「洞爺湖サミットが終わった後にやるから。詳しい日時はまた後で連絡します。じゃあ、今日は解散」

 監督はそれだけを言い残して、撮影所から出ていった。

 俺たちはそれを唖然としながら見ていた。

 そんな俺たちに誰かが声を掛ける。

 助監督の佐藤だった。

「監督も帰っちゃったし、俺たちも帰ろうか」

 俺はその佐藤の言葉に従って、撮影所を後にした。


 俺は撮影所の向かいにあるマクドナルドに入る。

 そして、レジに向かう。

「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりでしょうか?」

「はい」

「ご注文をどうぞ」

「フィレオフィッシュのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「コーラで」

「かしこまりました。お席にお座りになってお待ちください。お席までお持ちいたします」

 店員との機械的なやり取りを済ませ、俺は席取りを開始する。

 空いている席を探すために店内をぐるっと見渡していると、ある顔が目に入ってきた。

 顔を隠すためにしている黒いサングラスでは庇いきれないほどの整った顔立ち。

 間違いない。あいつは、






⇒「くゐーん」~「ネコ」~


「だめでしょー、そこはもっと険しい顔付きじゃなくちゃー」

妙に間延びした声で監督が言う。
「命取られるかどうかの緊迫した場面なんだからー、真顔でいられるわけが無いでしょー、それに・・・」
更に監督が続ける。しかしそれを聞いている者は誰ひとりとしていなかった。
「だから・・・って、聞いてるの!?」
「へいへい」
役者達の見事なユニゾンがスタジオに響く。
自分は何か考え事をしている監督を尻目に煙草をふかし始める。

俺は役者の仕事に就いて数年が経つ。これまでに出演した映画やドラマも数知れない。
そんな自分にいきなり、この映画の仕事が舞い込んできた。十分なキャリアがある、そんな理由でマネージャーが勝手に契約してしまったのだ。
まあ、普通の役者なら泣いて喜ぶだろう。



しかし俺は世間でいう「脇役」と呼ばれる存在で十分なのだ。そう、小日向さんや大杉さんと同じ部類。
今までの最大の見せ場といえば、ドラマで主人公の落としたみかんをいっしょに拾ってあげたシーンしかない。
それが何故かこのオカマで「気違い」と呼ばれる監督に目をつけられ、主役になってしまった。
そもそも俺は目立つことが嫌いだ。
小学生の頃に行った「一分間スピーチ」というもので、あまりのプレッシャーに耐え切れず先生に殴りかかったこともあるくらい、緊張にはもっぱら弱い。
今のシーンを後でよく見たら、緊張で自分の持つ銃が小刻みに震えていた。
緊張というものは、ミスを生み出し自分を追い詰める。なんとも忌まわしい。

ただ、先ほどの俺の演じた無表情はミスではない。原作で、“主人公はいつでも無表情”と表記されている。
では、何故監督はこの部分を指摘したのか?

・・・この監督が「気違い」と呼ばれる由縁はここにある。
この監督が今までに作成した映画は数十本に及ぶが、原作に忠実な作品は一本たりとも無い。
男と女の純愛ラブロマンスを、ドロドロの六角関係血みどろ愛憎劇にした伝説は業界で後世に語り継がれている
2つ名が「気違い」で済んでいるのはもはや奇跡だと思える。

その監督が考え事をしている間に、出演者やスタッフ達は死んだようにだらけている。

そんな中で一人、場違いなくらいぴしっと立ち監督の指示を待っている男がいた。サムライ役の男だ。
サムライ役の男は、まさに「サムライ」を演じるために生まれてきたような、無愛想で、不器用な人間である。
プライベートで誰かと喋っている場面を見たものは、誰もいない。
スタッフや出演者の間で、のっぽさんとあだ名がついたぐらいだ。
こんな人材を見つけてこれるとは、監督も流石だな。と、最初で最後の監督への敬意の念を心の中で呟く。

「じゃあ集まってー」

やはり間延びした声で監督が言う。
自分は半分くらいになった煙草を消し、監督の近くに重い足取りを一歩、また一歩進ませていく。

この次のシーン15はサムライが超重力を駆使して周りの木々から石を押し潰すっていうシーンなんだけど」
今までに監督が だけど という接続詞を使った際に、まともなシーンが撮れたためしは無い。
今回に限ってもそれは例外ではなかった。


「このシーンはねえ、」














⇒「K」 ~「サミット」~
 見下ろせば、一面が暗く広がっていた。ところどころ光る点も見え、しかし、一様に暗く静かであることは変わり無い。 俺は顔を上げると、視線を動かさずに大きくつぶやいた。

「よぅ、久しぶりだな、サムライ」

 響く特徴的な足音に、振り替えらなくともわかる。カチャ、と言う少し物騒な物音もまた、彼を象徴するものだった。

 後ろには、俺がサムライと呼ぶ、一人の男が立っている。その渾名にたがわず、きっちりと軍服を着込み、帯刀しているだろう男である。性格も、服装の通り。

「お前から現れるなんて、珍しいな。何のようだ?」

 それでも振り返ると、少し予想と反した服装をしていた。彼は軍服ではなくジャージを着込み、帯刀していた。

「……貴様を切りにきた」

 鋭い目つき、まさに侍。

 俺は立ち上がると、仰々しくも腕を動かし、呆れたような表情をする。

「おいおい、待てよ。仇討ちか? 俺はお前の知り合いを切った覚えなんぞないぞ」

「仇討ちではない。主君の命に従っているまでだ」

 サムライはそういいながら、抜刀する。強いライトに照らされて輝く刃のまぶしさに、俺は目を細めた。

「主君、って……隊長か?」

「答える義理は無い」

「愛も変わらず冷たいねぇ、お前は」

 仰々しい態度は、未だ収めない。呆れたような表情を強調させて、俺はサムライに言い放った。

「何とでも言え」

「へいへい」

 さて、そろそろお遊びもやめにしないといけない。

 見れば、さすがに向こうも本気のようだ。サムライが本気と言うことは、これは命がけの舞台のようなもの、と言うことになる。ならばこちらも、しっかりと動かねばならない。

 俺はホルスターに手を当て、愛用の銃を取り出す。そして構え、撃鉄を起こし、狙いを彼に定める。

「お前が本気で来るなら、こっちもその気になるぜ」

「承知の上だ」

「……おい、でも良いのか、ここでやりあって。変なことしたら、俺たちゃ広大な宇宙の彼方まで飛ばされて窒息死だぜ」

 サムライが少しでも逡巡するような顔を見せてくれれば、こいつにも人間さがあるように感じるのだけれどね。

 彼は変わることなく、即座に答えた。

「承知の上だ」

「根っからのサムライってか? なら、始めようぜ」

 そして、俺はトリガーを引き―――

「ストップ!」


 


⇒「バイザー」 ~「超重力」~