「お姉ちゃんはキリギリスで、私はアリだね」
ある日、妹にそう言われた。
妹は一切投資をしていない。
扶養範囲内のパートで働きながら夫の給与をコツコツ貯金する、堅実なタイプです。
一方、私は株や投資をしている。
昔の私は、投資資金を作るためにお金を使わないようにしていた。残業の多い会社でひたすら働いて、外食も控えて、少しでも節約してせっせとお金を貯めては投資用の資金に回していた。
あの頃の私は、まさにアリでした。
でも目標金額を達成した今は、タワーマンションも買ったし、仕事も減らしたし、以前の私から見れば、ずいぶん裕福になったように見えると思います。
だから妹からすると、
「投資でちょっと増えたからって使っていたら、キリギリスみたいに最後に後悔するよ。私はちゃんと貯金してるからね」
ということなのだと思う。
それも、もっともな話です。
でも、私は思うのです。
私、見た目はキリギリスだけど、実はまだアリなんじゃない?
なぜなら、今も資産の大部分は使わずに運用しているから。
(投資資金のためにメルカリだってやってるし)
昔は「自分が働いて、お金を貯めるアリ」でした。
今は「お金にも働いてもらいながら、自分も少し楽しむアリ」。
昔と違うのは、アリが運んでいるのが食べ物ではなく、株や資産になったことかもしれません。
もちろん、投資で増えたお金を使いすぎれば、妹の言うようにキリギリスになってしまう。
だから、そこは気をつけています。
でも、せっかく長い時間をかけて資産を作ってきたのだから、いつまでも「将来のため」と我慢し続けるのも違う気がする。
アリとして蓄える時期があって、少しずつその成果を楽しむ時期があってもいい。
そう考えると、私はキリギリスになったのではなく、
アリを続けながら、ちょっとだけキリギリスっぽく暮らしている。
妹にはそう説明したいところです。うふふふ。
さて、人生の最後に笑うのは、アリなのか、キリギリスなのか。
それとも、
アリをやりながら、適度にキリギリスも楽しんだ人なのか。
その答えがわかるのは、もう少し先ですね![]()

