作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(243)」 | ロロモ文庫

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父のコロッケ

「なるほど、東西テレビの番組で、色々な会社の社員食堂を取り上げるんですか」「社員食堂オリンピックで、どこの社員食堂が一番か競おうと言うんだ。東西テレビは我が社と関係が深いことだし、総務部としては社をあげて協力しようと思うんだ」「そこで、文化部から山岡と栗田さんを助っ人にと言うわけですね」

料理屋で打ち合わせをする山岡と栗田と相川料理長。そこに山岡に相談したいと言って現れるブラック。「目新しい料理を作るのは本筋じゃありませんね。いつも出している料理の中の自信作を練り直す方が正しいですね」「それでこそ、社員食堂オリンピックだと思うけど」「社員食堂の真の姿を競うのでなければおかしいもの」「うん。その線で行きましょう」

「ところでブラックさんの話は」「へい、「子別れ」のことです。今度師匠から稽古しろと言われたんですが、どうもこの話が理解できないんです」「どうして」「あの話は亭主が酒癖が悪い上に浮気して、それで夫婦別れをするんですが、一人息子可愛さに二人は元通りになると言う話です」「それのどこがわからないの」

「だって、夫婦ってのは男女の愛情が第一でしょう。子供のために元通りになるなんて卑怯です。そんないい加減なことで元に戻っても、すぐ別れるに決まっています」「そうかねえ。日本人にはわかりやすい話だけどな。文化の違いなのかね」「やはり私のようなアメリカンには、人情話は無理でしょうかねえ」「まあ、そう悲観しないで」

料理屋を出る一同。「あ、孝じゃないか」「あ、お父さん」「しばらく見ないうちに大きくなって。孝、母さんは、たまには父さんのことを何か言ってるかい」「しょっちゅう言ってるよ。父さんが悪いんじゃない。お酒がいけないんだって。だから悪い女の人に騙されたって」「そ、そうか」

「父さん、ホントにしょうがねえなあ」「孝、明日、父さんの会社に来ないか。美味しい物でも一緒に食べよう」「会社って?」「東西新聞の社員食堂の料理長をしてるんだ。5000人分の食事を作らなきゃいけないから毎日が戦争だよ」「へえ、凄いなあ」「じゃあ、明日、必ず来るんだぞ」「わかったよ」

語る相川。「私は以前、神田でレストランをしてたんです。店は繁盛しましたが、それでいい気になって、酒に溺れ、くだらぬ女に引っかかり、気が付いた時は、店も女房も子供も失っていました」「驚いたなあ。子別れとまるで同じじゃないか」「これこそ落語の神様のお助けです。このブラックに子別れを勉強させようとの神様の思し召し。相川さん、日本人の人情の構造を知るために、密着取材をさせてもらいます」

孝に寿司をご馳走する相川。「さて、何か甘い物でも食べるか」「いや。母さんが迎えに来ているんだ」「え」「あなた」「や、やあ、元気そうだね。よかったらお茶でも」「何も話すことはありません」「私はあの時の私じゃないんだ。酒もやめたし、あんな女とは」「昔みたいに羽振りがよくなったら、また同じことをするに決まってるわ。今日は特別に許しましたけど、もう孝を誘ったりしないでください」「……」

へえと呟く山岡。「落語の子別れだったら、そこでよりを戻すところだよな。」「あのご婦人が正しいです。やはり、あの落語は不自然な作り話です。私の理解不足のせいではないことがはっきりしました」「ううむ。そんなものかなあ」

東西テレビの人が来たと山岡と栗田に言う。「今度の社員食堂オリンピックは自由種目の他に規定種目を設けて、その規定種目の得点で、順位を決めたいと言うんです」「その規定種目って」「コロッケです」「なるほど。どこの社員食堂でもコロッケは欠かせないな」「と言うことはコロッケの良し悪しで、そこの社員食堂の程度がわかるってことね」「コロッケなら神田時代から自信があります。必ず勝ちますよ」

クリームコロッケと蟹コロッケとカレーコロッケを作る相川。「このクリームの香りがたまらないわ」「ホワイトソースで鶏のささ身と玉ねぎの微塵切り、マッシュルームの薄切りを煮込み、小麦粉を足してとろみをつけ、生クリームと卵黄を加えてあります」「この蟹コロッケ、ご飯が入ってるわ」

「ホワイトソースを冷やしてから、ご飯を加えます。蟹はワタリガニを殻ごと焼いて、身を取り出しました」「贅沢ね」「カレーコロッケは、豚のひき肉と玉ねぎ、ニンジンなどの野菜をカレールウで煮て、そこにジャガイモを潰した物を混ぜて、揚げてあります」「どれも美味しいわ。相川料理長の腕の冴えね」「ありがとうございます」

これはコロッケじゃないと言う山岡。「え」「コロッケというのはフランス語のクロケット訛ったもの。クロケットは今我々が食べたようなものだ。だがクロケットがコロッケになると日本料理になる。形は似ているが中身が違う」「山岡さんの言うコロッケは」「あなたがいつも社員食堂のメニューに入れているあのコロッケです」「冗談じゃない。あんな変哲のないものを、社員食堂オリンピックに出せませんよ」「いえ、間違いなく勝ちます」「え」

「ここに20社の社員食堂のコロッケが並んでいます。チーズコロッケ、中華風コロッケ、オイスターコロッケ。いやはや、実に華々しいコロッケの饗宴です。さあ、それでは審査員の皆さん、これが一番と思うコロッケの番号を押してください。10,3,10,1010,10,7,10,10,3,10。10番の東西新聞の優勝です。それでは東西新聞のコロッケがどんなものか。取材してありますので、ビデオをご覧ください」

<ジャガイモはホコホコしている方が、私好みのコロッケができるので、北海道の男爵イモの最高のものを選んで使っています。このジャガイモを潰すのに手際が悪いと、ジャガイモに粘りが出て、美味しいコロッケが出来ません。だから、この作業だけは他人まかせにできません。必ず私がしないと気がすまないのです>」

<ひき肉と玉ねぎを炒めて、ジャガイモを混ぜます。パン粉はパン屋さんに頼んで、毎日新しいものを持ってきてもらってます。パン粉が新しいのと古いのとでは、味がまるで違いますからね。油はラードです。ラードもよい豚の脂身を手に入れて、毎日自分で作ります。よいラードは軽くて風味があって、それ自体が最高の調味料です。コロッケもいろいろあるけど、私はやっぱりこのジャガイモコロッケが好きですね>

語る審査員長。「社員食堂のメニューは実質本位であるべきではないでしょうか。東西新聞のコロッケは材料を吟味し、作り方も入念で、簡単なようでなかなかできるものではない。しかも、この味は飽きることがないどころか、食べるとホッとさえする。見た目は地味だが、内容豊富、栄養満点。これこそ庶民の味方です。こういうコロッケをメニューに持っている東西新聞の社員食堂に敬意を表します」

山岡と栗田を呼ぶブラック。「あの三人を見てください」「あ」「そうか。相川さんご夫妻は」「孝君、良かったわね」「あのテレビ見てて、あんなに一生懸命コロッケと作ってるところを見ると、父さんは本当に真面目になったんだ、もう許してやりなよ、と母さんに言ったんだ。そしたら母さんも簡単に、そうだね、お前の言う通りかもしれない、と。やっぱり母さんも未練たらたらだったんだよ」「山岡さん。おかげで、子別れは私の得意演目になります」「ブラックさん。新作落語で現代版子別れをやりなよ」「へえ。コロッケのようにあったかい話を」