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コツコツ投資、のんびり暮らす

特別な才能もなく歯車として働くしかなかった私が、投資で少しずつ資産を築き、働き方を変えてきました。今は仕事をセーブして、会社に縛られず、好きなことを好きなときに楽しむ、のんびりした暮らしをしています。

入社して何年経っても相変わらず歯車に毛の生えたような感じでしたが、ちょうど会社の急成長期と重なり、作業的な仕事も多く、給料も「価値のない仕事」と言われながらも少しずつ上がっていきました。


当時は歯車なりに忙しくて休みの日は寝てばかり、しかもありがたいことに実家で生活していたので貯金も順調に増えていきました。


そのころ、勤めていた会社が(無謀にも)上場を目指そう!という話になり、まったく未知の世界だった株についての勉強会が開催されました。


といっても勉強も苦手なので、参加するだけ…難しい内容は全く頭に入らない。分かりやすく「応援したい企業の株を買おう!」という内容を目にして、よく利用している好きな飲食チェーンの株を何も考えずに優待目当てで購入して放置していたところ、50万円くらいの利益になりました。


これにはびっくり。あれ?もしかして?同じことをひたすらやってる歯車の私なので仕事で得られる報酬は頭打ちだけど株なら、、、私のような平々凡々でも億万長者になれちゃったりするかも?と夢を見て、貯金ではなく株を買おう!と思い至ったのでした指差し



歯車として仕事が楽しいとか楽しくないとか考えずに働いていたアラサーのころ、直属の上司が「常に新しいことに挑戦したい!」というタイプで、例えば食事に行けば毎回違うメニューを頼むような人でした。


私は真逆で気に入った同じメニューばかり注文するのでよく「つまんねー奴だな」と言われてました。


2人きりで真夜中まで残業することも多かったのですが、合わなさ過ぎて「絶対に間違いの起こりえない2人」と周囲から言われてました(ほんのりセクハラ)。


でもそういうカップルだっているよね?ドリカムだって「なにもーかーもーまるでーちーがうーふたりー」って歌ってたし。

そんな上司はアイデアマンで新しい企画を次々に提案しては全国を飛び回り、私も希望すれば新しい仕事に挑戦できる環境でしたが、同じ仕事をコツコツ続ける方が好きでした。


しかしバリバリの営業会社だったので、「そんな価値のない仕事はするな!」と散々言われてました。


「成果主義」という名の下でこの会社での事務の評価は最底辺でした。今なら iPhoneで録音して労基署へGOですよ。

でも私は当時パソコン教室に通っていて、習ったことをそのままパソコン初心者の社長に教えるという役目があり、思わぬところで出番がありました。


ただの歯車からちょっと特殊な歯車へ。まさに芸は身を助ける。でも私もパソコン教室に通い始めたばかりだったので初心者が初心者に教えるというギリギリの綱渡りでした笑

そうそう、当時はパソコンも一人一台ではなく、複数人で共有でした。今では考えられないですね。

あの強烈なOL時代は書き出すと止まらない。見る人が見たらすぐに分かってしまうなー。なのでこの辺で指差し

氷河期世代のアラフィフです。


いまの若い子がうらやましー!(売り手市場)
我が小さき事務所では人を募集してもなかなか応募がありません。残業0の事務仕事、オヤツとコーヒー飲みながら仕事できますよーブラックじゃないよー

私は氷河期で就職活動大変だったうえに何年働いても給料が上がらないじゃないか、ひー!今年の新卒と変わらんてマジ?なアラフィフで、その時代背景もあり、母親からは「女の子はお嫁にいけばいいんだから〜」と言われて育ったので将来のことはあまり考えず、平凡高校と平凡大学を卒業して、就職に失敗しました。

しばらくは親族のコネで役所の臨時職員、お役所勤めのフリーターです。ぬるま湯どっぷり。

今は分かりませんが当時の臨時職員は契約更新されるのかどうか寸前まで不明で、なんとなく口約束で「次回も頼むねー」なんて軽いノリで、雇用契約書もあったのか?(あるはずだけど記憶なし)人も余っていたので数年働いたのち押し出されるようにフェードアウトしてしまいました。

それから学生時代にバイトしていた書店に舞い戻って非常勤で働きながらもうすぐ30歳になってしまう頃に、たまたま家の近くの企業に運良く正社員で採用されました。


ここが某掲示板を賑わせた伝説の超ブラック企業だったのですが、資格も能力もない、パソコンさえ使えない私を採用していただいただけでもありがたく、身を粉にして働きました。

と、いっても特別なことは何もできないので歯車です。仕事が楽しいとか楽しくないとか考ずに正社員で安定したお給料がもらえてそれだけで良かった。


とにかくお金を貯めたかった。将来のために。


お嫁にいけば〜なんて幻想だった。老後困らないようにお金を貯めて貯めまくろうと働いた結果が投資の種銭となり、私はこの会社に人生を救われたので足を向けて寝られません。


ちなみに何もできない私がどうして採用されたのか、当時の社長は未経験者を積極的に採用して、その企業の色(ブラック色?)に染めたいという意向もあり、本当にたまたまでした。


それと10人採用して8人退職するような会社だったので、ちょっと多めに入れておくかーみたいな。理由はどうであれ感謝です。

この企業の話は身バレしてしまうのでいつか書ける範囲で記録できたらなと思います指差し