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尾川永次のブログ

小説、ポエム、旅日記などなど徒然なるままに行きたいと思っています

やっとこさ、とりあえずの完結となりました。

当初、思っていた様な内容と少し離れてしまいましたね。

 

もうちょっとドラマチックにと考えていたのですが、むしろ日常的

の方がいいかなと思い、こんな展開に。

 

昔から轍と言う言葉が好きでどこかで使いたい、そう思っていました。

 

我が家はサラリーマン家庭で、父親はまともに帰った例が無い。

酒かマージャンでいつも午前様。へたすると明け方帰宅。

 

で、母の姉が隣で鮮魚店を営んでいてまじめ一筋。

酒とタバコが唯一の楽しみでもくもくと働く旦那と共に実直な

夫婦でした。

 

子供心に母親は父親のことをどう思っていたのだろうか?

夫婦の絆や思いはどうなんだろうか?

勿論、共に働く事は大変だと思います。

 

多分、お互いに無いもの強請りになると思いますが、今回は

残された時間を共に歩んでみたい。

そんな願望から書いてみました。

 

つたない文章ですが、もし読んでくれた方が居られるなら

大変ありがたく思います。

 

次回は昔書いたアクション物の書き直しに挑戦する

予定です。

 

ではまた。

        春の轍 ⑫の4

                  尾川泳児

 

 屋台は残り少ない桜色の絨毯が舞う井の頭公園駅前に出た。

 

 一年ぶりに戻って来たのだ。

 謙三の胸が初めて来た時の様に高鳴った。

 

 見ると屋台を置く場所の近くに十人ほどが居る。

 

「もう、花見も終わったと言うのに井の頭公園駅に団体なんて

 珍しいな」

 

 所定の場所に屋台を止めた謙三が引き手から出ると目の前に

見覚えのある顔が立っていた。

 

 夏子と夏子の母、美智子だった。

 二人は深々と頭を下げた。

 

「夏子さん、お元気でしたか?」

 謙三の言葉に夏子も嬉しそうに返した。

「謙三さんも、御体大丈夫ですか?」

「おかげさまで。今日は娘も手伝いに来てくれたんでね」

「でも良かったです。春子さんのラーメン、もう食べられないのかと 

 思ってました」

「ご心配お掛けしまして申し訳ありませんでした」

 

「こんにちは」

 一人の若者が謙三の前に歩み出ると夏子は腕をからめて言った。

「私の結婚相手、橋本泰道さんです」

「初めまして橋本泰道と言います」

 いかにも真面目そうな青年が少し緊張気味に挨拶をした。

「春夏の店主。鬼島謙三です」

「謙三さんのこと、春子さんのこと。夏子から聞きました。本当に

 ありがとうございました」泰道は深々と頭を下げた。

「こちらこそですよ。今日はゆっくり食べていって下さいね」

「はい」

「謙三さん。お店の名前変わったんですか?」

「春子の屋台、壊しちまったでしょ。新たな気持ちと言うことで夏子

 さんの名前頂きまして春夏でしゅんかにしました」

「そうなんですか。とっても嬉しいです」

「そう言って頂けるとこちらとしても変えて良かったですよ。でも今日

 から始める事は誰にも言っていないはずなのに…」

「葵さんからお聞きました」美智子が答えた。

「え?葵からですか?」

「ええ。先日お邪魔した帰りにお話させていただきまして」

「そうでしたか」

 

「お父さん、世間話はいいけど、早く準備始めないと」

「そうだった。すぐ仕度しますから、少々お待ち下さいね」謙三は

慌てて屋台の準備に取り掛かった。

 

「今日はお客さんがいっぱいよ。夏子さんの会社の同僚方々や

 東京に来ていた故郷の友人。それと夏子さんね、ブログで父さん

 のラーメンのこと書いてくれてたのよ。だからお客さん増えるかも 

 ね」

「ブログだかふろくだが知らないがそんなんで客が来るほど世の中

 甘くは…」と言いながら辺りを見ると既に数人の客らしき男性が

二人増えていた。

 

 謙三は小声で葵に言った。

「あれってまさか客か?」

「そうよ。だから早くしないと帰っちゃうわよ」

「それにしたって、こんなに沢山のお客さんに作ったことなんて」

「だから私が来たのよ。後でしげさんも食べに来るって。いいから

 母さんのラーメン、しっかり作ってよ!」

「わ、分かってるよ」

 あたふたしている謙三に夏子の会社の同僚から声が飛んだ。

「どっちが店主だかわかんねーな」

「すみませんねー。老けた方が新米店主なんすでよ」

 椅子を出しながら頭を下げた葵に謙三が言った。

「新米だが老けたは余計だ!」

「でも、嘘じゃない」

 と言って笑い出した葵につられて皆も笑い出した。

 少しして沸騰した寸胴に麺を入れながら謙三は春子との会話を

思い出していた。

『二人で作った一杯のラーメンで、見も知らない人と人が笑顔に

 なったら素敵よね』

『俺は愛想笑いなんて出来ないからな』

『愛想笑い何ていいのよ。本心から笑顔になれれば。それにね私、

 謙三さんの笑顔、大好きよ』

『いい年こいて何言ってやがるんだ』

 謙三は開いていた新聞のページを大きな音を立ててめくった。

 一杯のラーメンで他人同士が笑顔に何て無理だと思っていた。

 せめて一人でも春子のラーメンを美味しいと言ってくれたら、それ

でいい。

 だがそんな想像だに出来なかった光景が目の前にある。刑事で

は味わうことなど無いだろう。これが春子が望んでいた時間なのだ。 殺伐とした世界で生きてきた俺と叶えたかった小さくも大きな夢。

 茹で上がった麺をラーメン鉢に入れた謙三は春子の写真をちらっと見つめた。

(ありがとうな、春子)

「お父さん、お母さんの写真観て何ににやけてるのよ!愛の告白

 ならラーメン作ってからにしてよね」

「そ、そんなんじゃない!」謙三は慌てて仕上げに掛かった。

「まるで親子漫才だね」

 その声で再び笑いが起きた。

「はい!お持ちどうさまー!!」

 笑いをかき消すように謙三は大きな声を発し、出来たてのラーメン

をカウンターに置いた。

 桜の花びらが若葉の間から僅かに舞い落ちる井の頭公園駅前。

 春夏と書かれた提灯の灯りに照らされた、春子の写真が静かに

笑みを湛えていた。

 

                  

     春の轍 ⑫の3

               尾川泳児

 

「今日は突然にお邪魔いたしまして申し訳ありません

 でした。電車の時間もありますので、この辺で失礼

 させて頂きます」

「そうですか。こちらこそ、わざわざ来て頂いたのに

 何のお構いも出来なくて」

「こうしてお会い出来て夏子の思いを伝えられただけで

 十分ですから。それでご迷惑でなければ奥様に御挨拶

 させて頂ければと思うのですが、宜しいでしょうか?」

「勿論ですよ。有難うございます。仏壇は二階ですので、

 こちらへどうぞ」

「では、失礼させて頂きます」

 二人は二階へと上がって行った。

   

 少しして、謙三と美智子は門扉を挟み別れの挨拶を交わ

した。

 

「今日は有難う御座いました。夏子さんに宜しくお伝え

  下さい」

「こちらこそ突然で失礼しました。それでは失礼いたし

  ます」

「お気を付けて」

 

 美智子は笑顔で会釈すると駅に向かって歩き出した。

 

 すると謙三と別れて数分後、美智子は声を掛けられた。

「あの、すみません」

「はい?」

 美智子が振り向くと謙三の娘、葵がそこに居た。

 

 一ヶ月後。

 謙三は家の前に置かれた屋台の引き手の中に立ち、

葉桜になりだしていた庭の桜を見上げていた。

 ひらひらと残り少ない花びらが街灯に照らされながら舞い落ちて来る。

 

「さてと行くか」

 心新たに引き手を持ち上げると謙三は再びの第一歩を

踏み出した。

 すると予想だにしない軽さで屋台が動き出した。

 

(え?誰かが押しているのか?)

 

 謙三は慌てて屋台を止め後ろを覗いた。

 屋台の後ろに誰か居るのだ。

 

 謙三はブレーキを掛けて屋台の後ろへ周ると、そこには葵が

居た。

 

「葵!此処で何してるんだ?」

「何って、見れば分かるでしょ。押してるのよ」

「そういう意味じゃなくてだな」

「分かってるわよ。病み上がりで屋台を引くなんて無茶よ。 また事故でも起こされたら困るしね」

「それならそれで、一言言ってくれないとビックリした

 じゃないか」

「声掛けようとしたらその前に動き出したから、慌てて

 押したのよ。それより開店時間に遅れちゃうから、

 さっと行くわよ」葵は屋台を押す姿勢を取った。

「お、おう」

 謙三も慌てて引き手に戻り屋台を引き始めたが直ぐ

に止めた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。葵、手伝ってくれるのは

 有り難いが、客は来ないぞ。夜中まで何もせず、じっと

 待つだけだ。儲けも無いからバイト代も払えんぞ。それ

 でもいいのか?」

「儲かったらたんまり貰うわよ。それより屋号変わったん  だ。”春夏”でしゅんかって言うの?」

「ああ、夏子さんの夏を貰ったんだよ。何たってお客さん

 第一号だしな」

「いいんじゃない。夏子さんが食べてくれてなかったら

 どうなっていたか分からないしね。お母さんも喜んでる

 わよ」

「だといいんだがな」

「ほら。早く行かないと」

「そ、そうだな。じゃ、行くぞ」

「はい」

 返事と同時に屋台が動き出した。

 

 すると後ろから葵の声が聞こえた。

「お父さん」

「何だ?」

「頑張ろうね」

「ああ」

 

 満面の笑みを浮かべ屋台を引く謙三の頬に春の夜風が

 心地よかった。