手塚治虫「ブラック・ジャック(127)」 | ロロモ文庫

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落とし物

ある男が息子に話をする。「信夫。これは大事な話だから、よーく聞くんだ」「うん」「ママの病気はもう絶対に治らないってお医者様が言ったのを知ってるだろう」「うん」「ところが、たったひとりブラックジャックという先生がママを治せるかもしれないんだ。だがね、ものすごくお金がかかるんだ。この家や何もかも売ってしまうほど。信夫。お前が住む家があるのと、ママが治るのとどっちがいい」

「ママが治ったほうがいい」「そうだろうね。もちろんパパもそうだ」「僕も働いて稼ぐよ。新聞配達するよ。学校をやめていいよ」「バカなことを言うな。パパが死に物狂いでまた溜めるさ」「ママ。手続きをしてくるよ」「すみません。パパ」「パパ。いつもの悪い癖が出ないようにね」「なんだ」「ほら、よくものを置き忘れるでしょう」「バカ。あれは傘とか袋だ。今日は小切手だぞ。忘れるもんか」

しかし男は駅のトイレで3000万の小切手を落としてしまう。がっくりしてブラックジャックのところに行く男。「確か、あなたの奥さんが、横隔膜ヘルニアでほかの医者がサジを投げたというこでしたね」「はあ、手術不可能だって。横隔膜の裂け目に心臓がはまりこんでしまって、はがそうとすると死んでしまうんだそうです」「ふむ。申し上げた手術料は」「はあ、なんとか作りました」

「私は多分あきらめると思いましたがね」「しかし、先生はあんなに高く請求なさるんです。無茶苦茶だ」「そりゃあ、あんたが死ぬほどの苦しみをしていないからですよ」「でも我々みたいなしがないサラリーマンにはあまりに酷いじゃありませんか」「酷いと思うなら、私なんかに頼みなさんな。さて手術料を出していただこう」「それが紛失したんです。ここに持ってくる途中で」

「ふざけなさんな」「本当だ。駅で落としたんだ。夕べから一晩かかってゴミの山から小切手を探したんだ。うちと家財道具を売払った血の出るような小切手なんだ」「手術料がなければ話にならない。お引取りください」「お願いだ。うちのやつを助けてやってくれ。死にそうなんだ」「ほかに金を作るあてはあるんですか」「ある。まだ、あるぞ。俺の体だ。こんなに肉付きがいいし、健康そのものだ。俺の手足、内臓、どこでも買ってくれ」「……」

「俺全部が足りなければ、息子の信夫もつけるぞ。信夫が大きくなったら、よく言い聞かせて先生に提供してやる。さあ、どうです。肺・腎臓・肝臓・手足・皮膚・血管。いつでもとって使えるんだ」「よかろう。あんたと息子さんの身体を買った。この契約書にサインしなさい」ブラックジャックは早速男の妻の手術を開始する。「もう出てきた」「手術は中止ですか」「本手術は今夜。なんとかなりそうだ。心臓を筋肉で吊り上げれば今後ヘルニアは起こらないだろう」

喜ぶ男と信夫。ちょっと町に行ってくる、と外出するブラックジャックは、途中で契約書を捨てて警察に行く。「大変なものを落としました。ある契約書です。それがないと、私はタダ働きしなきゃならないんです」「見つかるかどうかわかりませんが、ここに住所氏名」「あーあー弱った、弱った。私の悪い癖でよくものを落とすんでねえ」「おーい。それはそうと今朝の三千万の小切手見つかったの連絡したかい」「電話したが留守でした」「三千万落とした人がいてね。奇跡的に見つかったのですよ。ああいうのはごくまれですから」「うらやましい人ですな。その人は」