作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(123)」 | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

母なるリンゴ

大学の同級生だった栗田に恋人の青沢を紹介する美奈子。喫茶店でアップルテーとアップルパイを注文する青沢。リンゴ尽しねと笑う栗田。「面白そう。私もそうするわ」俺もそうすると言う山岡。

青沢に聞く栗田。「全く一人で不動産業を始めて、今のような成功を収められたんですってね」「何くそと頑張る根性は持ってますよ。子供の時に母親に見捨てられた口惜しさが、僕の根性を培ったと思います」「見捨てられた?」「私が小学生の時に両親が離婚しましてね。母は私を置いて、弟を連れて家を出て行ったんです。私は母に愛されてなかたんですね」「……」「お待ち遠さまでした。アップルティーとアップルパイです」

「いい香り」「リンゴを煮た時の香りね」「ちぇっ、こんな香り、このアップルティーはニセモノだよ」「青沢さん、やめて」「パイ皮も中のリンゴも最低だ。こんなアップルパイもニセモノだ」呟く山岡。「うむ。青沢さんの言うこともわかる気がする」

「お客様、何かお気に召さないことでも?このアップルティーはパリで一番と評判のマドレーヌのものでございます。また、アップルパイも当店の菓子製造部が材料を吟味して作りましたものでございます」「結構ですよ。取り換えてくれとか、勘定を払わないとか言ってる訳じゃない。どうぞお引き取りでください」「そうですか」

「青沢さんはどこに行っても必ずアップルティーとアップルパイを注文するの。そして必ずまずいって文句を言うの」「仕方がない。それしか思いつかないんだから」「ところで、青沢さん、美奈子とそろそろでしょう?」「え」「お仕事も好調だし、そろそろ美奈子と結婚するのかなあ、って」「僕は誰とも結婚しません。母に捨てられたと言ったでしょ。僕は家庭なんてものを信じられないんです」「そんな」

青沢の母が20数年ぶりに現れたと山岡に言う栗田。「で、俺にどうしろと言うの」「お願い。私と美奈子だけで会うよりも山岡さんがいてくれた方がいいんだから」

事情を山岡と栗田と美奈子に話す青沢の母。「私は離婚した時に息子を二人とも引き取りたかったのです。でも家庭裁判所の調停で、子供は両方で一人ずつ引き取ることになりました。弟の満は当時一歳の乳のみ児でしたので、私としては満を取るしかなかったのです」「お母さんも辛かったんですね」「それで再婚されてアメリカに行かれた。青沢さんがどんなにお母さんを恋い慕っても、当のご本人がアメリカにいたんでは」「はい。悟には本当に可哀想なことを」

「でも、悟さんは絶対にお母さんに会いたくないと言うのよ」「悟が私のことを憎むのは当然です。悟を一人残して行ってしまったんですから。でも、一目だけでいいから会いたいんです」「山岡さん、お願です。悟さんを説得していただけないでしょうか」「だって、俺は一度会っただけだし」「悟さんは山岡さんのことをあれからよく話しています。きっと心を開いてくれると思います」

僕はその女の人に会うつもりはないと山岡に言う青沢。「その女の人だなんて。あなたの実のお母さまなのよ」「実の母ならなおのことだ。僕を捨てた母親に会うつもりはない。僕を捨てておきながら、20何年も経った今頃になって会いたいだなんて。身勝手もいい加減にしろ。誰が会うもんか」「……」

くそうと怒鳴る青沢。「何はアップルティーだ。こんな人工的な気持ちの悪い香りを、紅茶の葉っぱにつけやがって。こんなアップルパイはニセモノだ。肝心のリンゴと来たら、寒気がして肩をすくめたくなるような貧弱なやせこけた味だ。変に人工的な香料の匂いばかりして、本当のリンゴの甘い香りがしないじゃないか」

青沢さんの言う通りだと呟く山岡。「アップルティーもアップルパイも、青沢さんにとって特別なものなんですね」「そうです。求めても得ることのできない。私が永遠に失ってしまった物なのです」

明後日の飛行機でアメリカに帰ると言う青沢の母に、帰る前にアップルパイを焼いてくれと頼む山岡。「あら、どうして私がアップルパイを焼くのが得意なのをご存知なの」「知ってますとも。アップルティーを美味しく入れることも」

喫茶店に青沢を呼ぶ山岡。「いったい何をご馳走いただけるんでしょうか」「お気に入ってもらえると思いますがね」「ほう。アップルティーとアップルパイ。あっ、この香り。胸の奥まで清々しくなるこの香り。私が恋焦がれていたのは、このアップルティーだったんだ。おおっ、このアップルパイの中のリンゴの香りの鮮やかさ。どこまでも自然で柔らかで優しい香り。そしてすっぱさと甘さの調和が見事にとれた濃密な味。この味こそ私が求め続けて夢に見た味」「悟」「お母さん」

とてもよくできたアップルパイねと山岡に言う栗田。「どうして中のリンゴの味が、その辺のパイとこんなに違うの」「それはリンゴが違うんだ。こっちの大きいのは甘くて一番人気のあるリンゴ。そしてこっちは紅玉と言うリンゴだ。紅玉を食べてみて」「すっぱいわ」

これは昔のままのリンゴだと言う山岡。「アップルパイやリンゴジャムを作るには、このすっぱい紅玉じゃないとダメなんだ。ところが現在の日本の果物は甘味を第一に出すように作られている。果物が本来持つ香りや酸味の成分は無視している。それに火を加えると、香りもないやせ細った味の貧相なシロモノができる。それを補うために香料を加えたり、レモン汁を混ぜたりすると、ますますリンゴ本来の味は弱くなってしまう」「なるほど」

「ところはこの紅玉は火を加えると、その香りはますます爽やかに、そして鮮やかな物になる。そこに砂糖を加えると豊穣な味が形づくられるんだ」「紅玉は煮ても味が壊れない本来の果物の強さを持っている。それを最近の新しい品種はなくしてしまったのね」

「その紅玉の皮を煮た湯で紅茶を入れると、最高のアップルティーができる。どこぞの有名ブランドのアップルティーとは雲泥の差だ」「ああ、いい香り。青沢さんのお母さんは昔通りの作り方と材料で作った。だから青沢さんには、すぐにそれがお母さんの作った物だとわかったのね」「何十年たっても忘れることのできない味だよ」