作:雁屋哲 画:花咲アキラ「美味しんぼ(43)」 | ロロモ文庫

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卵とフライパン

東西新聞でバイトをする三木の友人で調理士の見習いの上田は、料理人なんてくだらない仕事だと言い放つ。「上田、お前、今の店辞めたがっていたな。ここの社員食堂で、コックの見習い募集してたぞ」「冗談じゃねえ、もうコックなんかうんざりだ。次の給料もらったら、店辞めて、別の仕事に鞍替えするよ」

出前の帰りで山岡と栗田を見かけ声を掛ける上田。「俺の働いている店、すぐ近くなんだ」「洋食屋さんなのね」「何でも屋だよ。三流の大衆食堂さ」「あたしたち、お昼ごはんまだなのよ。あなたのお店で食べてみようかしら」「いいのかい。ロクでもない店だから、味は最低だぜ」「たまにはまずい物も食ってみたいな」

「あら準備中ですって」「店のオヤジ全然やる気がなくて、一時になるとフケちまうんだ。俺は見習いだけど、オヤジより腕はいいぜ」「へえ、上田君が作ってくれるの」「何でも作ってやるよ」「ふうん。料理は好きなのか」「最初は好きだったけど、今はもうまっぴらだ」「料理は好きなら、料理人を辞めることないだろう。この店が気に入らなきゃ、店を変えればいいんだ」「ちぇっ、御免だね。人に食い物作るなんてアホらしいや。世の中もっと面白い仕事があるはずだ」

栗田にポークソテーを作ると言う上田。「俺、それ得意だからな。あんたは」「そうだな。プレーンオムレツ出来るか」「ちぇっ、中に何も具を入れないオムレツだろ。簡単じゃんか」「頼むよ」「じゃまずポークソテーだな」「まあ、ウイスキーを入れるの」「へへへ、俺、研究したんだよ。醤油にウイスキー風味って合うんだぜ」

上田のポークソテーを美味しいと褒める栗田。「すごく豊かな味」「一切れもらうぜ。ふむ、玉ねぎとトマト、シイタケが醤油とウイスキーでなんとも言えぬコクの味に仕上げられて、豚肉の旨味を引き出している」「へへへへ。みんなポークソテーはバカにするけど、こうすりゃちょいとご馳走になるだろう」

上田はオムレツを作るが、山岡は食べもしないで失格だと言い放つ。「なんだと」「このオムレツを持ってついて来い。本物のオムレツを食わしてやる」「本物のオムレツ?」「この店の卵を持ってくるのを忘れるな」

オムレツ専門店に行き、オーナー兼シェフの花森に上田を紹介する山岡。「プレーンオムレツを焼いてもらいたいけど」「はい」花森のオムレツ作りを見つめる栗田。(上田君はお箸でかき回したけど、花森さんは泡立て器でかき混ぜている。しかも時間をかけて念入りに。バターが溶けて泡を立てて、広がるところに、溶いた卵を一気に)「おまちどおさま」「わあ、見事な手さばき」「不公平にならないよう、これを冷ましてから比べよう。その前に卵比べだ」

上田の持ってきた卵と花森の店の卵を並べる山岡。「何か感じないか」「上田君の持ってきた卵は表面がスベスベしてる。それに比べて、このお店のはザラザラだわ」「上田君の持ってきた卵を割ってみよう」「お皿の上にだらしなく広がったわ。白身は水っぽいし、黄身も平べったい」「次はこの店の卵だ」「直径10センチくらいしか広がらずにコンモリしてる。白身も二重に盛り上がっているし、黄身は尖って見えるほどだわ」

説明する山岡。「この店の卵は新鮮そのもの。上田君の店の卵はかなり古いのさ。割った時に白身がだらしなく広がるのは古い証拠だ。これはカラザと言って、黄身が卵のカラの中でいつも中心になるように支えるスプリングの役目を果たすものだが、卵が古くなると、このカラザも弱ってきて、割った時にはっきりと形をとどめなくなる」「……」

「じゃ、オムレツを食べ比べよう」「卵の鮮度が違うなら、最初から勝負にならねえ」「卵の鮮度だけじゃない」「え」「上田君の焼き方にはムラがあうわ。それに白身と黄身が十分に混ざり合ってない」「うう」「一方、花森さんのオムレツはふんわりと仕上がっていて、しかも中はとろりと半熟だ。と言って、上田君のオムレツのように中身が流れ出たりはしない」

問題はこの匂いねと言う花森。「マーガリンを使ったのね。冷めると匂いの差が余計にはっきりするわ」「畜生。俺の店では本物のバターなんか使わせてくれないんだ」「問題はバターとマーガリンの差だけじゃない。もっと別の匂いもあるだろう」「え」「ポークソテーを作ったフライパンを使ったな」「でも洗ったよ」

ちょっとやそっと洗っただけではダメだと言う花森。「オムレツは他の物の匂いは移ったら、風味が台無しになるの。特にプレーンオムレツの場合はね」「うう」「まともな料理人は、卵を焼くフライパンは他のフライパンと区別して、卵以外は絶対に焼かないようにするんだよ」「……」

生き生きとオムレツを作る花森を見て、楽しそうだなと呟く上田。「私は自分の作った物をお客さんが美味しいと食べてくださる時が一番幸せなの」「ふうん。俺の店のオヤジと全然違うな。あのオヤジは客に旨いモノ食べさすのが好きじゃないんだよ。客の持ってくるお金が好きなんだ」「上田君はそうじゃないわね。私にポークソテー作ってくれた時、凄く楽しそうだったもの」

「う、うん。俺、料理好きだよ。だから、料理人になろうと思った。だけど今の店で働いているうちに、すっかりイヤになって」「まだ成人式前だから、慌てて結論出すことはないだろう。料理人を辞めるかどうか、少なくともオムレツを焼けるようになってから決めても遅くないと思うが」「……」

山岡に上田がレストラントライアングルに入ったと教える三木。「へえ、超一流のレストランじゃないか」「あいつ、すっかりやる気を出して」「凄いわね。上田君、立派な料理人になるわ」「上田が山岡さんに成人式のお祝いに頂いたお礼を伝えてくれって」「あら、山岡さん、上田君に何をあげたの」「何、つまらんものさ」

「上田、新入りのくせに自分のフライパンを持って来るとは」「随分念入りに手入れしてるじゃないか」「卵焼き専用のフライパンか」「大人になって、本当に料理人としての第一歩を踏み出した第一歩を踏み出したお祝いにある人からもらったんです。早く腕を上げて、その人を唸らせる料理を作るんだ」