麦秋 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

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貿易会社の専務をしている佐竹を訪ねる料亭・田むらの女主人の田村のぶの娘であるアヤ。「来たな。借金取り。この前の晩はどうだった」「大変。ヤーさんがまた長唄始めちゃって。お母さんの心臓、また悪くなったらしいわ」「大丈夫だよ。死にはしないよ、あの婆あ。はははは」「まあ」佐竹の秘書の間宮紀子にチヤ子が結婚するって知ってると聞くアヤ。「知らなかったわ。恋愛?」「そうみたいよ」

会社が終わった後、兄で医者の康一と康一の妻の史子と食事をする紀子。お前たちはすぐにエチケットと言うと文句を言う康一。「まるで男が女に親切にするのが法律みたいに思っているけど、そういうものじゃない。他人に迷惑をかけないと言うのがエチケットと言うものだ」「わかっているのね、お兄さん」「終戦後、エチケットを利用して女が図々しくなっているのは確かだね」「そんなことない。これでやっと普通になった。今まで男が図々しすぎたのよ」「お前、そんなこと言うから、いつまでたってもお嫁に行けないんだ」「行けないんじゃない、行かないの」お医者さんはおよしなさいと言う史子に勿論よと答える紀子。

田むらに夫婦喧嘩して飛び出してきたと言って現れる高子になんで喧嘩したのと聞く紀子。「うちの犬が主人のパンツを齧ったの。それが私の責任だって言うのよ。癪に障ったから人参ばかり食わせたけど、今朝とうとうぶつかっちゃったの」「なんだ。そのくらいのことなら我慢しなくちゃ」旦那なんて勝手なものよと言うアヤ。「だから私たちはお嫁に行かないのよ。ねえ」「ねえ」お嫁に行ってない実績もないのにと言う高子に行ってからじゃ遅いのよと言うアヤ。「ねえ」「ねえ」

紀子に心臓の具合が悪いんでお兄さんに診てもらいたいと言うのぶ。「どうかしら、紀子さん」「ええ。兄に言っておきますわ」旦那が迎えに来ていると言う電話がかかってきてさっさと帰る高子。専務が座敷に来ているとのぶに言われ挨拶に行く紀子。「ちょうどよかった。どうだい、お嫁に行かないか」「……」「行けよ。いい加減に」「ふふ」「俺の先輩で真鍋って男だ。童貞の保証はしないが初婚なんだ。写真があるんだ」紀子に写真を渡す佐竹。「ゴルフも俺よりうまいし、男ぶりも俺よりちょいといいかな」

専務さんに嫁に行かないかと言われたと史子に話す紀子。「それでどんな話なの」「まだちゃんと聞いてないの」康一に心臓を診てくれと頼むのぶ。「すいません。いつもうちのアヤがお宅の紀子さんのお世話になって」「いや、いいんですよ」「でもよかったですわね。紀子さんにいい話があって」「なんでしょうか」「あら、先生、専務さんからの御縁談」「ああ、そうですか」「とてもいい方なんですよ。お若いのに松川商事の常務さんで、とてもきれる方なんですよ。お国は四国の善通寺でとても旧家だってことで」「そうですか。じゃあ、拝見しましょうか」

アヤのお母さんが診察に来たと史子に言う康一。「大変な奴だった」「心臓が悪いんでしょう」「いや、耳鼻科に回してやった。鼻が悪いんだ」紀子の話はよさそうだと言う康一。「どっかの会社の常務だそうだ」「そうですか。見たところ立派そうな方」「見たのか」「ええ。写真で」「紀子は写真を持ってるのか」「ええ」「なんだかよさそうじゃないか」「ええ。私もそんな気がするの」

祖母のしげの肩たたきをしておこづかいを貰う康一の息子の実。「そんなにお金貯めてどうするの」「レール買うんだよ。汽車の」「持ってるじゃないの。あんなに」「うんと長くするんだい」父の周吉に紀子に縁談があると話す康一。「おお、そうかい」「なかなかいいんですよ」「それはいいね。もうやらないといけないよ」「28ですからねえ」「いい話だといいがね」「調べてみようと思うんです」

チヤ子の結婚式の後、喫茶店に行く紀子とアヤと高子とマリ。「チヤ子のあんな澄ました顔、初めてよ。ねえ」「いやに気取っておちょぼ口にいしちゃってさ、ねえ」新婚旅行はどこだったとマリに聞く高子。「私、熱海」「私は修善寺よ、ずっと雨ですることないから独楽回して遊んでたの」馬鹿馬鹿しいわと笑うアヤ。「いい大人が独楽なんかして遊ばないわ。ねえ」「ねえ」未婚者にはわからないのよと笑うマリ。「ねえ」「ねえ」結婚してない人に本当の幸福はわからないと言う高子。「おっしゃいますわね、人参女史」口論する四人であったが、結局鎌倉にある紀子の家に遊びに行くと言うことで話が収まる。

結婚式のあとで大変だったのと史子に言う紀子。「いつも二組に別れちゃうの。お嫁に行った組と行かない組と。今日もアヤが一人で大奮闘」「どうして」「だってあたしたちのことを未婚者だと軽蔑するんだもの」「だったら早く嫁に行けばいい」「おねえさんも向こう組?」「そうよ」「なんだ。だったらお嫁に行っちゃおうかな」「どうなの、専務さんのお話?」「とってもいいんだって、専務さんはおっしゃるのよ」

しげを訪ねる矢部たみ。「どうもご無沙汰して。今日は若奥様は」「ちょっと買い物に」「奥様、今朝、妙な男が来たんですよ」「どなたですの」「興信所。おたくの紀子さんのことを聞きに参ったんですよ」「そうですか」「私はあんな立派なお嬢さんは滅多にいないと言ってやったんですよ」「まあ」「嫌な奴でねえ。何でも調べてるんですよ。お宅の省二さんとうちの謙吉が同じ高等学校なんてことまで」

そこに現れた周吉に挨拶するたみ。「いつも謙吉が康一さんにお世話になってます」「謙吉君も立派になられてあなたもお楽しみだ」「いえ、もう、嫁が亡くなって本ばかり読んでまして」「おととしでしたな」「はあ。早いもんで。お宅の省二さんも」「いやあ、あれは帰ってきませんよ」「でも、このごろはポツポツ南方から」「いやあ、もう諦めてますよ。うちの奴はまだ諦めないで熱心にラジオを聞いてますがね」

レールを買ってとねだる実にお父さんに聞いてみると答える史子。紀子の家に遊びに行くアヤ。「お父さまは?」「お母さんと博物館」「そう。マリは来れなくなったって電話があったわ」「マリはなんだって」「旦那様が急に出張だって」都合が悪いから行けないと紀子に電話する高子。「私たち振られちゃったのよ」「学校時代はあんなに仲がよかったのに、みんな段々遠くなちゃうのね」「しょうがないのよ。そういうもんらしいわ」「いやあねえ」

今がうちで一番いい時かも知れないねとしげに言う周吉。「これで紀子が嫁に行けば、また寂しくなるし」「そうですねえ。専務さんの話、どうなんでしょう」「うむ。よきゃあいいいが。もうやらなきゃいけないよ」「ええ」「早いもんだ。康一が嫁をもらう。孫が生まれる。紀子が嫁に行く。今が一番楽しい時かもしれん」「そうでしょうか。これからだってまだ」「いや。欲を言えばキリがないよ。ああ、今日はいい日曜だった」

実は康一がお土産を買ってくれたのでレールだと喜ぶが、食パンだったのでがっかりする。真鍋はしっかりした男だとしげと史子言う康一。「紳士録に出てるくらいだ」「結構ね。御年は?」「今年で40歳だ」「そんなにお年なの」「年は問題ならないと思うんだ」「でも一回りも違うとねえ」「じゃあいくつならいいんだ。紀子だってもう若いとは言えませんよ。立派な相手ならいいじゃありませんか。こっちだってそう贅沢を言える身分じゃないんだ」

「でも、なんだか可哀そうな気がして」「何が可哀そうなんです。お母さんがそんな風に考えるんだったら紀子の方がよっぽど可哀そうだ」康一に叱られたと言うしげに気にすることはないと言う周吉。「皆が紀子のことを本気で心配しているんだ」実に嘘つきと言われてさらに不機嫌になる康一。

たみに話があると言う謙吉。「秋田に行こうと思うんだ」「出張かい」「いや。県立病院の内科部長にならないかって話なんだ。今日間宮さんから話があったんだ。長くて四年くらいの辛抱だって言うけれど、どうだろう」「お前はどうなの」「俺は行くつもりでいるけど。おっかさんはどうだい」「そうかい。秋田ねえ。どっか東京でそんな話はないのかねえ」「ないよ。地方だからあるんだよ」「……」「俺は行くよ。いいね」

昨夜うちに真鍋さんが来たわと佐竹に言うアヤ。「何か言ってた」「別に。どうなの、紀子は」「まだどうもはっきりしないんだ。君から聞いてみてくれないか」紀子を喫茶店に連れていく謙吉。「学生時代、省二君とよくここに来たんですよ」「そう」「いつもここに座ったですよ」「そう」「早いもんです」「そうね。よく喧嘩したけど、私、省二兄さん、とても好きだった」「省二君の手紙があるんです。中に麦の穂が入っていて。当時僕は「麦と兵隊」を読んでいたんです」「その手紙、いただけない?」「あげますよ。あげようと思ってたんだ」

たみを訪ねる紀子。「光子ちゃん、おねんねね」「ええ」「お支度ね」「なんですか、ちっとも手につかなくて」「つまらないものですけど、これ、うちから」「そうですか。ご丁寧に」「謙吉さんは?」「送別会でまだ帰ってこないんですよ。明日発つと言うのに」「おばさんはいついらっしゃるの」「ぼちぼち片付けて、片付き次第」「そう」

内緒の話ですよと言うたみ。「あんたが謙吉の嫁になってくれたらどんなにいいだろうと思ったりしてたんですよ」「そう」「ごめんなさい。これは私が腹の中で思った夢みたいな話」「おばさん。本当にそう思ってらした。私のこと」「怒らないでね」「おばさん。私みたいな売れ残りでいい?」「へ」「私でよかったら」「本当」「ええ」「本当ね。本当ね。本当にするわよ。まあ、よかったよかった。ありがとう。モノは言ってみるものねえ。やっぱりよかったのよ、私がおしゃべりで」

周吉としげと康一と史子に謙吉と結婚したいと話す紀子。「でも、謙吉さんは、明日お発ちになるんじゃないの」「だから私、お話してきたんです」「矢部には子供もあるんだぞ」「ええ」「お前の結婚については家中が心配してるんだ。それはわかってるだろう。どうしてお父さんやお母さんだけでも相談しなかったんだ」「……」「お父さんとお母さんは何とおっしゃるか知らんけど、俺は不賛成だね」「だけど、私、おばさんにそう言われた時、ふっと素直な気持ちになれたの。何だか急に幸せになれると思ったの」「後悔することはないな」「ありません」

翌日、紀子と会うたみ。「私は心配なの」「何が」「昨夜のこと。あまりにうまくいきすぎて。お父様もお母様も御承知かしら」「ええ」「お兄様も?」「大丈夫」「そう。本当ね」「ええ」「よかったよかった」「でも、謙吉さんはなんと思ってらっしゃるかしら」「もう大変。あの子だって昨夜はよく寝てやしませんよ。夜中にまたご飯食べちゃったの」「そう」「おかげで私は長生きするわ。もうすっかり安心しちゃった」

これでいいのかねえと史子に言うしげ。「あんなふうに一人で決めちゃって」「そうですねえ。何もお子さんのあるところじゃなくても」「あの子が女学校を出てから、いいお嬢さんだと言われるたんびに、どんなとこにお嫁に行くんだと思ってたんだけど」「……」「紀子は芝生のあるハイカラな家の奥さんになるんじゃないかと思ってたけど」「そうですねえ」「これだったら専務さんの話の方がよかったんじゃないかしら」「そうですねえ」「見当もつきませんよ。この頃の若い人たちは」

もうその話は決めたのと紀子に聞くアヤ。「うん」「よく思い切ったわね。あんたなんて人、とても東京を離れられないと思ってたのに」「どうして」「あんたって人は、庭に白い草花を植えちゃって、ショパンかなんかかけちゃって、タイルの台所に電気冷蔵庫なんか置いちゃって、それを開けるとコカコーラが並んじゃって、そんな奥さんになると思ったのよ」「そう」「秋田ではあんたもんぺをはくのよ」「はくわよ」

省二さんがスマトラに行く前にみんなで城ケ島に行ったわねと言うアヤ。「あの時の人?」「一緒だったかしら」「あの時分から好きだったの」「ううん。あの時分では好きでも嫌いでもなかったわ」「じゃあ、いつから」「いつからって、段々よ」「ちっとも知らなかった」「そうよ。私だって結婚するなんて思わなかったもの」

「じゃあ、どうしてそんな気になったの」「なんて言ったらいいかな、ほら、洋裁なんかしてて、ハサミどこに置いたかと思って、ほうぼう探して目の前にあることがあるじゃないの」「うん、うちのお母さんなんかしょっちゅうよ。メガネかけてメガネ探してんの」「つまりあれね。あんまり近すぎてあの人に気が付かなかったのよ」

じゃあやっぱり好きだったじゃないのと言うアヤに、好きとか嫌いじゃないのと言う紀子。「昔からよく知ってるし、この人なら信頼できると思ったの」「それが好きだってことなのよ」「そうかしら」「それで、専務さんの話はどうしたの」「断ったの、今朝」「専務さんはうちに来てるのよ。その真鍋さんと一緒に。ちょいと見に行こうよ」「いいわよ」「いいから行こうよ」

お母様はあなたのことが可哀そうだと言ってると紀子に話す史子。「昨夜もご飯のあと、台所で涙を拭いてらしたわ」「私、子供大好きだし」「でも光子ちゃんも段々大きくなるし、あなたにも赤ちゃんができれば」「大丈夫。そのことも考えたわ。きっとうまくやっていけるわ。私、自信があるの」「そう。それならいいけど。じゃあ平気なのね」「ええ」「だったら、私、何も心配しない」「でも、私がいなくなると家の方はどうなるのかしら」「そんなこと考えなくていいのよ。お父さまとお母さまはあなたの幸せだけを考えているのよ」

こんなことになるなら謙吉を秋田にやるんじゃなかったと言う康一に、それがよかったのよと言う紀子。「遠くに行くことで私の気持ちが決まったのよ」四年くらいすぐだと言う周吉。「康一。お前はどうする」「やっぱりここで開業しようと思います」しげと一緒に兄にいる大和に行くと言う周吉。「これで別れ別れになるけど、いつか一緒になるさ。いつまでも一緒にいられればいいけど、そうもいかんしな」「父さんもお母さんもたまには大和から出てきてくださいよ」私のためにすいませんと泣く紀子にお前のせいじゃないと言う周吉。「いつかはこうなるんだよ」一人号泣する紀子。

大和の兄の家でお茶を飲む周吉としげ。「おい。ちょいと見てごらん。お嫁さんが行くよ」「どんなとこへ片付くんでしょうねえ」「うむ」「紀子、どうしてるでしょう」「うむ。みんな離ればなれになったけど、私たちはまだいい方だよ」「ええ。いろんなことがあって、長い間」「うむ。欲を言えばキリがないよ」「ええ。本当に幸せでした」「うむ」