個人の意見として時事問題にもたまには触れてみようと思う。

まず始めに亡くなられた方、その遺族の方の心情を考えると当事者が企業に対して
訴えを起こす気持ちはわからなくもない。

『気持ち』はだが・・・

自己責任と言ってしまえばきっとそこで話が終わってしまう。
しかし、資本主義の中で生きていくということは大半がそういうことだ。
ではこの問題はその大半なのか否か・・・

僕個人としては『大半』に属する問題だと思う。

国は基本的にこの『大半』に属する問題を、
様々なジャンルにおいて日々どうにかしようと頑張っている(と、思いたい)。

そこで生じる新たな問題・・・
どの『大半』を優先して物事を処理していくか・・・
その優先順位は勉強不足の僕には当然わからない。
が、企業に対して行政が介入しなければならなくなった問題が生じた場合、
それは速やかに行わなければならないと思う。

耐震問題、金融パニック、食の安全・・・

国民の生活に直結することが極めて高いからだ。

そこで、今回のこの『蒟蒻畑』の問題。
多くの人が考えるそれと僕も同意見だ。
この問題に行政が入ることはどうかと思う。

なぜ、改善命令が出されたのか・・・基準が曖昧だ・・・と言うより、
どこにも基準がない。

行政が企業潰しをしているように見えてならない。

食べ物を喉に詰まらせて死亡した人が何を詰まらせたのかを調べてみると、
『蒟蒻畑』は8位か9位ぐらいに入るらしい。

ランキングの上位には餅、ごはん、飴など・・・
3歳未満の子供は気道の入り口が大人と比べて小さいため、
うどんや豆類、張り付きやすい海苔なども危ないらしい。

マンナンライフが独占して製造している商品だから行政が入るというのはおかしい。

商品の袋には表にも裏にもしっかりと、
子供、お年寄りは食べないで下さいとの旨が記載されている。
これ以上の改善努力の余地はあるのか・・・?
『蒟蒻畑』はあの弾力こそがウリなのだから・・・
(もちろんダイエット食品として優れているということも)



家は『蒟蒻畑』を買わなくなった。
以前は僕も妻も好きでよく食べていた。
しかし、今は買わない。
ドリーがもう少し成長するまでは・・・
見るもの見るもの、食べたくなってしまう小さい子供にダメと言うのは困難だ。
ならば、危険な確率が高いうちは購入しない・・・それが一番簡単な対応策だ。
また親の務めだと言っても言い過ぎではないと思う。



こういった問題に行政が介入する場合、明確な基準をしっかりと国は提示すべきである。

そこからでしか、議論は始まらない・・・





村上春樹さんの短編。

僕が初めて読んだのはこの本が出た時。

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991/村上 春樹

¥1,365
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ちょっとビックリしました。

僕は『東京ライフ』でのある時から、
踊りはしませんが夢に小人が出て来ることがあるようになりました。

なので、ノッケから興味津々で読み始めました。

この頃、小人の夢はあまり見ることはなかったのですが、昔見ていた時のことを思い出し、
結構リンクしていることが多いことに驚き読み終えました。

こんなことってあるんですね。
本当に不思議極まりないです。



つい先日、数年ぶりに『小人』が夢に出てきました。

なので、ひさしぶりに『踊る小人』を読んでみることに・・・

ここ最近、忙しさのあまり全く読書をしていなかったので、いい息抜きになりました。

あらためて思いました。

この作品好きだなと・・・

主人公は何を選択するのでしょうか?

逃げ切れるワケなどないのです。

自分自身からは絶対に・・・

自分の行動、その全てが自分自身を表しているワケですから・・・



しょうもない人間の僕はまるで自分のことのように
この先の主人公の行動を想像してしまいます。





ノーベル文学賞の発表、もうすぐですね。
村上春樹さんは選出されますかね。
ご本人はあまり賞レースに興味はないようですが・・・

物理、化学に続き5人目と・・・

村上春樹さんの作品は賞など関係なく、既に世界中でたくさん読まれていますが、
今以上にもっともっと多くの人が読む機会が増えると思うと、
是非とも選出されてほしいと思うのは僕だけではないですよね。

発表が楽しみです。


先週の土曜日の話。

この日妻は週1で経営するアロマサロンの仕事。
僕は仕事と言えば仕事のような、仕事ではないと言えば仕事ではないような、
そんなことやら、その他にもやらなければいけないことが腐るほどあったので、
妻の実家にドリーを預かってもらうことにしました。

僕の実家も妻の実家もドリーを預けることにはかなりの理解を示していてくれるので、
本当にありがたいです。
何なら毎週でもいいよと言わんばかりのテンションなので・・・。

実際のところはドリーが産まれてこの2年ちょい、ドリーを1人で預けたのは
それぞれの実家に2回ずつぐらいですけどね。
それぞれの親とは月に1回会うかなぁというぐらいのペースですが、
その時は僕も妻も一緒というのが基本です。

じいちゃん、ばあちゃんはもっとドリーと遊びたいみたいですが・・・。


で、先週の土曜日、夜にはドリーが家に帰って来るハズだったのですが・・・
さらわれてしまいました・・・妻の両親に・・・。

19時過ぎ、妻が仕事を終え携帯を見ると、

「ドリーちゃん、今日お泊まりでいい?」

と、メールが・・・。

妻が電話で僕に報告。

妻の実家はありえないぐらい夜の終わりが早い家・・・

どう考えても面倒になったとしか思えない・・・
(ドリーと長い時間を過ごしたいという事実もあるでしょうが・・・)

「パジャマも明日の着替えもないじゃん!」

「1回電話してみる。」

潔癖の僕は軽く妻にキレる。

「もうお風呂に入れたって。洋服も汚れてないから大丈夫だって・・・」

声が小さくなっていく妻・・・
僕がイヤになってしまうコトの察しがついたのでしょう。


妻の両親はとても寛容でありがたい気持ちでいっぱいになることが多くあります。
本当にとても感謝しています。


が、しかーし、

悪く言えばルーズ・・・

天秤にかけて比べられるモノではないし、また比べるモノでもないことは
重々承知してはいるつもりですが、どうしても・・・

湯冷めの心配もあるし何よりもドリーの様子がわからない・・・

「ドリーの様子は?」

「聞いてみる。」

と、こんな風に妻も含め妻の家族はみんな大ざっぱなのです・・・

そんなことぐらい当たり前に会話の中心になっているモノだと思うのは
僕だけでしょうか・・・?

再び妻からの電話。

「よく食べて遊びまくってるって・・・」

ドリーが元気であるならば、今更送ってくれとも言えないし、
連れ戻すかのごとくこっちから迎えに行くのも・・・

これ以上妻に当たるのも筋違いだと思い直し諦める僕・・・


だいたいお泊まりにするつもりがあったなら最初から言ってほしいものです。
そのようにこっちも準備などするので・・・


ドリーが産まれて以来、初めて妻と2人で過ごす夜。

あまりの静けさに落ち着かない感じでした。
いつものことですが、もちろん音楽はかかっていました。
でも静かなのです。

   恐ろしきドリー!!

毎日毎日がつくほどうるさい存在です。

でもそのうるささは何よりの家のBGMだったのです。

妻と2人、会話がスムーズにいくことの気持ち良さよりも、
スムーズにいくことの気持ち悪さの方が強いなんて話をしていました。


翌日の夕方、無事にドリーが帰宅。
一度も泣くこともなく終始ご機嫌だったとか。
疲れているだろうし、いつでも寝れるように先に風呂に入れようとした瞬間、

「うぅぇぇぇああああああああああー!!」

今まで聞いたことのない大きな声で泣き暴れだしたのです。

大変大変それはもう本当に大変でした。

何とかお風呂に入れ早めの夕飯。

相当疲れたのかすぐにダウンのドリー。


今度もまた静かではあるけどドリーの寝顔を見ながらの妻との会話。

「さっきスゴかったねぇ。」

「楽しく過ごしたのも事実だろうけど、甘えるところがなくて頑張ってきたのも事実だろうしね。何かホッとして頑張ってた感情が全部一気にでてきたんだろうね。」

パパとママがいないところで1人で頑張ってきたドリー。
(妻の実家なので安心ではありますが・・・)

この経験はすぐにいきてくることでしょう。

   頑張ったなドリー!!





それに比べて器が小さいというかないというか、パパのハートはどうなんでしょう?

神経質で潔癖なのは直そうと思って直せるモノではないんだよねぇ・・・

だからどうしてもゆるせない・・・ことが世の中には多すぎる・・・

自分自身も結構ツライんですよね、この性分・・・



グチが多くなってしまい不快な思いをされた方、どうもすみません。

基本、僕自身の異常さの問題であって、
妻の両親は寛容で本当に感謝することばかりなので悪しからず・・・。