手塚治虫短編集(1) | ロロモ文庫

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処刑は3時に終わった

ふふふと笑うレーバー。(こんなに落ち着いているオレは初めてだ。あと5分で銃殺されると言うのに。オレは笑いたくなるような気分だ。なぜっておれは絶対に死なない保証がついているからさ)

両手を縄で縛られるレーバー。「元ナチス親衛隊レーバー中佐。捕虜虐殺暴行殺人の罪によりここに銃殺刑を執行する」(フン。豚め。汗水たらしてゴタクを並べてやがる。オレなんかいちいちそんな面倒なことはしなかったぜ)

『ドクトル・フロッシュ。今までのところ、まだあなたの発明した薬は見つからん。あなたの病院の女性監患者31人のうち、誰かが例の個所に入れて隠していると見たがどうか』『レーバー。君は女たちをいちいち調べたのか。何という恥知らずね』『気の毒だが調べ終わった者はみんな用がないので死刑にした。あと残っているのは13人』『……』

『え、どうかね、フロッシュ先生。いい加減あなたも患者たちを楽にしたらどうだ。薬は誰が持っている?』『それを言えば、女たちを釈放するか』『それは無理だ。だが、多分死刑は免れる』『よし、言おう。薬はない』『なに?』『あるのは、このわしの頭の中じゃよ。さあ、拷問でも死刑でもしたまえ。薬の調合法はわしの頭の中に叩きこんであるんじゃ』『先生、我々を侮るとどうなるかおわかりか』『貴様たち、ナチスこそ、我々ユダヤ人迫害の罪の報いを思い知るがいい』フロッシュを殴り、命令するレーバー。『口を割るまで訊問しろ。絶対に寝かせるな。目をつむったら叩き起こせ』

(三日たち、五日たった。だがフロッシュは絶対にまいらなかった。並みの人間なら三日も寝ないと体がまいってしまうのに、フロッシュはいっこうに)

「何を考えているんだ。目隠しはどうだ」「む。ああ、目隠しか。やってもらおう」「変なヤツだ」「おっと、バンソウコウが外れた」「こいつ、バンソウコウをなめてやがる」

どういうことだと激怒するレーバー。『もう10日になるのに、フロッシュのヤツは全然眠ってない。そして元気カクシャクとしている。こりゃどういうことなんだ。フロッシュの態度に変わったところはないか』『時々、目をつむりますので、どやしつけると、バンソウコウを落とします』『なに?』『はい。額のバンソウコウであります。それで拾ってはなめて、また貼っています』『バンソウコウをなめる?そうか。バンソウコウとは気がつかなかったぞ』

フロッシュに聞くレーバー。『先生。あなたの発明した薬は、時間延長剤と言うものだったな』『左様』『面白い薬らしいな。それを飲むと一秒の長さが一分くらいにも延ばされたように感じる。例えば薬を飲むと、ちょっと目をつむった程度の時間でぐっすり眠れるわけだ。しかも傍目からは、ほとんど眠ったように見えない』

『何を言いたいんだ』『つまり、あなたが薬を飲んで、拷問の間、グッスリ眠っていたと言うことだよ』『バカな。いつ、わしが薬を飲んだ』『薬はここにある』フロッシュの額のバンソウコウを剥がすレーバー。『バンソウコウの薬のガーゼに薬を染み込ませ、あなたは時々なめていたんだ。さざかしグッスリ眠れたろうな』『うおおお』

襲い掛かるフロッシュを狙撃するレーバー。『ハハハ、協力すれば生きながらさせてやるものを』『死んでも、貴様たちナチスには協力せん。この薬は貴様たちには使えん。なぜなら、その薬はわしたちユダヤ人のために作ったものだからじゃ。ユダヤ人は貴様たちに何もかも奪いとられた。肉親も財産も命も。だが時間だけはわしらの自由だ。時間だけは』事切れるフロッシュ。

(こうして時間延長剤は金庫に保管された。まもなくこの収容所は連合軍に占領された。オレは裁かれて、処刑されることになった。だが、それを予測して、オレはあのバンソウコウをオレの頭に貼っておいたのだ。今こそ、こいつが役に立つ時だ)

「こいつ、バンソウコウをなめてやがる」(薬が効いてきたぞ。あいつの足音がひどくのろく聞こえ出した)「かああああああ、まああああああ、ええええええええ」(ハハハ、なんてノンビリした号令だ。ひと声に十分もかかりそうだぜ。こりゃ思ったより効き目があるぞ。弾丸が飛んでくる前にオレはゆうゆうと縄を解いて、ここを立ち去る。この薬さえあれば、絶対オレは安全だ。いつでも危険な時に薬をなめれば、簡単に逃げられるからな)

「ううううううう、てええええええ、ええええええええ」(この薬さえあれば、金だって簡単に作ることができるぞ。銀行の前で薬をなめて、金を取って逃げればいんだ)「ボボボボボボボ、アアアアアアア、ンンンン」(おいでなすった。弾丸がまるでカタツムリみたいにノンビリこっちへ飛んでくるな。ハハハ。この調子ならここへたどり着くまでに、メシが食えるぜ。どれ、ゆっくり縄解きに掛かるかな)

ムッと呻くレーバー。(指がノロノロとしか動かん。しまった、あの薬の効き目はあくまで心理的なものだったんだ。頭の働きや眠ることはたっぷりできても、オレの動作までスローモーになるとは思わなかった。うわあ、弾丸が。た、助けてくれえ)

処刑は三時きっかりに終わった。