映画「櫂(かい)」感想 | リタイアライフのつぶやき

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65才でサラリーマン生活からリタイア。さて、これから何をしていこうか。ブログでつぶやきながら日常生活を報告。参考になれば幸いです。

宮尾登美子原作の映画は、「鬼龍院花子の生涯」「寒椿」を見て感想を書かせてもらっています。今回、は、原作者宮尾登美子の子供のころを描いた映画です。

実際に宮尾登美子は、高知の遊郭で芸妓紹介業(女衒(ぜげん))を営む父と愛人の子として生まれる。実母は 女義太夫12歳で父母が離別し父に引き取られ、義母に育てられます。

この映画の内容です。

1985年

東映映画

監督 五社英雄

キャスト 緒形拳 十朱幸代 名取裕子 石原真理子

(内容)(movie walkerより抜粋)

「大正3年、初夏の高知。縁町界隈で芸妓・娼妓紹介業を商う富田岩伍と妻の喜和。旅の途中で拾った少女・菊。富田の家には岩伍と喜和の間に病弱な長男・竜太郎、きかん坊の次男・健太郎の息子がいる。裏長屋巻の娘・豊美を芸事修業のため、岩伍が大貞楼にあずけた。大正15年5月。菊は19歳の美しい娘に成長していた。豊美は名も染勇と改め、高知一の芸者になっていた。健太郎、竜太郎も19歳、17歳となった。豊栄座に招いた娘義太夫の巴吉を愛人とした。巴吉と岩伍の間にできた子供は喜和が育てることになる。岩伍と対立する谷川一家の賭場で刃傷沙汰を起こし、弟をかばった竜太郎が多量の血を吐いて息を引き取った。そして一方、綾子と名付けられた赤ん坊の育事は喜和の仕事となった。昭和11年5月。綾子は11歳の愛くるしい少女に成長した。岩伍は今では大成し、朝倉町に移っていたがそこに照という女を住まわせていた。ある日、健太郎は岩伍の意向で喜和に隠居を命じた。喜和は綾子を連れて実家に身を寄せたが、岩伍からの離縁話、そして綾子を返せという達し。今では綾子だけが生きがいとなっている喜和はこれを拒否するが、喜和は大貞の意見を入れ、身を切られるような気持ちで綾子を岩伍のもとに返す決心をした。別れの日、橋のたもとで喜和は綾子が岩伍の家に入るまで見送った。喜和はひとり、岩伍の家に背を向けた。」

 

この時代は、生活が極端に貧しく、食べていくのがやっとの状態です。人身売買の仲介役のような商売の女衒です。少女を東南アジアに売り飛ばしたしました。映画「サンダカン8番娼館望郷」では、このことを描いています。この時代の様子を知るには、ふさわしい映画です。2時間ですがあっという間に見終わりました。中国に売り飛ばされるより高知の芸妓の方がよく人助けとおもえるから不思議です。それにしても夫が愛人をつくり妻がその子供をそだてなければならないとは。育てているうちに情がうつりわが子同然になりますが、今度は、引き離されるとは。夫婦が最後まで相手を理解できなかったところに問題があったと思うのですが今の時代では、とても考えられない男性優位の時代でした。

 

 


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