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尾川永次のブログ

小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

その男は立札の前に立ち書かれている文字を
じっと見つめ思案していた。

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「八十八・・」と言う事は・・。
「八十八と書いて米と読む」
これは絶対に違う気がする。

「もしや、夏も近付く八十八夜。それは茶摘だ!」
などと一人ぼけ突っ込みは寒空の下、空しくなるだけなのを悟った男は
呆けるのを止め真剣に考え出した。

山内八十八ヶ所、巡拝入り口・・。
これはもしかしてかの有名なあれの事なのか。

真言密教で八十八箇所と言えばあれしかない。
そう、お遍路さんだ。
誰もが一度は考えるであろう、富士登山に四国巡礼。
「まさかそれがここに在るのか・・?」
男は半信半疑で細い道を登り始めた。

すると赤い布をまとったお地蔵さんが一体ぽつんと鎮座されている。
そして横の立札には”山内第一番、本四国札所”と書かれているではないか。

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男は手を合わせると”オンかカ カビサンマエイ ソワカ”を三回繰り返して
写真を撮った。
「一番在ると言う事は二番が在るのか?」
男は半信半疑のまま誘われるように歩き出す。
すると少し離れた場所にも赤い布をまとったお地蔵さんが・・。

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そこには”山内第二番”と書かれている。
「まさか、この小高い丘に八十八体のお地蔵さんが・・」

その男は見えない力に引き寄せられる様に
細い山道を登って行く。
それが自分に課せられた修行が始まったことさえ気付かぬまま。



不動堂を出て真っ先に眼に入るのは小高い丘を背景に
そびえ立つ五重塔だろう。
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まだ新しいようで極彩色に彩られた様は周囲の
雰囲気とはなじまない気もしないでは無いが
本来寺院はこのような色で塗られていたわけで
それを時間と言う芸術家が重厚な佇まいに変えたのだ。

男はまず五重塔の下にある千体地蔵の展示室に入った。
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薄暗い展示室に掌ほどのお地蔵さんが所狭しと千体並んでいる様は
男の心を圧倒した。
「ふー」
男は展示室の外へ出ると肩の力を抜きながら一つ息を吐いた。
千体の迫力はそれほどだったのだ。

男は気を取り直すと不動尊の奥へと歩を進めた。
今にも泣き出しそうな灰色の空から冷たい風が男の身体を
凍えさせる。
「ざっくり観たらさっさと帰った方が良さそうだな」
などと呟いていると左手に大師像が木々の間から見えて来た。

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その奥には大師堂が在り少し行くと大きな観音像が微笑を湛えている。

観音様はマリア様とどこか共通している所があるような気がするのは
私だけだろうか?などと考えながら山門を抜け大日堂を見れば
主だった施設はこれで終わりだ。

もっと詳しく観てもいいのだがそれでは次回の楽しみが減ってしまう。

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「さてと、そろそろ帰るとするか」
男は冷え切った身体を丸めながら元来た道を引き返し
出口となる仁王門へと向った。

だがしばらく歩くと小高い丘に通じる道に立てられた
一枚の立札が男の歩を止めた。

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そして少しの間、じっと見つめていた男は
吸い寄せられるように立札へ向って歩いていた。

何故近付いて行ったのか男にも分からなかった。
今にして思えば何かの力が働いていた気もするが
この時はただ気になった、それだけだったのだ。


「ドン!ドン!ドン!」
内臓を揺さぶる太鼓の音が薄暗い不動堂に響き渡ると
奥から袈裟を着た僧侶が数人現れた。
そのうちの一人が中央に座し残りの僧侶が取り囲み
護摩修行が始まった。

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真言密教の祈祷は一種独特の雰囲気がある。
他の仏教とは違い、火を囲み般若心経を合唱する辺りが
どこか呪術めいていてそれが霊験さに繋がっているように思える。

やがて祈祷も終わりに近付いて来た。
男の足が限界に来る前にどうやら終わりそうだ。
残り数分となったところでお不動様に近付き拝礼したら
もう一度座って残りのお経を聞いたら正味20分ほどの
短い修行が終わりを告げた。

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男はお札所に行きお札を受け取ると曇天の外へ出た。
見上げた空からはほんの僅かだが小雨がぱらついていたが
少し寒いが傘は差さずに済みそうだ。
奥には千体地蔵や大日堂もある。
「散策するか」
男はそう呟くと地蔵尊の奥へと歩き出した。

だが、この事が更なる修行への旅路になるとは
今のこの男には知る由も無かった・・。