手塚治虫「ブラック・ジャック(129)」 | ロロモ文庫

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激流

秋から冬にかけて日本の河川には海からメスのサケが卵を産みにのぼってくる。そして何十キロも上流の清らかな川底に卵を産み落とし、そのまま力尽きて死ぬという。

何日も降り続いた土砂降りのため山奥に閉じ込められたブラックジャックはある民家を訪ねる。「誰かいますか」太った女性が応対する。「何だ。オメエ」「橋が壊れて渡れない。別の橋を教えてほしいね」「ほかに橋なんかないだよ。渡し船はあるが、今日は休みだべ」「今日中に山を降りたいんだ。その私の場所を教えてくれ」「だからよ、休みだちゅうだ」「出してもらうよう交渉する」「わかんねー人だな。渡し守はウチだ。うちのとっちゃんは三日前からふもとへ出稼ぎいっておらんだ」

女性は倒れる。「どうした。もしかして陣痛じゃないか」「オッオッ」「いくらなんでも腹が大きすぎると思った。今、鎮痛剤を打ってやる」痛みが治まった女は感謝する。「先生にみんな挨拶せんかい」「いったい何人産んだんだい」「17人さ」「そんなに産んでどうするんだい」「子供は多いほうがええよ。多いと一人くらい総理大臣になって汚職でもうけてくれるかもしれんで」「おい。どこへ行く。危ないぞ」「礼がわりにおらの渡し船のせてやるだ」

いかだのような粗末な船にブラックジャックを乗せる女。「お前さんたちは渡し守で食っているのかい」「そうだす。でも冬にはハイキング客もいねえから、サケを売るだよ」「ここにサケはいるのかい」「ああ。冬ちこうなると、遠くの海から群れ作ってのぼるんだ。みんな後生大事に卵かかえてよ。ここらまで来て岩の下へ卵産み落してみんあおっ死んでしまうだ。その死んだサケ拾うて、塩漬けにすっだよ」

ブラックジャックたちを鉄砲水を襲う。いかだは岩の上に座礁する。「これじゃ身動きできんな。おかみさんは頭をぶつけたか。気を失っているな」女は陣痛を起こす。「おまえさん。しっかりするんだ。今、帝王切開してやるぞ」「赤ん坊。助けて」「こんないかだの上でオペをやるなんて、無謀なことだが仕方がない」

ブラックジャックは無事手術をする。赤ん坊を抱いて喜ぶ女。「そんなに可愛いかい」「食っちまいたいくらいす」「18人目というのに」「何人産んでもおらの子だ。可愛さは変らんねえす。先生。オメエ様のご恩は一生忘れねえだ」「そんなことより、ここからどうやって抜け出せるかが問題だ。おい。どうも変だぞ。傾いて水がはいってきたぞ」「船底がいたんで、こわれとるだよ。岩の上に移るねえ」

「岩の上に乗ったって助かったわけじゃないぞ」「んだ。こうしているとこの子凍えちまうだよ。おらあ、ちょっと泳いで助けを呼んでくるべ」「とんでもない。お前さん、たった今腹を裂いて縫ったところだぞ」「あはあ、こんなもん平気だ」「馬鹿。泳ぐなんて自殺行為だ。赤ん坊より自分の命のことを心配しろ」「その子さえ助かりゃおらなんてどうなったて平気す。それにおれは何度も泳いどるで」「やめろ。戻って来い」

女は泳いでいく。しばらくして人がやってくる。「渡し守のかみさんの死体が流れてきてね。びっくりして川上にやってきたんです」「やっぱり死んだんですか」「ああ。でもええ死に顔しとりました」

サケは遠い旅路のすえ、川底の石の影に産卵してそのまま力尽きて死んで流されていく。しかし卵からかえった稚魚はやがて元気よく海へ向って泳ぎだすのだ。