作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(81)」 | ロロモ文庫

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キムチの精神

各国の文化を紹介する豪華本を出版する東西新聞文化部は韓国編を作るにあたり、韓国有数の出版社である大韓書籍の協力を求めて、共同編集で出版することが決定する。そこで来日した金昌栄社長たちを招いて、文化部は祝宴を開くが、進行役を務めた富井はトントンカンなことばかりして、金たちを怒らせてしまう。

「さあさ、皆さん。どんどんお酒を飲んでください。日本ではかけつけ三杯と言いまして。おや、どうして飲まないんですか」「……」「まあいいでしょう。今日は韓国のお客様をお迎えしましたので、キムチを用意しました。本日の料理は日本風と西洋風の折衷ですので、箸休めにキムチもよろしいと思いまして」「ほほう」「いかがですか」「むう」「え」「このキムチは辛すぎる」

タバコを吸う富井。「へ。辛すぎる?キムチは辛すぎるものでしょう」「私にはどうもあなた方は本気で韓国の文化を本気で理解しようとしてると思えない」「え」「少しでも韓国の文化を理解していれば、こんな無礼なことを重ねるわけがない。出帆協力の件、ご破算にしてもらいます」「ど、どうしてですか。ちょっとお待ちを」

どうして怒ったんだろうと落ち込む富井に原因は副部長だと言う山岡。「なぜタバコを吸ったんですか。韓国は儒教文化の国です。上下の関係を厳しく守ります。韓国人は目上や年上の人の前ではタバコを吸わないのです」「ほ、本当か」「酒もそうですよ。息子が父親の前で酒を飲んだりしたら大変です」「そう言えば、さっき金社長以外の人はお酒を飲まなかったわ」

「これが普段なら金社長もこうまで怒らなかったと思うんです。しかし我々は韓国の文化を日本に知らせるための本づくりに協力して欲しいと頼んだ。それなら韓国の文化を最低限知っているべきでしょう。韓国人なら誰でも守る礼儀を全く無視して、韓国の文化を知らせるもないもんだ」「その通りだ。誠意を疑われても仕方ないな」

泣きわめく富井。「私はいつもはタバコは吸いません。でも今日は進行係をちゃんと務めようと気持ちを静めるために」「何とかしないと」「金社長の怒りを解く道があるかもしれません」「え」「キムチです。辛すぎるインチキキムチも金社長を怒らせた原因の一つだったようですから」「それがわからない。キムチが辛いのは当たり前だろ」「実物で説明するしかないようですね」

富井と栗田を上野の在日韓国人街のキムチ専門店に連れて行く山岡。「李おばさん、こんにちは」「あら、山岡さん「ちょっと、おばさんのキムチの味とホテルのキムチの味を比べてみたいんだけど」「へえ」

「右はさっきのホテルで金社長に出したキムチ。左がこの店のキムチ」「ふうん。同じに見えるけどね」「少し違うわ。この店のキムチは白菜以外に何かいろいろ入ってるみたい」「でも両方ともたっぷり唐辛子がまぶって真っ赤だよ」「まあ食べてみてください」

「あれれ、味がだいぶ違う」「この店のキムチの方が味がずっと豊かで複雑で美味しいわ。ホテルのキムチは味が貧しいわ」「それは味付けが足りないんだよ。アミや小魚やカニの塩辛を一緒に付け込まないと、本当のキムチの味が出ないんだよ」「へえ。塩辛を入れるんですか」「うちのは生ガキ、アワビ、梨、ニラ、昆布も入ってるよ」「へえ、そんなに」

「キムチの美味しさは乳酸発酵した野菜の旨味と魚介類のアミノ酸の旨味の複合したものなんだ」「あんたたちの持ってきたキムチは、ニンニクと塩と唐辛子しか使ってない。魚介類の代わりに、化学調味料を沢山入れて誤魔化してあるね」「それにこの店のキムチは辛さがきつくないよ」「ヒリヒリする辛さじゃないのね。丸味のある辛さなのよ」

「そこが問題なんです。この店のキムチに使っているのは韓国産の唐辛子、ホテルのキムチは日本産の唐辛子なんです。不思議なことに同じ唐辛子の種でも、日本の土地にまくと、できる辛さはきつくなり、韓国にまくと、辛さが丸くなるそうです」「そうか。金社長が言ったのはこのことなんだな。辛すぎるキムチはインチキだって」

「本物のキムチを作ろうと思ったら、韓国産の唐辛子を使わなければならないのね」「韓国文化の本を出したいと言いながら、韓国の食文化の中で大きな位置を占めるキムチのことをろくに知らないのでは、金社長が私たちの誠意を疑うのは当然だ。まいったな」「ま、李おばさんのキムチの力を借りるしかないでしょうよ」

美味しいキムチだったと富井に言う金。「日本であんなキムチが食べられると思わなかった」「ありがとうございます」「金社長。もう一度私たちにご馳走させてください」

おうと叫ぶ金。「これはアワビの肝の酒蒸しだ。ううむ旨い。アワビの肝は韓国人の大好物でしてな。儒教精神の固まりの韓国人が、アワビの肝だけは親と奪い合うと言うくらいです。なるほど、あなた方は誠意ある人間らしい」「先日は大変な失礼を重ねて、お恥ずかしい次第です」「いえ、私の方も短気すぎたと反省してます」「では出版協力の件は」「勿論協力させていただきます」「ありがとうございます」

「どうしました?今日は飲まれないですな。飲みましょう」「いえ、私は」「そう言わずに」「いえ、今日は」「いいじゃありませんか。さあ」「ええと、三回すすめていただきました。これ以上、固辞はかえって失礼。では頂きます」

富井の飲み方に感心する金。「韓国では三度勧められたら断るのはかえって失礼。その際は目上の人から顔を背け、手で口元を隠して飲む。その通りにされましたな」「恐れ入ります」「あなた方の誠心誠意ある振るまいに感じ入りました。韓国の文化を日本人に作ってもらうための本作り、全力をあげて協力しましょう」「ありがとうございます」