作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(341)」 | ロロモ文庫

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ラーメン戦争(4)

金銀軒でラーメンを作る春代。「どうぞ、召し上がってみてください」ラーメンを食べる一同。「いかがでしょうか」「まず、みんなの丼を見れば、大体のことはわかるね。麺はほとんど食べつくされている。と言うことは、ここのラーメンは残さずに食べ終えさせる味は持っている」「いかにも昔からのラーメンと言う味で懐かしかったわ」

「しかし、スープを見てください。橋田さん以外に飲み切った人はいない」「私はいつも美味しいスープなら必ず飲み干すんだが」「さらにスープの中を探ってみると、もう少しよくわかる。俺はメンマを残した」「私も残したなあ。それにチャーシューも」「スープと中に残された物が、この店のラーメンがどんなものなのか、はっきり示しているね。この店のラーメンはスープと具が弱いって言うことだな」

待ってくれと言う乃士。「そう言うと、この店の麺が良い出来みたいに聞こえるが、そんな良い点はやれないよ。日本人は麺が好きだから、よっぽどひどい麺でなければ、なんとか食べてしまうものなんだ。しかし、この麺を本当に美味しいと思って食べた人はいるのかね。橋田さん以外に」「ぬう」

語る乃士。「原料の小麦粉1袋25キロから、200食前後の麺が出来る。製麺会社の麺をこねる機会は、最低2袋の小麦粉を入れないと、空回りして使えない大きさのものが殆どだ。と言うことは400食以上でないと、自分の店独特の麺を製麺会社に作ってもらえないことになる。そうなると、製麺会社が何種類か作っている既成の麺の中から、自分の店に合ったものを買うか、自家製麺するかだが、この店の麺は自家製麺ではない」

「仰る通りです。今の私の店では一日に50食がやっとですから。それに私の力では自家製麺は無理です。うちでは三橋製麺の3号玉を買っています」「三橋製麺は昔はよかったんですけどね。儲け一辺倒に社風に嫌気がさして、腕のいい職人が次々にやめてしまって、最近はこんな麺しか作らないんですよ」「ああ」

がっかりすることはないと言う山岡。「麺にもスープにも具にも弱点がありながら、そこそこ食べられる味のラーメンに仕上がってるってことは、春代さんの腕が悪くない証拠です」「真面目な仕事であることは認めますよ。店の人間が真面目であれば建て直しは可能です。それでは、早速取り掛かるとするか。どれから取り掛かるかね」「では茂雄君に決めてもらいましょう」「じゃあ一番がスープの出川さん。次が麺の乃士さん。そして具の多木さん」「その順番はどうして?」「ラーメンを食べる時の順番さ」「なるほど」

説明を始める出川。「ラーメンのダシには、ニワトリ、豚、牛、魚、野菜、昆布、干しシイタケの七つの要素があります。ニワトリにはガラ、丸ごと、頭と足の三つがあります」「まあ、私はニワトリと言ったら、鶏ガラしか知りませんでしたわ」「ニワトリのダシは中華料理の基本だ。ラーメンも中華料理の流れであるからには、ここまで考えてほしいね」

「次に豚ですが、豚骨、頭、赤身、背脂、火腿の五つがあります」「私、豚の頭とか火腿や赤身は使ったことはありません。豚骨も骨が溶けるまで煮ると、最近の豚は不健康に育っている豚が多くて臭くなるので、そこまで煮ないようにしています」「私もあの白く濁ったあの豚骨スープは臭くてイヤですね」「僕は好きだなあ。あの臭みもかえって魅力ですよ。紅しょうがを加えるとたまらない」

「牛ですが、豚よりは少なく、牛骨、頭、赤身、スジの四つに分かれます。牛には豚にはない良い風味があるので、味がしっかり濃いのに香りの立った上品なスープが出来るのです」「牛の赤身でダシを取るなんて、西洋料理のコンソメスープだよね。それだけだとラーメンには弱いかもしれないが、他のダシに合わせると、見事なスープが出来る」

「魚ですが、カツオブシ、サバブシ、アジブシ、煮干し、焼き干しの五つに分かれます。この魚のダシは日本人に根強い人気があります」「私もこの魚のダシをうまく使いたいんだが」「あの流星一番亭のスープの味も、魚のダシを上手に使ってあるよね」「魚のダシは本当に難しいわ。下手をすると味が濁るし、魚臭くなるし。でも、しっかり押さえないと」

「野菜はダシに欠かせません。スープに柔らかで自然な甘みを与えるし、ショウガやセロリやニンニクなどを使うと、鶏や豚のダシの臭みを消してくれます」「まったく、動物性のダシばかりじゃ、どうしても味が重苦しくなる。それが野菜を加えると、柔らかみと広がりと軽やかさと華やかさが出るからね」

「昆布と干しシイタケはラーメンに使われるのは、それほど一般的ではありませんが、最近の研究熱心な店では、かなり使われているようです」「そりゃ昆布と干しシイタケと言えば、日本人の大好物だものね。ダシを取るのに使わない方がおかしいくらいだ」

「ざっと、駆け足でラーメンのダシを取るのに使われる材料を列挙してみたわけですが、難しいのは、材料ごとに正しいダシの取り方と、それぞれのダシの組み合わせです。たとえば、カツオブシは日本そばのダシを取る時には、厚目に削って長時間煮込みますが、それではラーメンのダシとしてはあまりに魚臭すぎるから、薄目に削って短時間で鍋から引き上げる」

「そして組み合わせ方ですが、たとえば、骨が溶けるまで煮込んで白濁した豚骨ダシの場合、魚ダシとの組み合わせはうまくいかないが、昆布ダシとは相性がいいと言うように、それぞれのダシごとに組み合わせの良し悪しがあるので、注意が必要です」

麺について説明する乃士。「麺で一番大事なのはコシと滑らかさです。コシは歯に与える感触で、滑らかさは舌に与える感触です。このコシを作り出すのに、非常に重大な問題があります。それはカン水です」「カン水と言うと、麺にコシを出すために入れる」「そう。そのカン水です。そのカン水が我々を出口不明の迷路に引きずり込むんです。別の言い方をするなら、カン水は解答不能の謎をかけて我々を立往生させるラーメン界のスフィンクスなのです」「むうう」