(チンギス・ハーン像)

 

2018年7月8日に成田からモンゴル航空の直航便でウランバートル入りし、モンゴルが102か国目(アジアでは31か国目)の訪問国となった。時差が1時間しかなく、直航便なので、5時間半という飛行時間でも体はかなり楽である。今回、空港の出迎えにホテルの車を頼んでいたので、タクシー交渉もなく、楽勝であった。ホテルは、老舗の5星(本当か不明)とあって、部屋も広く、かなり立派であった。

 

7月9日はホテルを朝9時半頃出てすぐ傍にあるスフバートル広場を散策した後、11日のツアーの件もあったので、諸情報を得るためにHISのオフィスに立ち寄った。市内巡りとしては、ガンダン寺(1838年創建のチベット仏教寺院)、ザイサン・トルゴイ(戦勝記念碑のある丘で市内が一望)、ボグド・ハーン宮殿博物館(ボグド・ハーン8世が最後の20年を過ごした宮殿)をほぼ歩いて見て回った。

 

7月10日は、Indy Guideというローカルガイドを利用して、ウランバートルから約50km離れているテレルジという国立公園に行ってきた。見てきたものは、チンギス・ハーンの巨大像とテレルジの亀石及びアリヤバル寺院であるが、1日中雨模様で寒く、厳しいツアーとなった。ガイドの女性は、19歳の大学生(英語勉強中)で今日が初体験ということで、緊張しきっていたが、若くて可愛い女の子が同伴してくれていると思えばツアー料金も安いものであった。

7月11、12日は2日間ともナーダムという年1回のモンゴル最大のお祭り観戦三昧となった。11日は、開会式と射的、弓射及び相撲、12日は、(子供)競馬と相撲の決勝トーナメントを観戦した。ナーダム祭りは、2010年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。開会式、射的、弓射及び相撲は、ウランバートルの競技場で開催されるが、競馬は、車で1時間半位離れたフイドローンホダグというところで行われるため、12日は早朝に車で現地まで行き、競馬のフィニッシュを見た後、競技場まで戻った。

 

ナーダム祭は、モンゴル人にとって最大のイベント祭なので、特に開会式のチケットを取ることは、至難の業であるとの情報が事前に入っていたので、少し高かった(170米ドル)が、出発前に、HISのナーダム観戦ツアー(日本語ガイド付)に入ることにした。開会式は、オリンピックの開会式のごとく、入場行進、マスゲーム、騎馬隊のパレードやショーなど盛り沢山で感動を覚えた。騎馬民族らしく、馬も多数登場する。競技場は超満員で3~4万人位の観客が入っていたのではないかと思うが、チケットの入手が困難というのもよくわかる。開会式は久しぶりの感動イベントとなった。2025年には天皇陛下御夫妻がモンゴルを訪問し、このナーダム祭を見学している様子が報道されたが、見る価値は十分あると感じた。

 

12日の競馬ツアーは当初、英語が話せないドライバーだけでガイドはつかないと言われたが、実際は、16歳の女子高校生が英語の勉強を兼ねて同行してくれた。競馬のフィニッシュ地点の草原の丘は物凄い数の車と人で溢れ返っていた。道路も反対車線を含め、すべての車線を一方通行とするほど車が現地に殺到し、いかにビッグイベントであるかが伺える。フィニッシュ地点には、観客席のスタンドが設置されていたが、そこも超満員で、外の観客を含めると1万人以上は草原の丘にある会場にいたと思われる。

 

13時頃、競技場に戻ってから21時頃まで、射的と弓射と相撲の決勝トーナメントを観戦した。競技場は勿論満席であるが、外にも、いろいろな屋台のお店がでていて、まさにお祭りを楽しむ人で溢れ返っていた。地元の人も年1回のこのお祭りを家族揃って楽しみにしているようであった。

 

相撲は、512人が参加し、5回戦目から見たが、5回戦は16名ずつの対抗戦で、8戦目が準決勝、9回戦目が決勝にあたる。フィールドの芝生の上で戦うが、土俵はなく、時間制限もないので、とにかく勝負がつくのに時間がかかる。優勝者が決まったのも、予定より1時間半ほど遅れていた。今回優勝した人は、初めてらしく、新チャンピオン誕生ということだそうである。出場者は皆、体格がよく、日本の大相撲でモンゴル力士が強いのも頷ける印象を持った。スケジュールが大幅に遅れたので、閉会式の前に、途中で会場を後にし、ホテルまで約40分歩いて戻った。最後には打ち上げの花火が上がって、祭典の幕を閉じた。モンゴルは馴染みの薄い旅行先かも知れないが、旅行する魅力は十分あるので、一度は足を運んでみたい国である。

 

モンゴル旅行アルバム: https://www.youtube.com/watch?v=F1KS_gK0oJc

 

 

 

(ルフトハンザとの交流)

 

先般、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害され、イランもホルムズ海峡を封鎖する対抗措置を取ったが、その後もアメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が継続され、情勢の見通しが全くつかない状況にある。今や問題国となっているイランだが、イランといえば、30年前に東京でイラン航空と卓球の友好交流をしたことを思い出す。

 

1980~2001年まで22回にわたって、WOFIA(Wings Of Friendship Inter-Airlines)という航空会社(約15社)間の友好卓球大会が世界各地で開催されていたが、それとは別に、バイラテラルな個別の会社との親善試合を4回ほど経験したことがある。3回は東京において、1回は中国(北京・杭州・上海 1983年)においてである。その東京での1回がイラン航空とである。東京での3回の親善試合の思い出は下記の通りである。

 

1 カンタス航空  1977年

 

  入社して7年、東京勤務になってから3年しか経っていない時期であったが、羽田にて親善試合の機会を得た。試合のことはあまり覚えていないが、試合後、近くの会社のラウンジ施設での懇親会で親しく交流したことはよく覚えている。メンバー間の会話を円滑に行うため、英語のできる友達にお手伝いしてもらった。 

 

2 ルフトハンザ航空 1983年

 

  1983年4月に東京で開催された第37回世界卓球を観戦するために、ルフトハンザのフランクフルト卓球チームの6名が来日したが、ルフトハンザ日本支社の広報から親善試合の申し入れがあり、5月7日に実現したものである。羽田で30人を超える仲間が集まり、親善試合を行った後、新宿で懇親会を行ったと記憶する。たまたま2年後に、自分自身がフランクフルトに転勤になり、その時の来日メンバーのリーダーの紹介により、同じクラブチームに所属し、4年間も一緒に卓球を楽しむことになったのは不思議な縁であった。彼は、今ハンガリーに住んでいるが、今でも交友が続いている。また、その時の日本支社の広報担当者ともその後もいろいろ縁があり、交友が続いている。

 

3 イラン航空  1996年

 

  イラン航空日本支社のメンバーから親善試合の申し出があり、イランの首都テヘランから何人かのメンバーが来日し、1996年に親善試合が実現した。イランというと今では、問題の多い国というイメージが強いが、その当時は、友好国という印象でイラン航空も普通に日本に乗り入れていたので、残念な思いである。2011年11月以降、成田-テヘラン線が運休したまま現在に至っているようである。親善試合後は、彼らが手配した都内にあるイランレストランで懇親会を行ったが、アルコールのない懇親会は初めての経験であった。次回は、是非テヘランに来てほしいと要望があったが、政治情勢もあり、残念ながら、実現することはなかった。トランプ大統領が正気を取り戻し、早く戦争が終結してくれることを祈るのみである。

(江戸名所四季の詠 御殿山花見之図)

 

2か月位前、テレ朝の「グッド!モーニング」という番組で、浮世絵に描かれている場所が今どうなっているかを訪ねるという散歩企画が放映され、興味が惹かれた。江戸時代に盛んであった浮世絵には、「江戸名所図会」の挿絵とか歌川広重の「名所江戸百景」とか江戸の名所が描かれたものが多数あるので、実際はどんなところか好奇心が沸いてくる。グッド!モーニングでは、アナウンサーが浮世絵を手にして現地を訪れていたが、自分でもやってみたい衝動にかられた。

 

「江戸名所図会と浮世絵で歩く東京」(堀口菜純)という本がこの時紹介されていたと思うが、「浮世絵でたどる!江戸の凸凹地形散歩」(渡邉晃著)先日図書館で借りることができたので、興味深く目を通してみた。江戸時代に描かれた浮世絵をもとに、江戸の名所として庶民に親しまれていた江戸の凸凹地形が現代の東京の風景のなかではどのような姿をしているのかをたどることで、現代の東京に潜む江戸を体感できるという新しい江戸歩き本というか新感覚のガイドブックといえる。

 

本著では、江戸の名所を10のエリアに分けて、浮世絵が描かれた現地に出向き、江戸と現在の地形を検証しながら、その背景に広がる江戸の文化や歴史を読み解くというもの。

 

目次によると、

 

序章 歌川広重「名所江戸百景」を地形で読み解く

1章 湯島天神や神田明神が並ぶ凸凹地形の聖地を歩く

2章 広重の名作が数多く残る江戸随一の絶景をたどる

3章 変わらぬ坂の勾配を感じながら江戸名所をめぐる

4章 北斎も描いた寛永寺と「上野半島」をまわる

5章 江戸城の外濠と内濠が織り成す凸凹地形を歩く

6章 海と台地が生み出した愛宕山や御殿山からの眺望を楽しむ

7章 滝があった!?霞が関や溜池山王で江戸の痕跡を探す

8章 浅草寺・新吉原…微高地が生んだ江戸の歓楽地をめぐる

9章 江戸を発展させた水路と埋め立ての記憶をたどる

10章 現代へ続く埋め立てによって誕生した江戸の開拓地

となっている。

 

東京での桜も満開が過ぎ、お花見シーズンが間もなく終わりを告げるが、上記の内、6章の御殿山界隈の浮世絵については、我が家の近くのエリアであるので、特に興味を持った。歌川広重の「江戸名所四季の詠 御殿山花見之図」「名所江戸百景 品川御殿やま」「名所江戸百景 品川すさき」という3枚の浮世絵を取り上げ、現状との比較で詳しく解説してくれていた。 江戸時代、御殿山は桜の名所として有名であったが、お台場に砲台を建設するため、山の土砂が多く削り取られてしまったため、今は桜はほんの一部しか残っていない。今年も覗いてみたが、桜の本数はやはり少ない印象である。また、御殿山から品川の海の洲崎を臨むことができたようであるが、今では洲崎に残る弁財天(現、利田神社)が当時の面影を残している。 浮世絵は若干誇張して描かれていることが多いが、実際の場所を訪れ、江戸時代に思いを馳せると感慨深いものがある。気になる場所があったら、浮世絵片手に散歩に出かけてみるの面白いと思われる。   

 

  

   

                

(洗足池と桜)

 

今年は、ソメイヨシノの満開ピークに雨模様が続き、5日が最後のお花見日和となった。洗足池の桜も満開を少し過ぎ、花びらも散りかけていたが、孫の誕生祝いを兼ねて、双方の家族12人(大人8 子供4)が集まってのお花見となった。お花見最後の日曜で晴れとはいかないまでも暖かく天候にも恵まれたので、多くの人達が桜に名残を惜しむように詰め掛けていた。昨年のお花見は雨に降られていたと記憶するが、今回は何とか桜の満開と穏やかな天候がうまくマッチした感がある。

 

洗足池は、1282年に日蓮上人が身延山から常陸へ向かう途中、この池の畔で足を洗って休憩したという伝承から「洗足」の名が付いたと言われている。また、この地を勝海舟が気に入って、別邸を建てたり、お墓もある名所となっている。次男家族が池のすぐそばに住んでいるが、すぐ近くに新しくマイホームを建築中ということで、建築現場もちょっと覗いた。お昼の弁当は各自持参で、皆で満開の桜を楽しむことができた。お花見の後は、次男家族の家に移動し、孫のバースデーケーキを皆でいただき、楽しいひと時を過ごした。帰りには、東京科学大学のキャンパスを散策し、ここでも満開の桜を楽しむことができた。

 

 

 

4月1日(日本時間2日)、航空宇宙局(NASA)は、ケネディ宇宙センターから4人の宇宙飛行士を乗せた月探査ロケットを打ち上げた。人類の月面再訪を目指す国際月探査「アルテミス計画」の一環で、有人月探査は約半世紀ぶりとなる。打ち上げから6日後には40万キロメートル以上離れた地球とは反対側の月の周回軌道に到達する予定で、実現すれば人類が到達した最も遠い地点となる見通しだが、今回の探査では月面着陸は行わないという。アルテミス計画では、2028年に月面着陸を目指しているという。

 

人類初の月面着陸は、1969年7月(アポロ11号)で、1972年12月のアポロ17号まで計6回の有人着陸に成功したが、なぜか、それ以降、53年間も着陸をトライしておらず、ネットでは都市伝説が溢れ返っている。53年ものブランクがあるので、技術が伝承されていない恐れもあるが、まずは月の裏側の写真をいっぱい撮って無事帰還してほしいものである。

 

月の公転周期は約27.3日で地球の自転周期と完全に一致しており、月は常に同じ面(表側)を地球に向けているため、地球から月の裏側を全く見ることができない。従って、月の裏側がどうなっているかまさに謎であるが、過去に撮影された写真から、いろいろな憶測が広がっており、ネットでは謎の情報が飛び交い、都市伝説となっている。月の裏側の写真には、自然界では説明がつかない巨大な構造物が写っていたとか地球外知的生命体の前線基地とか古代文明の遺跡が眠る聖域とか奇妙な謎の音が聞こえるとかにわかには信じられない情報ばかりである。下記のサイトでも月の裏側に隠された謎の物体が撮影されていたとかアポロ11号のクルーが目にしたり、耳にしたことが隠蔽されているとか様々な情報が紹介されている。アポロ18号から20号までの計画がキャンセルされたことも謎だし、20号だけは密かに実施されたのではないかという都市伝説も気になる。「月で見つかった奇妙なモノ7選」というゆっくり解説のサイトも気になる。どれもフェイクニュースである可能性もあるが、夢とロマンがあるので、アルテミス計画で早く真実を明らかにしてほしいものである。

 

BBCニュース: https://www.bbc.com/japanese/articles/c6245lrylwvo

都市伝説ミステリー: https://www.youtube.com/watch?v=vHJcOiqHJF0

           https://www.youtube.com/watch?v=bLdsPZpEFVg

月で見つかった奇妙なモノ7選: https://www.youtube.com/watch?v=zSfcCvFyNZ4

 

 

 

ブロッコリーは、4月1日から国が生活に欠かせないと認める「指定野菜」に加わる。1974年のジャガイモ以来、52年ぶりの新たな登録となる。それに最近、スーパーでもブロッコリーの値段がかなり安くなっているので、食べる機会が増えている。ネットでは、多種多様な健康情報が溢れ返っているので、注意を要するが、ブロッコリーの食べ合せについて情報を提供してくれているサイトが目に留まった。AIによると、ブロッコリーは、「栄養の王様」と呼ばれるほど栄養価が高く、免疫力向上(ビタミンC)、疲労回復、便秘解消(食物繊維)、ガン・生活習慣病予防(スルフォラファン)、美肌効果などが期待できるとある。

 

サイトよると、ブロッコリーと一緒に食べてはいけないものは、

 

1      お酢  2 レモン  3 酸味の強いドレッシング

 

で、スルフォラファンが効果を発揮するためには、ブロッコリーに含まれる「ミロシナーゼ」という酵素の助けが必要だが、お酢やレモンに含まれる強い「酸」は、ミロシナーゼの働きを邪魔してしまうからだという。

 

ブロッコリーを加熱調理すると熱に弱い「ミロシナーゼ」は壊れて減ってしまうので、それを外から補ってくれる「助っ人食材」と一緒に食べるとその効果が飛躍的にあがり、最強の「食べる滋養強壮剤」へと進化するという。ブロッコリーと一緒に食べる最強の組み合わせは、

 

第3位 トマト(リコピン)   がん予防において最強のタッグ

第2位 玉ねぎ(ケルセチン 硫化アリル) 血管の掃除、悪玉コレステロールの除去 血栓の防止

第1位、わさび からし・マスタード  ミロシナーゼを補強できる

 

第1位は意外な組み合わせであったが、マヨネーズにからしを混ぜたり、わさび醤油で食べたりしてみたいと思う。また、ブロッコリーの茎は栄養素が凝縮されているので、捨てないで食べるべきとのことである。我が家では、調理しやすいこともあり、ほぼ毎日ブロッコリーを食べており、また、時にブロッコリーの芽もサラダに添えて食べているので、まさに健康増進を実践していると意を強くした。

 

ブロッコリーの食べ合せ: https://www.youtube.com/watch?v=U1vlXlyyEds

 

(桜と桃の花が咲き誇る)

 

毎週月曜日は卓球クラブの練習日であるが、30日は、桜シーズンを迎え、練習は休み、お花見を楽しむことになった。大きな公園だとシートを敷いての大人数の場所取りが難しいので、昨年に続き、戸越公園近くにある桜の咲く小さな防災広場で行った。今回は、幹事がテーブルと椅子を手配してくれたので、体が楽であった。参加者は16名だが、全員60才以上で、80代の人も少なくない。参加費は1000円とし、お酒などの飲み物は持参方式で、お弁当やおつまみはクラブから補助をもらい幹事が一括手配してくれた。

 

毎年、年中行事の一つとして実施しているが、桜の満開に合わせて日付をセットするのが難しく、昨年は3月24日に行ったが、残念ながら、ソメイヨシノの桜はほとんど蕾状態であった。お花見は、天候にも左右されるので、運不運が常につきまとうが、今年は、桜は7分咲きほどになっていて、ピンクと白の花をつけた桃の花も満開で、風もなくポカポカ陽気でお花見には絶好のタイミングであった。

 

普段は、練習だけで交流する機会も少ないので、このようなお花見や宴会や合宿などがメンバー同士の交流を深めるいい機会でもある。個人的におつまみを持ってきてくれる人もいて、「花より団子」で、まさに桜や桃の花に囲まれて、穏やかなお花見を楽しむことができた。

 

品川区には、桜の名所も多々あり、今までにほとんどの見て回ってきた。3年前にはかなり精力的に見て回って、桜の名所50選のユーチューブを作成したほどである。また、桜というと必ず口ずさんで出てくる曲が、竹内まりやさんの「人生の扉」である。曲も素晴らしいが、「満開の桜や色づく山の紅葉を この先いったい何度 見ることになるだろう ひとつひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ ひとりひとり 愛する人たちのために生きてゆきたいよ」という歌詞にはいつも人生の無常を感じる。

 

無常と言えば、若き日の親鸞聖人が9歳の得度式(出家の儀式)の時に詠んだ「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」という無常の歌も心に響く。満開に咲いている桜を見ているといつもこの無常の歌を思い出す。先延ばしはよくないという教訓というか悟りであるが、これから先どうなるかわからないので、しっかりと桜の満開を目に焼き付けておきたい。

 

 

しながわ桜名所50選: https://www.youtube.com/watch?v=g5YHNbaaTqo

 

 

 

3月28日11時に待ちに待った新しい複合施設「大井町トラックス」がまちびらきした。都市生活の新たな共創拠点として、豊かな暮らしを実現するため、地域・企業・行政が連携し、新たな価値を創出している。二つの高層ビルから成り、一つは、“HOTEL &RESIDENCE TOWER”で、もう一つは”BUSINESS TOWER”であり、ビルの西側に広がるTRACKS PARKという大きな広場や二つのビルの間にはCROSS PLAZA、駅側にはSTATION PLAZAという広場も開放された。

 

ホテル・住居タワーには、JR大井町駅に直結する「ホテルメトロポリタン大井町トラックス」というホテルや、「サウナメッツァ大井町トラックス」という都市型スパも同日開業した。また、アウトモール型ショッピングセンターには、約80店舗のショップ&レストランなどがオープンし、クリニック等も追って開業するようである。ビジネスタワーには、中高層部のオフィスを中心に低層部には商業施設や「TOHOシネマズ大井町」という映画館もオープンした。家の近くにこんな洒落た施設が誕生したことは嬉しい限りである。


まず11時のオープニングの30分位前に行ってみたら、入口は駅側はクロ-ズで、TRACKS PARKのところだけで、すでに1000人以上の人が列を作って開場を待っていた。各地から来ている人も多く、驚くほどの人気ぶりであった。会場に入るとどの数あるレストランはどこも長蛇の列で、映画館やカフェも長い列ができていた。敷地内をぶらぶら見学がてら歩き回ったが、敷地からは、山手線の車両基地が一望でき、京浜東北線などの電車が走る風景と相まって、都心の高層ビルの眺望も素晴らしかった。

 

この日は、もともとロンドンから一時帰国している親戚の女性を迎え、我が家で小さなホームパーティを予定していたので、いっしょに14時頃、もう一度足を運んだ。昨年、セブ島旅行で知り合った若い夫妻も縁あってジョインすることになり、新スポットを散策した。14時半からTRACKS PARKのステージで地元の大井権現太鼓のパフォーマンスを見ることもできた。ソメイヨシノの桜の満開も重なったので、大井町トラックスを見学した後、我が家の周辺にある品川寺と海雲寺を見て回った。品川寺では、江戸六地蔵と洋行帰りの梵鐘と樹齢600年のイチョウの木を案内した。たまたま、隣にある海雲寺も年2回のお祭である千躰荒神祭の縁日の当たり、内部まで公開されていた。

 

我が家では、遅い時間に近所に住むもう一人の女性も加わり、全部で6人での小パーティとなった。妻の手料理を囲み、近況や旅行や猫などで話が弾んだが、夜9時には、オープニングイベントの一つとして、約1500機のドローンによるドローンショーがあるというので、帰りがてら皆で、再度大井町駅界隈に見学に出かけた。夜遅い時間というのに、ものすごい数の見物客で溢れ返っていた。約20分のショーだが、JRらしく機関車やゴジラ(大井町近くの八ツ山橋が上陸地点)やお祝いのメッセージ等が綺麗に表現されていた。間近に見るとさすが迫力があり、十分に堪能することができた。本日は、大井町まで3回往復してしまったので、歩数計は25000歩を超すハードなものになってしまった。

 

ドローンショーの一部: https://www.youtube.com/watch?v=xQ3uq28cMo8

 

 

 

3月24日に「よみうりAGELESS DAY2026・春」が開催され、松坂慶子さんのトークショーと由紀さおりさんのトークセッションという二つのイベントの抽選が当たったので、二人して出かけてきました。いつもの会場と違い、今年は霞が関にあるイイノホールという初めての会場であった。このイベントは、春と秋、年2回開催されているが、観覧は450名の抽選制で倍率も高いようである。このイベントは、「AGELESS=年をとらない」をテーマに生活に役立つ情報を提供してくれるので、毎回応募している。

 

出席者は、圧倒的に高齢者ばかりであるが、人気のあるイベントとして定着しつつあるようである。「100歳時代をより豊かに生きるために」をテーマにしており、年齢を重ねても積極的に活動したいと考える「アクティブシニア」の生活スタイルを応援してくれている。日本では急速なペースで高齢化が進んでおり、65歳以上の割合は日本の総人口の30%に迫る勢いというから、この手のイベントの人気ぶりがよくわかるというものである。

 

松坂慶子さんを生で拝見するのは初めてであったが、大好きな女優の一人なので、ワクワク気分でトークショーに耳を傾けた。協賛の中銀インテグレーションの社長との対談という形式で、「人生100年時代を美しく生き抜くために」という演題で、女優歴55年の彼女の生き様を、出演した映画やドラマの思い出を交え、いろいろ語ってくれた。特に印象に残ったのは、「暮らしが楽しみ、楽しみが仕事」という考え方で、仕事と生活を切り離すのではなく、日々の丁寧な暮らしが仕事の活力にになり、仕事での充実感が暮らしを豊かにしてくれているという言葉である。また、NHK朝ドラ「らんまん」で、彼女が演じた祖母が主人公に対し、「雑草という草はない」という牧野富太郎博士(後の本人)の名言を引用したエピソードも紹介された。また、「ありがとう」と「ごめんね」という言葉を大事にしているとかJALのプログラムを利用してウォーキングしたり、旅が大好きとも語っていた。彼女らしい人生観というか生き方であると感じた。彼女は、現在73才のようであるが、とてもそんな年には見えないし、溌剌として魅了的で素敵な美貌は全く衰えていない印象を持った。

 

第二部の由紀さおりさんのトークセッションでは、「あなたの思いを未来に遺す選択肢(遺贈寄付)」という演題で、協賛の日本財団の遺贈寄付サポートの担当者とのトークセッションという形式で進められた。遺贈寄付とはどんなものかの概要説明がメインであるが、由紀さんは歌手生活を通してやってきた様々な社会奉仕活動も紹介してくれた。お姉さまとの童謡を中心とする音楽活動ついてもいろいろ語ってくれた。今回は実現できなかったが、次は生の歌も聴きたいところである。

 

 

(上段は5代と6代のCA 下段は2代と3代の地上職)

 

3月21日、テレビ朝日の「サンド&愛菜の博士ちゃん」の番組に続いて、ドラマプレミアム『森英恵Butterfly beyond』を見た。2026年は、世界を魅了したファッションデザイナー森英恵さんの生誕100年ということで制作された知られざる若き日の奮闘を描くスペシャルドラマで、夜遅くなったが、引き込まれるように最後まで見てしまった。

 

ストーリーの展開は、

 

「厳格な医師の父、薬局を切り盛りする母のもと、島根県ののどかな村で育ち、絵を描くのが大好きで美術学校への進学を希望するも、父に反対され、やむなく東京の女子大に進学する。在学中、戦況が悪化し勤労動員へ。陸軍の造兵廠に駆り出されたとき、のちの夫と運命の出会いをはたした。終戦後、22歳の時、生まれ来る我が子のために洋裁を習いはじめた英恵は、その面白さに夢中になり、スーツやドレスを自在に作れるまでに上達。その腕前を見込んだ夫の勧めで、25歳の時、新宿東口の木造バラック2階にオーダーメイド洋装店“ひよしや”をオープンする。洒落たデザインで店は瞬く間に評判となるが、開店から1年半がたったころ、英恵は結核で体調を崩して入院する。仕事への情熱から病に立ち向かい、健康を取り戻したが、ほどなくして、映画の衣装デザインのオファーが舞い込む。多忙な妻を心配した夫は、英恵に服作りに専念してもらうべく、“ひよしや”の経営を一手に引き受けることを決意し、“クリエイターの妻×マネジャーの夫”という夫婦二人三脚がはじまっていった…。」

 

森英恵さんの半生は、この番組で初めて知ったが、日本のトップデザイナーの一人として、JAL制服のデザインも手掛けていたので、大変親しみ深い。キャビンアテンダントは、第4~6代まで(1967~1987年)、地上職は、第2~3代(1969~1987年)まで、彼女のデザインによるものである。個人的には、ジャンボ導入に合わせて1970年から導入されたミニスカートが基調の第5代の制服が一番印象深い。自分の会社人生と同時にスタートしたもので、テレビドラマ「アテンションプリーズ」で紀比呂子さんが身に付けた姿が目に浮かぶ。当時ミニスカートが流行っていたので、男性陣に抜群の人気があったと記憶する。

 

他にも、1992年のバルセロナ五輪の日本選手団のユニフォームや美空ひばりの復活コンサートの不死鳥イメージの衣装や雅子さまの結婚の儀に着用した礼装をデザインしたことでも有名である。1965年のニューヨーク・コレクションに初参加した際、蝶をモチーフにしたドレス作品により「マダム・バタフライ」と呼ばれたようである。ドラマの中で、親しい交流のあった黒柳徹子さんがナレーションとして、いろいろ彼女について語っていたことも印象的であった。日本のファッションデザイナーの一時代を築いたことは間違いない。