先週、僕が務めている名古屋スクールオブミュージック&ダンス専門学校の卒業・進級制作展が終わりました。
以下のリンクでツイッターハッシュタグ 見られます。
https://twitter.com/hashtag/wearensm2019?src=hash
とりあえず、学校っぽい演目として⇑ ドラムアンサンブルを御覧ください。
僕はご存知の通り、プロベーシストとして活動することと並行して、長年音楽教育分野で仕事をしてきました。
一時期6年ほどはハーレーダビッドソンの販売、BMWなど外車のネットマーケティングもしていました。
その後、ライブハウス経営。
現在は広島に居がありますが、名古屋にて専門学校の運営をしています。
学校の運営において一つの山場はこの卒業・進級制作展でした。
結果的に素晴らしい制作展にはなりましたが、作品というのは出来上がった時点ですぐに反省との戦い。
次回はどうしようとすでに考えています。
学生教育に対して、このような大きなステージで発表を行うことに対して悩むことも多いのです。
僕自身は学生時代、留学時代も含めて学生時代に大きなステージで制作展などしたことない。でも、プロになれたし、そういう機会がなかった学校に恨みもまったくない。
アメリカのMIではデビューイベントもないし、大きな制作展もない。ストイックにただ授業の連続。
僕はそれが凄く良かった。派手なことに目を奪われず勉強に没頭できたことが良かった。
現在は国内の多くの音楽学校ではこのような大きなステージを使った制作展や発表会が売りになっている。
それは悪いことではなく、本当に贅沢で良いことだ。
ただ、これを学生くんが当たり前だと思うとやばい。
ミュージシャンという立場でいうと、ホールクラスだとミュージシャン個人のちからでは到底及ばない部分が発生してくる。
制作スタッフとのコラボが更に大切になってくる。
要するにあるアーティストが凄く見えたとしてもそれは音響や照明による力が大きい場合もあるからだ。
大きなステージだからおきるマジックといえる。
僕個人としては学生くんにライブハウスクラスでもっともっと力をつけさせる必要があると反省した。
簡素であったり、言い方は悪いがボロいステージでいかにかっこよい音が出せるかがミュージシャンの実力が問われるところ。
アメリカの老舗のライブハウス ベイクドポテトなんて、学校のアンサンブル教室より設備悪い(すまん)が、そこでのライブの音は最高。ようするに機材は関係ないということ。
派手な制作展は自分をリアル以上に誇張して感じさせてしまう。
子供たちが大きなステージが普通と感じ、出演者管理スタッフがエスコートしてくれたり、多くのスタッフに支えられることを当たり前だと錯覚すると、今後小さなライブハウスに出たときのギャップに苦しむ。
大成功の制作展だったからこそ、楽しかった〜で終わるとーやばい。
次は実力でこのステージに立つ!!
というモチベーションに変えないと、将来、最後に立った大きなステージの思い出になってしまうのだ。
今週には新入生がオリエンテーションで登校してくる。
専門学校が職業訓練校としての立場を再認識し、職業人教育を徹底するなかで、それを受け止められる人間教育も昨今は非常に大切だ。
正論をただ学生くんにぶつけても、彼たちの心が折れて、くじける確率を上げるだけだ。
厳しいことを言える、本音で批評をぶつけられるという学生くんになってもらう人間教育、また社会人教育が昨今では大切。
専門学校2年
う〜ん、今の子供達には2年は短い。
2年で精神力や基礎力身につけて3,4年で虎の穴というのが理想だな。
教育というのは時代に合わせてイノベーションしていくことが大切。
同じことを時代によっては伝え方やテクニックを変えなければ、教育機関として生き残れない。
25年くらい教育機関にいるが、まだまだ勉強だなと思う昨今です。