今日は僕がなぜにライブハウスを経営したいかをお話します。
これから書くことは自分自身の考えを整理する役割もあります。
脈絡のない文章になるかもしれませんが、お付き合いください。
2008年に音楽業界から身を引きました。
もともと僕自身はプレイヤーとして食っていけるほどの幅ひろい能力はないと感じていました。
ある部分ではベーシストとして長けているかもしれませんが、やはりパランス感という部分では客観的に厳しいとは自分でわかっています(^_^;)
それから音楽熱が低下したと同時にハーレー熱が高じて広島の老舗ハーレーディーラーへ転職しました。
ハーレー好きとしては、新車を販売する経験を得たこと、歴史的メーカーのビューエルの販売にも携わったことは僕の中で良い思い出となりました。
またBMWやMINIのマーケティングに携わったこと、同社が経営する飲食店の経営を学べたことも独立したいという気持ちに火をつけてくれました。
同社で生まれて初めてセールスという仕事を経験し、その後ウェブ管理やマーケティングに携わったことで、会社を経営するということへの興味が強烈に湧いて来ました。
駆け出しの自分がいうのは経営者の先輩に失礼かもしれませんが、こんな大きな会社でも新規事業の場合は結局は働いているスタッフがゼロベースで試行錯誤しながら、勉強して事業を起こしている。
別に新しいことを始めるのに、すべてに十分な経験とノウハウがなくても大丈夫。
そして、同社の社長の言葉で『転ばぬ先の杖・杖・杖』ということが非常に心に残りました。
僕は5年間働きながら、常に自分が辞める日を想像して会社に通いました。
会社で何か新しいプロジェクトの時は自分が会社を起こしたら、こういう時に使えるノウハウだと思いながら働きました。
僕自身は辞めることを意識しながら働くというのは非常に重要だと思っています。
これは適当に働くという意味ではなくて、今辞めたら自分に何が残っているかを意識しておくということです。
多くの場合、スタッフや取引先からチヤホヤされるのは会社での立場や看板があるから.....というのは往々にしてあると思います。
会社の看板がなくなった時に自分になにのスキルが残るのか。
明日、会社が倒産したら何をして食べていくかということは、ここ数年強烈に考え始めていました。
『転ばぬ先の杖・杖・杖』
僕がいた会社は非常に業績もよかったので、倒産することなんてないでしょうし、僕も黙って働き続けることも出来ましたが、『転ばぬ先の杖・杖・杖』というのを本当に意識して、43歳の今一番脂が乗っている時だから辞めようと決断しました。
自分がやりたいことはやっぱり音楽に携わること。
そしてベースを教えることや、バンドを指導することが好き。
僕はバンドでベースを弾きたいし、未だにバンドを組んで成功をしたいとも思っています。
しかし、それは一過性のことではなくて、自分のライフワークとして、音楽をやり続けたいということがありました。
物凄いサクセスをすることよりも、60歳になってもバンドで演奏しているオッサンになりたい。
そう思った時にライブハウスという答えにたどり着きました。
安直かもしれませんが、音楽を演奏するということは人類が始まって初期にスタートした興行、イベントであると言われています。
ですので、僕の持論としてライブという興行は絶対に衰退しないと考えています。
テクノロジーに依存したエンターテイメントはいずれ形を変えて衰退しますが、生演奏というのは、多少機材が進化したとしても形態は変わらず続くと思っています。
そして、音楽家の仕事の場を増やす意味でもライブを出来る場所というのは重要です。
音楽以外のたくさんのカルチャーが発表の場所や練習の場所などが充実していないという理由に広がりを少なくしていますから、生演奏が出来る場所が増えることは、音楽の世界を活性化させるためにも重要だと考えています。
決して少ないパイを取り合うような業界ではないと考えます。
楽器や機材製作や楽器店、練習スタジオ、音楽学校などたくさんの音楽に関わる仕事がありますが、全てはそれをお客様に発表する場所が目標にあってのことだと思っています。
音楽家は仕事を得ることが難しいといわれる職業ですが、自分で仕事を発生させられる場所を作れば、仕事が生まれます。(そのはずです)
仕事があれば、良いミュージシャンも育ちます。
僕自身もバーのハウスバンドが初めてのプロの仕事であり、その時に技術以上のエンターテイメント力や、お客様(会場)の空気を読む力。
そして、ただ自分たちの好きな曲を演奏するという自己満足ではなく、バーの売上に貢献するように、お酒が売れるような盛り上げ力、選曲力、宣伝の大切さなどを学んだ気がします。
学校の経営にも、もちろん興味はありましたが、現場こそが一番の教育現場だと思い、ライブハウスをスタートすることにしました。
ですから、ただの貸しホールではありません。
ここで若いアーティストを育てていきたい。
そして良いアーティストを県外から招いて広島のバンドとたくさん交流してもらいたい。
そんな気持ちがあります。
だからコンセプトとして、市内中心部のライブハウスが多い場所に出すことはそもそも考えませんでした。
ライブハウスが少なく、高校や大学やベッドタウンがある地域。
それは正しく僕の愛する広島の西部地域ですが、そこでライブハウスをやることに意義があります。
中心部でやればいいのに.....というのはそもそものコンセプトではないので、僕にはどうでもよい話です。
次回をお楽しみに。


