手塚治虫短編集(2) | ロロモ文庫

ロロモ文庫

いろいろなベスト10や漫画のあらすじやテレビドラマのあらすじや映画のあらすじや川柳やスポーツの結果などを紹介したいと思います。どうぞヨロピク。

ジョーを訪ねた男

ハーレムでジョー・ロビンスの家はどこだと聞くオハラ。「ジョー?ジョーは死んだぜ。戦死だよ」「わかってる。そのジョーの家を探してるんだ」「ふん。聞いてどうするんだ」「余計な口を利くな。教えろ」「あ、あの露地の三つ目だ」

「おい、小僧。ジョーの家には今、誰がいる」「年とったおふくろさ。親戚が面倒を見に来てるよ」オハラを見つめる黒人たち。「白人だ」「ピストルを持ってたぜ」「オレを脅しやがった」「やるか?」

さっさと手紙を出せとジョーの母親に言うオハラ。「ジョーの戦死通知が来ただろう。あれと一緒にある手紙が入っていたはずだ。それが欲しいんだ。オレはジョーの隊の指揮官だったオハラ大尉だ」「まあ、あなたのことはジョーの手紙にいつも書いてありました」「どう書いてあった?」「鬼のような人間だって」

「鬼?それから何と言ってた?」「敵との戦いより、隊長の憎しみの方がつらいと書いてありました。同じアメリカ兵でありながら、なぜいつも蔑まれなければならないのか。私にはあの子の辛さがわかりました。でも、これだけは慰めようがなかったのです。あの子の最期の日もきっと」

第二中隊突撃と叫ぶオハラ。『バカ。震えるな。貴様たち黒人に怖がる値打ちがあると思ってるのか。貴様たちはオレたち白人の代わりに死んでいくために、戦場に来てるんだぞ。さあ、さっさと突撃しろ、この死にぞこないめ。あの基地に向かって全員突撃だ。ジョー、オレの前でオレの弾除けになれ。貴様はオレの犬だ。主人のために前を行け』爆撃を食らう第二中隊突撃。

横須賀・米軍基地病院で、手術は終わったと将軍に言う明石教授。『感謝します』『ほとんど整復不可能に近いほど、体はメチャメチャでした。助かったのは稀有の例です。これで心臓移植手術もやっと軌道に乗ってきたと言う気持ちですが、できれば、ベトナムから回されていた軍人なんかではない人の手術をやりたかった』

具合はよくなってきたと将軍に言うオハラ。『私は本国へ送還ですか』『多分そうなるだろう。ゆっくり国で養生するんだな。君の家はアトランタでも指折りの名門だったな。昔は奴隷を何十人も使った地主なんだろう』『それがどうかなさいましたか、将軍』『君は黒人に対して偏見を持っているようだな』『ええ。ヤツらは何しろかつて奴隷でしたからな。そりゃ部下として可愛いです。しかし白人と同じ権利を持つなんて、私には許せません。まあ、はっきり言ってキライですね』

『ジョーと言う黒人兵が君の隊にいるだろう』『おりました。ヤツは部下でしたが、特にインテリぶるので、私はキライでした』『彼は君と一緒にこの病院に送りこまれて』『聞いてます。ヤツのために祈れと仰るのですか』『ジョーが死んだのは、君が手術を始める直前だった』『だそうですね。それがどうかしたのですか』

『君の心臓、胃、肝臓。それから腸もみんなジョーのものなんだ』『えっ。じゃあ、私の体に黒人の心臓を移植したんですか。なぜ、そんなバカなことを』『あの時、君を生かすためには、あの直前に死んだジョーの体を使うより仕方がなかったんだ』『イヤだ。イヤだ。オレはイヤだ。この心臓をとってくれ』『オハラ中尉。どうか冷静になってくれ』

『ヤツの心臓は奴隷小屋の臭いがしましたか。つまり私はもう白人じゃなくなってしまったんですな。ピストルをください。生き恥をさらすより、私は南部人として死ぬ』『バカ。ここは陸軍病院だぞ。軍として君の勝手な行動は許さん。第一、君は軍人として初めての心臓移植患者なんだ。医者の指示に従ってもらわにゃならん』

(ハハハ、そうか、オレは黒人になったのか。もう家へ帰れない。いいなずけのミリーにも二度と会えないのだ。オレはもう死んだも同じだ)『このことは他に誰が知ってるですか』『ジョーの家には一応手紙で知らせた』『そうですか。ジョーの家族だけなのですね。このことを知っているのは』

ジョーの母親にピストルを突きつけるオハラ。「オレは本国に帰ってから、ジョーの家を訪ね歩いた。そして、このハーレムの掃きだめにとうとう見つけたんだ」「あなただったのですか。ジョーが心臓を差し上げた方と言うのは。あなたの胸の中にあの子の心臓が動いているのですね。お願いです。音をせめて聞かせてください」

「寄るな。汚らしい。さあ、軍から来た手紙を寄こせ」「どうするので」「焼いてしまうのさ。あの手紙をタネにお前たちはオレはオレの身内を脅すことができるからな。「オハラ様は黒人の心臓を持っています。知られなくなければ」」「そんな。あまりにひどい」「手紙され焼いてしまえば、その証拠もなくなるんだ。オレは白人として生活できる。出せ。出さんか」

手紙を焼いて満足するオハラに聞くジョーの従兄。「ダンナはそれさえ焼いてしまえば、気が休まるのですかい」「気が休まる?そんなもんじゃない。南部人の、いや白人全部の誇りに傷がつかなくて済むんだ」「もう、遅いよ。ダンナ」「なに」

「ダンナが血統正しいと思ってる白人には、今、黒い血がどんどん混じっているんですぜ」「でたらめを言うな」「オレたちは何万人も血を国に売ったんだ。その血が戦場や病院でどんどん白人に輸血されてるんだ」「……」「今にアメリカ中の白人に黒人の血が混じるんだ。ダンナの力で、アメリカ中の黒人に血を国に売るのをやめさせてみるかい?」

ジョーの家を出ようとして引き返すオハラ。「ジョーのおっかさん。お前の息子に触ってみたいか?さあ、ここにジョーがいるぞ。遠慮するな。触ってみろ」オハラの胸を触るジョーの母。「どうだ?」「あったかくて動いています。ジョーや、私だよ。おっかさんだよ」「おっかさん、元気でな」

ジョーの家を出るオハラ。「白人め。思い上がりやがって」無数の弾丸を浴びて即死するオハラ。ジョーと叫ぶジョーの母。