作:雁屋哲、画:花咲アキラ「美味しんぼ(293)」 | ロロモ文庫

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春の息吹

文化部の依頼で東西新聞日曜版に随筆を書くことになる料理研究家の生田祥子。「随筆の内容に合った料理を作って、その写真を載せるのはいいわね」「先生の味のある随筆のお手のものの料理を添えられれば、ありきたりの料理記事と異なる面白いものが出来ると思います」「あら、吉野紘一作陶展のポスター」「先生、この方、ご存知なんですか」「ええ、ちょっと」「吉野紘一は唐山先生のお弟子さんで、最近メキメキ売り出している人だよ」

10年前に吉野と同棲していたと山岡と栗田に言う生田。「吉野は実験的な陶器作りに骨身を削る努力を重ね、私は料理研究家として身を立てられるかわからない状態で、いろいろな料理の研究に、全てを注ぎ込んで。私たち余裕がなかったのね。しなくていい衝突を繰り返して、とうとう。私が自分のことばかり考えずに、もう少し吉野に協力してやっていたら」

そうですかと山岡と栗田に言う吉野。「そんなことを祥子が。悪かったのは私ですよ。祥子に対する思いやりがなかった」グリーンアスパラガスとカニ肉を炒めたものを出す岡星。わしの大好物だと喜ぶ唐山。「春らしい生命の息吹を感じるこの風味がたまらん」「グリーンアスパラガスが脂肪とよく合うから炒め物に持って来いだ。香りも味も強いから、カニの風味に負けることはない」

溜息をつく吉野。「グリーンアスパラガスか。思い出しますよ。私と祥子が決定的に決裂したのは、これが原因だったんだ」「まあ」「グリーンアスパラガスはフランス人の大好物です。茹でた穂先の数センチの部分の柔らかいところだけを食べるような贅沢をするらしい。祥子はフランスまで料理の勉強に行って、グリーンアスパラガスにすっかり魅せられ、日本でもフランスで食べた味を再現しようとした。しかし何をどうしても満足できないと言う」

「そんな時に私の作品が焼き上がった。窯から出てきたのはさんさんたる作品だった。そして家に帰ってみれば、祥子がグリーンアスパラガスを前にしょげている。私は自分自身に対する失望と苛立ちを祥子にぶつけてしまったんです。グリーンアスパラガス一つまともに料理できないなんて、才能が欠如している証拠だ。料理研究家などおこがましい、と」「……」「陶芸と言う創造と創作に生きる者でありながら、私は料理の創造と創作に賭ける祥子を根底から侮辱してしまったんだ」

近城に吉野と生田の仲を元通りにしたいと言う山岡。「俺に策があるんだ。協力してくれないか」「じゃあ取引だ。協力する代わりに、俺が栗田さんと結婚できるよう力を貸してくれ」「え」「別に俺と栗田さんが結婚しても文句ないだろう」「あ、ああ」「それじゃあ、協力するぜ」

栗田にすっかり乗せられたと笑う生田。「グリーンアスパラガスの随筆に吉野紘一との昔の話を書いちゃって」「別れた人のことをああいう風に美しくお書きになれるって、素晴らしいことだと思います」「でも私たちが別れる決定的な物だから、あれ以来、私、グリーンアスパラガスを食べることさえ敬遠しちゃって」

そこに料理を持って現れる山岡。「先生の台所を拝借して作りました」「あら、グリーンアスパラガス」「こちらはクルミ和え。クルミをすりつぶし、白味噌とダシを加えてのばし、それを茹でたグリーンアスパラガスにかけたもの。こちらは蒲焼き。醤油、酒、ミリンで作ったタレをつけて焼いたものです」

その旨さに感嘆する生田。「アスパラガスと脂肪と合うことは承知してたけど、このタレの自然な甘みとクルミの軽やかな油の風味が、グリーンアスパラガスの性格の強い味わいとうまく釣り合って。蒲焼きはこのタレが炭火で出来る独特の香りが、油を使った時とは別のグリーンアスパラガスの持ち味を引き出しているわ。なんと二つとも純日本料理じゃないの。私はクリームソースとか洋風の調理ばかり考えていた。フランスで食べた味にとらわれすぎていたのね。本当に、あの頃の私、余裕がなかったことがよくわかるわ」

「気候風土の違いなのか、栽培法の違いなのか、日本のグリーンアスパラガスがフランスの物と比べると、風味も淡く味も薄めです。だから日本産のグリーンアスパラガスをフランス風のソースで食べると、フランスで食べた時の味の記憶と違って来ることにあるはずです」「同じ野菜でも気候風土が違うと風味も変わって来るから、調理法もその気候風土に合わせて変えるのは当然のことだわ。私、今からグリーンアスパラガスの料理、10年ぶりに試してみるわ」

「料理を撮るカメラマンから一言言わせてください。使いたい器があるんです。グリーンアスパラガスの美しさを引き立てる素晴らしい器です」「お任せしますわ。カメラマンのおお眼鏡にかなった器が一番ですもの」「実はもう器を用意してあるんです」

吉野を連れてくる近城。「紘一さん」「いや、このカメラマンがどうしても撮影に立ち会ってくれと言うものだから」「料理の盛り方とかは吉野先生に確かめてもらった方が、器の素晴らしさが最大限引き出した写真が撮れますので。これが使いたい器です。粉ひき丸皿です」「まあ。なんて温かな。白い釉薬が滑らかで、少女の肌のようにしっとえいして。形も大きさも自然で気品があって。紘一さん、凄いわ。こんな器を作るようになったのね」「祥子」

「グリーンアスパラガスの白ゴマ和えです。召し上がる時は、指でアスパラガスを持って、ごまタレをつけて、穂先の部分だけ齧ってください」「驚いた、あまりに単純で料理とも言えないものなのに、実に堂々たる味だよ。白ゴマも国産の上物を選びに選んであるんだね」

「こちらはグリーンアスパラガス、ワサビの葉和えです。召し上がる時はワサビの葉をたっぷりまぶして一緒にどうぞ」「まいったな、見事だよ。ワサビの葉の山菜風の味と香りがアスパラガスの風味を支える土台となっている。ソースがどうのと言う固定観念に捉われることなく、自然体でグリーンアスパラガスの本性をキッチリ捕まえている。祥子、君の心の豊かさと純粋さがこの料理に全て表現されているよ」「紘一さん」「俺にはほかにも君の料理を飾るのに使ってもらえそうな器があるんだが」「あなたの器を私の料理で飾れたら嬉しいわ」