知らないけど、黙って人の家にあがって、こんなひどいこと。帰ってください」「なんだと。俺はこいつが無理に来いって言うから来てやったんだぞ。俺は客だぞ。客に帰れって言うことはないだろう」「お客がどうしてこんなことをしたのよ」「だから弾みだと言ってるだろう」「弾み?あのね」

「おい、やめなさい。りつ子」「兄さん。ここは私の大事な仕事場なのよ。そこにずかずか入り込んで、大事なキャンバスにこんなイタズラまでされて。私は魂が汚されたみたいな気持ちになってるのよ。そんなこと、そこにいる熊さんにはわからないでしょ」「熊?」「いや、こいつは熊じゃない。寅だよ」「そんなこと、どっちだっていいわよ」「おい、デベソ。女にこんな言葉を使わせていいのかよ。女だったらもっと大人しくしたらどうなんだい。その方が女らしくて可愛いぞ」

「そんなこと誰が決めたの」「昔から決まってんだよ」「そう、熊さんが決めたの」「熊じゃないって言っただろ」「じゃあ、カバ」「カバ?なんだい、このキリギリス野郎」「あら、それ悪口のつもり。あのね、私、昔からキリギリスで通ってるのよ。それ知らないんでしょう、カバさん」「憎たらしい女だな。畜生、俺は帰るぞ。なんだよ、女だと思って手加減したらいい気になりやがって」

お前も大変な女だなあとりつ子に言う文彦。「ビックリしたよ」「だって仕方ないじゃない。こんなひどいことするんだもん」「悪かった。じゃあ、俺もう帰るわ。それからね、俺、ちょっと金入ったんだ。ここに置いとくわ」「……」「それからさ、あいつのことを許してやってくれよ。ホントはいいヤツなんだよ。それからね、あいつは熊じゃないよ。寅。寅次郎。いいね」「うん」

憤懣やるかたない寅次郎は、りつ子がとらやに来ると電話があったと聞いて、さらに機嫌を損ねる。「おばちゃん、あの女が来ても、茶なんか出すなよ。さくら、お前もへらへら笑い顔を見せるな。知らんぷりしとけ」「どうしたのよ」「どうしたもこうしたもあるか。昔から絵なんか描く女にロクな奴はいねえんだ」「そんな。無茶よ」「そういうことに決まってるんだ。俺はあの女が来ても、この敷居から一歩も入れやしないぞ」「お兄ちゃん」

「俺はこう言ってやるよ。何がイヤだって、インテリ女と便所のナメクジぐらいイヤなものはないんだ。吐き気がすらあ。ここはお前みたいな女の来るところじゃない。とっとと出ていけ、と」「あら、熊さん」「いえ、寅です」「あ、また、間違えちゃった。寅さん、昨日はホントにごめんなさい」「いえ」

「私ね、ちょっとイヤなことがあったもんで、つい、あんなひどいことを言っちゃって。本当にごめんなさい」「いえ。さあ、どうぞ。入ってください。おばちゃん、デベソんとこの妹さんだよ」「まあ、どうも」「柳りつ子と申します」「妹のさくらです。後ろにいるのは亭主の博です。さあ、どうぞ、上がってください」

「私、ひどいこと言っちゃって、ごめんなさいね」「そうかなあ。俺、物覚えが悪いから、よく覚えてないな。まあ、そんなことはいいから」「申し訳ないわ。お詫びに来たのに、すっかりご馳走になっちゃって」「こんなもの、口に合わないでしょう」「とんでもない。ホントのこと言うと、あたし、お料理なんて全然できないの。このおイモ、とっても美味しいわ」

私は一人暮らしだと言うりつ子。「だから仕事に熱中してると、ついご飯を食べるのを忘れて、それで夜中にパンにお砂糖ふりかけ、インスタントコーヒーで流し込むなんて、しょっちゅうなの」「それはいけないよ。そんなことしてるから、キリギリスみたいに痩せちゃうんだよ」「でも時々お兄さんが遊びに来て。その時に家庭料理でも」「ダメダメ。あいつチョンガーだもん、ねえ」「本当にダメな兄貴ねえ」「あんたも苦労するねえ。ああいう兄貴を持つと」

お兄さんはテレビドラマを書いてらっしゃるんですかとりつ子に聞くさくら。「ええ、父は医者にしたかったんですけど、反抗して文学部を出て。小説を書きたかったんでしょうけど、甘やかされて育ったから、結局何をやってもダメなのね。もう若くもないのに。そりゃ兄がちゃんとした家庭を持ったら、どんなに心強いかと思うんだけど。でも、もうダメでしょうね」「でも、どこか優しそうな人でしたわ」「そうかしら」「ああ、あいつ優しいところがあるよ」

「時々だけどね、まとまった金が入ると、私のところにふらっとやって来て、小遣いやろうかって、一万円札を2,3枚、置いてってくれたりするのよ」「ほお、一万円札を」「そう言えば、お兄ちゃんも時々お小遣いをくれるわね」「ああ。よく覚えてるね」「寅の場合は五百円札、1,2枚だけどな」

「おいちゃん、悪かったな」「でも、いいなあ」「どうして」「だって、とっても優しいお兄さんじゃない」「いや、優しいお兄さんだなんて。さくら、りつ子さんはいい人だろう」「うん」「当り前だよ。絵を描く人に悪い人なんていやしないよ」「そうね」

ロールパンを買うりつ子に絵を描くのも大変だねと言う寅次郎。「何かと物入りで」「そうなの。キャンバスも絵具もどんどん値上がりしちゃって。でも気に入った作品は本当は売りたくないの」「ほう」「かといって、気に入らない作品を売るのはもっとイヤだし」「じゃあ、全然食べていけないじゃねえか」

「そうね。でも売らないと食べていけないし」「……」「おいくら?あ、いけない。財布持ってくるの、忘れちゃったかしら」「あ、いいよ。俺が払っとくから」「ごめんなさいね。今度お会いした時、お返しするわ」「いいんだよ。そんな心配するより、いい絵を描けよ」「ありがとう。とっても嬉しいわ。寅さんは私のパトロンね」「パトロン?」「そう。パトロン」

しみじみと語る寅次郎。「財布を忘れたと言ってたけど、本当はあの人はパンを買うお金すら持ってないんだよ。ニコニコ笑ってるけど、実はあの細い体で明日のパンも食べれない生活と戦っているんだな。何しろ芸術家だからなあ」「すると何か。芸術家ってのはみんな貧しいのか」「決まってるじゃないか、そんなこと」「お金持ちだって、なかにはいるだろう」「そんなのは芸術家とは言えないんだよ」

「でもね、今は絵なんか随分高いんだよ」「タコは横から口を出すな。お前なんかに芸術がわかるか。いいかい。自分の気に入った作品は人に渡したくない。ましてや気に入らない作品を売るわけがない。だから金が全然入るわけない。これが芸術家だよ。わかるか、さくら」「そうねえ、私は芸術家じゃないからわからないけど、とっても気に入ったスーツを縫い上げた時は、お客さんに渡したくないところがあるわね」「さくら、お前は芸術家だ」「どうも、ありがとう」

「俺にはわかんねえな。よく出来た団子だったら大威張りで売るね」「だから、とらやの団子は芸術じゃねえじゃないか」「芸術家でなくて、結構だけどね」「それじゃ、寅さん。芸術家ってのは何で食っていくんだい」

「決まってるだろ。お前みたいな金持ちが、どうぞお使いくださいと全部差し上げるんだよ」「冗談じゃないよ。こっちだって食うのに精一杯だよ。そんなことをしたらこっちは食えなくなっちゃうよ」「食う食うと食うことばっかり。お前は食い過ぎだぞ」「しょうがねえよ。俺は食うことだけが楽しみなんだもん」「イヤだねえ。なんというか貧しい生き方」

「だけどな、寅、早い話が人間は食うために生きているんだぜ」「そうだよ」「あーあ、なんだかとても話しあえねえな、この連中とは。なあ博」「そうですねえ。確かに食っていくってことは大変なんですよ、世の中じゃ。でも人間が生きるってことは決してそれだけじゃない。だからこそ、りつ子さんみたいな人が必要なんですよ。つまり芸術家です。美しい音楽を聞いたり、素晴らしい絵を見たりするために、僕たちは生きているんじゃないですか」「そうだよ、博。お前はいいこと言うね」

「とにかく人間はいろんなことに喜びを持って生きているはずですよ。例えばね」「おいちゃんの盆栽だってそうね」「そうそう」「こうやって、みんなと楽しく話すこともそうだね」「そうですよ」「寅が恋をするのもそうか」「バカ野郎。何言ってるんだよ」

「いや、笑いごとじゃありませんよ。その通りですよ。兄さんが美しい人に恋をする。これは兄さんが人間として生きていることの証ですよ。そうでしょ、兄さん」「よせよ、お前。真面目くさって、そんなこと言うの。なるほど、人間の証ね。じゃあ、今夜はこのへんでお開きと言うことで」「人間の証か。腹減ったな。茶漬けでも食うか。じゃ、お休み」

りつ子は恩師の家に行き、憧れていた画家の三田が金持ちの娘と結婚すると聞かされる。りつ子が寝込んでいると文彦から聞いた寅次郎は見舞いに行く。「どうもありがとう。兄から聞いたの」「うん、そう」「何て言ってた」「なんだか熱はないようだし、腹は痛くないようだし。なんだかわかんない、って言ってた」「そう」

「どこが悪いの」「寅さんだけ、本当のことを言っちゃおうかしら。私ね、失恋しちゃったの」「え」「でも相手の人が悪いんじゃないの。私の片思いだったのよ。バカみたい、いい年って。おかしいでしょう、キリギリスの片思いなんて」「ああ、キュウリも食えないで、痩せちゃうもんな」

とらやに戻った寅次郎は二階で寝込んでしまう。どうしたのかしらと言うさくらに間違いなく恋の病だと言う博。「医者呼んでも治らないぞ」

寅次郎を見舞うりつ子。「さくら。お前の顔までりつ子さんに見える。この手の病は重いんだよな」「ちょっと、兄ちゃん」「りつ子さんは今頃何をしてるんだろう」「寅さん、私よ」「あーあ、声までりつ子さんによく似てるよ。あれ」「お見舞いに来てたの」「なんだ。りつ子さん、来てたのか。俺、さくらが来たのかと思った」「私もいるわよ」「わ。ビックリした。2人もいたのか」「あの、私、あまり長くいてもあれだから、帰ります。寅さん、早くよくなってね」

「あら、もうお帰りですか」「ええ」「おばちゃん。大変だねえ。寅さん、恋の病で寝込んだって言うじゃないか。あっ、違います、違います」「失礼します」

土手で寝っ転がる寅次郎にこんなところにいたのかと言う文彦。「心配しちゃったよ。病気だと言うから。しょぼくれてないで、酒でも飲んでイヤなことは忘れなよ」「忘れろ?いったい何を忘れるんだ」「だから色々さ。お前を慰めてやろうと思って」「慰める?お前、気になることを言うね。いったい何しに来たんだ」

「決まってるじゃないか。りつ子のことだよ」「りつ子さんがどうしたんだ。誰がりつ子さんに惚れてるって言うんだい。冗談言うと承知しねえぞ」「自分で言ってやがる」「なに」「いや、惚れてなきゃ別にいいんだよ。あんなキリギリスみたいのはな」「この野郎。たとえ兄貴でも、りつ子さんの悪口を言うと承知しねえぞ」

パンに砂糖をつけてインスタントコーヒーで流し込むりつ子は寅次郎に気づく。「こんばんは」「ちょっとそこまで来たもんだから。悪いね、食事中なら」「いいのよ。さあ上がって」「いや、俺はここでいいよ。すぐ帰るから」「そんなに遠慮しなくたっていいのに」「……」「私、とっても困ってるの。私、今まで絵のことだけ考えて暮してきたし、これからもそんな風にして生きていたいのよ」「……」

「だから女として中途半端なの。お台所のこともできないし。子供だって満足には育てられないだろうし。だけど女だからとっても嬉しいの、寅さんの気持ちは」「……」「あたしだって寅さんのことは大好きだもん。だけどやっぱり困るのよ。私、寅さんには何事も話せる友達でこれからもいてほしいのよ」

「いいよ。よくわかるよ。あんたの言うことは」「そうかしら。私、話せば話すほど、自分の考えてることとは違ったことを話している気がするの」「大丈夫だよ。そんなことはないと思うよ。だけど、あんたは俺のことを誤解してるよ。今までずっと友達だったし、これからだってそうだよ」「ホント?」「ホントだよ。安心しなよ」

俺がすっかりりつ子さんに迷惑をかけたとさくらに言う寅次郎。「どうして」「あの人にはな、余計な心配とか気苦労をさせちゃいけないんだよ。そんなこと考えていたら美しい絵なんか描けないもんな。わかるだろう、お前にも」「わかる」「それは、俺からの頼みなんだけど、あの人は芸術家だから、貧乏なんだよ。お前時々言って、あの人がコーヒーにパンを浸して食っているようなことがあったら、簡単でいいから、暖かくて栄養のあるものを作ってやってくれないか。頼むよ」「うん」「お前、博と仲良くやれよ。じゃあ」「お兄ちゃん」

いつまでもいい友達でいたかったのにとさくらに言うりつ子。「バカね。寅さん」「……」

正月になり、にぎわうとらやにりつ子からの手紙が届く。<スペインの古都トレドで、このハガキを書いてます。これが着くころは日本ではもうお正月でしょう。おめでとう、懐かしい、とらやの皆さん。私は元気で絵の勉強を続けていますから、ご安心ください。寅さん。私の寅さんはどうしていますか>寅次郎は旅先でテキ屋稼業に励むのであった。