作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(355)」 | ロロモ文庫

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新種のスイカ

極日商事の会長の田山を山岡と栗田に紹介する板山。「山岡さんと栗田さんは究極のメニュー作りを担当しておられるそうですが、それでは料理人の世界にも詳しいでしょうな」「何人かの方と親しくして頂いています」「料理人の世界は厳しいから、一流の料理人には簡単になれないでしょう」「そうですね。やはり天性の才能が必要とされるのは当然として、修行は大変でしょうね」

「むう。そのどんなに大変かと言うことをうちの息子に話してくれないだろうか」「え」「実は田山さんの長男の勇一君が料理人になりたいと言うんだ。それも懐石料理を極めたいと言うんだ」「素敵じゃありませんか。若い人が夢を抱くのは素晴らしいことですわ」「ぬうう。ちっとも素敵ではない」「え」

説明する田山。「我が田山家は先祖代々、極日商事を受け継いできた。勇一は私の跡を継ぐ義務がある。我が田山家は分家も親類一同も固い職業についているが、その中に料理人は入っていない。人間、食べるだけなら、自分で料理すればいい。それなのに料理人なんかいるのは、より旨いものを料理人に作ってもらいたいと言う贅沢心のおかげだろう」

「私は日ごろからグルメブームとかなんとか、食べ物のことで浮かれている今の日本の風潮が気に入らんのだ。料理人のような人々の贅沢心を煽るような柔らかい職業は絶対に許されん」「そこで君たちに勇一君に料理人になるのがどんなに大変か、少し大げさに話してやってもらいたいんだ」「むう」

勇一と会う山岡と栗田。「私の父は昔気質の堅い一方の人間で、人間は勤勉に働き、贅沢などせず、社会と国の発展のために尽くさなければならないと言います。僕はそれは正しいと思います。しかし正しい道は一つだけではないと思います。僕は食生活を通じて、社会に尽くそうと考えているんです」「ほう」

「今の日本は経済的に豊かです。外食産業は栄え、食品産業も栄え、町には料理屋が無数にあり、スーパーや食料品店にはいろいろな食品が溢れています。でも実質は豊かでしょうか。店では添加物まみれの良くない商品が氾濫しています。食文化もそうです。ジャンクフードとか工場で大量に作った食べ物をただ温めて出すようなレストランチェーンが、若者の間では普通のものになっています」「むう」

「我々の次の世代になったら、まともな食品を正しい料理法で食べる食文化の基本は失われる危険があると思います。だから僕は料理人になりたいんです。まともな食品を使い、心のこもった正しい料理法で料理して、他の人に食べてもらう。そういう食文化の一つの基準を、僕は自分の体を張って、次の世代に残したいんです」「ぬ、ぬう」

極日商事本社ビルに行く山岡と栗田。「ぬう。勇一が料理人になるのを手助けするだと」「勇一君が立派な意図で料理人を目指していることがわかったんです」「冗談じゃない。あれだけ言ったのがわからんのかね。田山家の長男が料理人みたいな柔らかい職業につくのは許されんのだ」「料理人の職業は柔らかなものではありませんし、勇一君は田山家は弟の完二君が継げばいいと言ってます」「ぬう。そんなことは私の決めることだ」

「会長、平上相談役がお見えですが」「え」「よう、邦坊、元気か」「まあ、極日商事の会長を邦坊だなんて」「元気ですが、もう邦坊はやめてくれませんか。私も60を越えましたので、せめて邦蔵と呼んでください」「バカ。60になろうとお前は私の甥だろうが。邦坊は邦坊だ」「ぬうう」「スイカを一緒に食べよう。よく冷えたのを買ってきた。すまんが切ってくれんかね」「承知しました」

「邦坊、今日はお前に意見をしに来たんだ」「では、私たちは失礼を」「いや、君たちもいてくれた方がいい。第三者の意見も聞きたい」「ご意見と申しますと」「このままじゃ、田山家はダメだな。ひいては極日商事もダメになる」「え。それはどういうことで」

「この間、お前の親父の法事の時に一族が集まったが、その顔ぶれを見て、ダメだと思った。極日商事関連会社の経営者、大学教授、外交官、高級官僚。そんな連中ばかりだ」「何がいけないんですか」「人間の歴史を振り返ってみるがいい。政治家でも企業家でも失敗した人間にはみな共通点がある。世間が見えなかったことだ」「ぬ」

「一族の人間がいわゆる堅くて上品な職業ばかりついていると言うことは、一族全体が偏った価値観を持っていることの証拠だ。社会はますます多様化していく。価値観もそれにつれて多様化していく。それに気づかず、旧態依然とした単一の価値観にしがみついていてはどうなるか」「ぬう」

「私はお前の父親の弟で、祖母の実家に養子にもらわれ、好き勝手なことをしてきた。しかし、お前の父親は、こんな私の意見をしょっちゅう聞きに来た。糞真面目で堅物の自分には気づかぬ何かを私なら気づいてるんじゃないかと」「よく存じています。極日商事が大企業に成長した女性の下着会社を作ったのも、ミュージカルのメッカとなっている極日劇場を建設したのも、相談役の発想です」

「むう。道楽者には道楽者の使い道がある。堅物とは違った視点で物を見ることができるし、外の空気を組織の中に吹き込むことができる。逆に道楽者を受け入れない集団は動脈硬化を起こして自滅する。そういうわけで現在の田山家は実に嘆かわしいぞ。なんとかしないと、10年後の田山一族は危うい」「……」

「あの、余計な口を挟んで申し訳ありませんが、あまりご心配なさることはないと思いますが」「え」「お待たせしました」「おう来た。さあ、みんなで食べようじゃないか。私はスイカが大好物でな。メロンも好きだが、スイカのこの飾り気になさがなんとも言えないじゃないか。ところで、お嬢さん。今、田山一族のことは心配する必要はないと言ったが、それはどういうことかね」「はい、それは」「平上さん、もう一度我々とスイカを食べませんか。そうすれば栗田の言っていることの意味が理解できると思います」

岡星に平上と田山を招く山岡と栗田。「いらっしゅい」「おや、勇一じゃないか」「ど、どうして、こんなところに」「実は、このお店でアルバイトさせてもらってるんです」「へえ、お前、その恰好、なかなか似合うよ」「むむう」「今日は大叔父さんがお見えになると言うんで、いろいろとスイカを用意しておきました」「え。スイカってそんなにいろいろあるのかね」「勇一、持ってこい」「はい」「ぬう。田谷家の長男を」

「おほ。この細長いスイカは、昔アメリカで食べたことあるぞ」「ラビット種と言って、最近は日本でも手に入るようになりました」「今度は小玉スイカです」「ご存知、種無しスイカ」「これは身の色が黄色いクリームスイカです」「勇一、次だ。私も手伝おう」「はい」「うは、でかいな。スイカのお化けだ」「スイカの穴かで一番大きい黒部スイカ。重いのになると20キロになります」「どう切ったらいいんでしょう」「私の言う通りにやってみろ」

「勇一、お前はどうやら本気で料理に取り組んでいるようだな」「大叔父さん、僕は山岡さんの口利きで、岡星に弟子入りさせてもらいました。僕は料理人になりたいんです」「何、料理人に。むう、邦坊、偉い。お前を見直したぞ」「え」「田山家総本山の長男である勇一を料理人にするとは実に大胆。同じような人間ばかりの田山一族にお前が先頭を切って、新風を入れようと言うんだな」「ぬ、ぬう、それは」

「お前の跡は次男の完二が継げばよい。一族の他の者によい刺激になるだろう」「勇一、本気なんだな」「はい、世界一の料理人になります」「田山一族と言うスイカ畑にも、いろいろなスイカがあってしかるべきだな。相談役の言われるように、同じスイカばかりじゃ、スイカ一族も危うい。確かにいろいろな職業の人間がいた方が、一族は活気が出て豊かになる。勇一、お前は田山一族の新種のスイカになれ」「お父さん」「岡星さん、息子をよろしくお願いします」「お引き受け致しました」