手塚治虫「ブラック・ジャック(128)」 | ロロモ文庫

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やり残しの家

さまざまな家の絵を飾るピノコ。「食べてばかりいないれ、ちょっとは絵を見たや、ろう?」「家の建て直しのおねだりならダメだ」「ろうちて。ピノコもういや。このおうち、ろんなにふいても、きえいに、なやないんらもん」「綺麗じゃなくても住めるじゃないか」「アッチョンブリケ。患者ちゃんに、はじゅかしいよのさ」「ダメだ」ピノコは部屋の隅にある天井を指差す。そこには手の跡がついていた。

「あえ、だえの手のあとよのさ。なんれ、あんなとこに、ついていゆの?」「あれか。今ごろ気がついたのか」ブラックジャックは思い出話を始める。「私がこの家を見つけて住みだしたのは、大学を出てすぐだった。海に向った斜面に淋しそうにポツンと建っていた。見かけはオンボロだけど基礎は石造りでしっかりしていて、ちょっと作り直せば住めそうだった。近くの土建会社に治してもらおうと思っていたら、奇妙な人物が訪れたのだ」

「先生がこの家の買い主かね」「誰だ。あんたは」「ワシは大工の丑五郎。この家を建てた本人でさあ。そおだな、ざっと40年前。40年近く持っているんですぜ。直下型地震が起きねえ限り、ビクともしねえ。この家を改築する話を聞いてやってきたんだ。お願いだ。あっしにやさせておくんなさい」

丑五郎は改築作業に取り組む。「そこにわしの手形があるでしょう。建てた時記念につけた手形ださ。あっしは自分の建てた家には必ず手形をつけるんでさあ」

丑五郎はぶっ倒れる。診察するブラックジャック。「こいつはひどい。ひどすぎる。白血病だ。それも重症だ」元気になった丑五郎は仕事にとりかかろうとするがブラックジャックは止める。「あんたは白血病だ。病人に大工仕事はさせられない。医者としてもこんな重労働は禁ずる」「じゃあ、先生。あんたはこの家をどっかの馬の骨にいじらせるのか。頼む。この仕事を続けさせてくれ」

「ダメだ。あんたは明日にも死ぬかもしれないんだ」「それじゃ、こうしよう。手術室と病室を建て増しする。それを作り上げたら最初の患者としてあっしが入院する。どうだい」「ダメです。帰って寝なさい」「もしわしを追い出したら、この家に火をつけるぞ」「そんなムチャな」「もうムチャクチャだ。焼き払って自殺するぞ」ブラックジャックは仕方なく丑五郎に建て増しをさせる。

何度の倒れながら仕事を続ける丑五郎。「以前、放射能にやられたことがあるだろう」「……」「広島か」「わしゃなんともなかったんだ。この30年間わしは元気に仕事をやっとった。それがここ2,3年前から、出やがった」「わかった。ここの入院患者第一号はあんただ。しかもはっきり放射線障害。よし。出来る限りやってみるぞ」

「出来る限りのことはやってみた。だが、何しろ学校を出たばかりの私にとって、相手は原爆というあまりにも大きすぎる敵だった。それはまるで風車に立ち向かうドン・キホーテのようなものだった。私は丑五郎に大きな病院に行ったほうがいい、と丑五郎に告げた」

「わかったよ。先生。よくやんなすった。先生、わしゃここにもう一度来ますぜ。やり残したところがあるんだ。それまで誰もいじっちゃなんねえぞ」「ああ。約束する。私も今度会うまでに世界一の腕になってみせる」

「約束はまだ果たされていない。私は待っているんだ。彼とめぐりあえる日をな。わかったろう。この家を建て直せないわけが」「帰ってくゆ?そのホーチャノーの病気を治ちて」「ああ。治るだろうさ。あの男なら。きっと、いつか」