ローリング・サンダー・レビュー -19ページ目

ローリング・サンダー・レビュー

映画・音楽・小説・マンガのレビューブログ。

Elephant

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【2000年代、僕が狂った20枚】 第13位

ザ・ホワイト・ストライプス 『エレファント』(2003)


ホワイト・ストライプスは多分、日本人には聴きにくい。ブルーズだから。本来のブルーズは、日本のブルースから連想される昭和ムード歌謡的なものとはまったく違う。ブルーズとは「Blues」であって、「ブルーなこと」すなわち憂鬱なことを歌ったものだ。奴隷として働いていたアメリカ南部の黒人が憂鬱なことを憂鬱なままに歌う歌だから、サビなんてあるわけないしダラダラと単調に長く続く。憂鬱な心に明るい音楽など不要だ。単調に繰り返される憂鬱な歌詞と憂鬱な音楽こそが憂鬱な心を溶かす。

『エレファント』を作っているときにはすでに、ホワイト・ストライプスは故郷デトロイトあるいはアメリカに見捨てられていた。ヨーロッパでは絶賛され、「Seven Nation Army」をW杯で優勝したイタリアチームが合唱したくらいなのに、アメリカではハイプだのなんだのとくだらない批判が絶えない。3曲目「There's No Home For You Here」(ここにはお前の居場所はない)とはまさに彼ら自身のことだった。ボブ・ディランが「Like A Rolling Stone」で「No Direction Home!」(帰る家がない)と叫んだように。ジャック・ホワイトのギターが叫んでいる。うるせえ、黙れ、と。このアルバムは過去のどのアルバムよりもブルーズ色が強い。それはジャック・ホワイトがまさに「ブルー」だったからかもしれないし、誰よりもアメリカンな音楽をやって間違ってるのはお前らだと叫びたかったからかもしれない。いずれにせよ、ここには不健康な精神としてのロックがある。
SAPPUKEI

¥1,800
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【2000年代、僕が狂った20枚】 第14位

ナンバーガール 『SAPPUKEI』(2000)


向井秀徳率いるナンバーガールの超絶2nd。ラストアルバム『NUM-HEAVYMETALLIC』も良いが、個人的にはこの渦巻くようなグルーヴをもつ『SAPPUKEI』のほうが好きだ。ナンバーガールはJPOPに耳慣れた人間が一度聴いただけではわけがわからん。音は汚ねえし、歌は下手だし、歌詞は何を言ってるんだがまったく聞き取れない。正直、未だに何言ってるのかわからん。が、これがだんだんクセになる。独特すぎる言語感覚。殺風景だの、冷凍都市だの、天狗だの、バリヤバイだの、YARUSE NAKIOだの、セイタカソウだの、意味不明なようで何かをえぐり取っているような気がする言葉を連発。その世界観が不思議と統一されていて、言葉がビートを生み出す。ナンナンダコレハ、とわけのわからんものを愛でたがる文学少年少女たちは熱狂し酔いしれた。というのは、半分ホントだけど半分はウソ。歌詞だけをビートの出所だとするのは音楽を語る上では決定的な過ちだ。うねっているのは言葉を含めた音なのであって言葉だけではないし意味だけではない。祭囃子の太鼓のようなドラムや、琵琶法師の三味線のようにうなる轟音ギター。マーキュリー・レヴあるいはフレーミング・リップスで有名なデイヴ・フリッドマンがプロデュースしたにもかかわらず、ここにあるのは不思議なことに洋楽的なものではなくむしろ邦楽、というよりもっとベタッとしたいわば民俗的なもの、日本の地面に貼りついたような音楽でギョッとする。そしてその音は、一種のおどろおどろしさをもった夜の祭りのような、あやしげでうしろめたいような惹かれるような雰囲気を醸し出し、祭りで踊る衆目のように聴く者をトランス状態に陥れるのだ。見事の一言。
ゴリラズ

¥1,280
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【2000年代、僕が狂った20枚】 第15位

ゴリラズ 『ゴリラズ』(2001)


ブラーのデーモン・アルバーンが作った架空バンドの1st。メンバーは全員架空の二次元キャラクターである(ヴォーカルの名前は「2D」。そのまんま)。ブリットポップの波に乗って呑まれて溺れたデーモンの気晴らしのようなこのアルバムは、まさに白人的なものから逃れるかのようにブラックミュージックへ傾倒しまくっている。ダンスミュージック、ロック、ラップ、ヒップホップ、ハウス、パンク、ラテン音楽などを取り込みながら、ベースは常にダウナーな重低音ビート。雰囲気は常にジャングルなムード。

レディオヘッドの『OKコンピューター』に衝撃を受けて洋楽を聴き始めた自分が次に聴いたのは、オアシスの『モーニング・グローリー』(UKロックの定番)だった。いまいちピンとこなかった。その次に聴いたのがなぜかこの『ゴリラズ』だった。邦楽では考えられない音だった。とにかく音が汚い。声はやたらと音を重ねてるし、しかも変な歌い方だし、ラップはやかましいし、ギターはギャンギャンうるさいし、わざわざノイズを入れてるし。が、聴いているうちに、完全にやられた。ブラックミュージックのビートがわかってしまったのだ。音にあえて手垢をつけることの良さがわかってしまったのだ。以来、自分は洋楽にどっぷりハマることになる。

なぜ白人は黒人音楽に憧れるのか?ゴリラズで黒人音楽のビートを知ってしまった僕には、なんとなくわかるような気がするのだ。
イリノイ

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【2000年代、僕が狂った20枚】 第16位

スフィアン・スティーヴンス 『イリノイ』(2005)


なんて心地良いんだろう。スフィアン・スティーヴンスのアホプロジェクト、アメリカ50州のすべてについてアルバムをつくるという「アメリカ50州シリーズ」の2作目。1作目『ミシガン』も素晴らしいアルバムだが、それを超える歴史的名盤。

バイオリン、ヴィオラ、チェロの弦楽カルテットに加え、このアルバムでピョロロロ~♪と特徴的な音を与えているフルートや鉄琴、そしてスフィアンお得意のバンジョーなど、きわめて多くの楽器が使われており、かつそれらがシンプルに調和している。また、ボブ・ディランやブライト・アイズなど他のフォークシンガーにも共通することだが、リズムを尖らせずに大きなうねりで表現することが非常に巧い。たくさんの楽器があってもリズミカルなのは、尖るリズムではなくうねるリズムだからだ。

内省的で静かな『ミシガン』も、外向的で明るい『イリノイ』も、なぜか懐かしい響きをもっている。フォークっぽくもあるし、カントリーっぽくもあるし、もっと言えば民謡っぽくもある。アメリカで生まれた楽器バンジョーを弾き、アメリカのルーツミュージックを歌って、アメリカ50州についてのアルバムを作る。スフィアンほどアメリカ人であることの自意識を明確にするポップミュージシャンは他にいない。2000年代はアメリカが経済的にも文化的にも力を失っていく時代だった。でもね、これを聴いたら、アメリカ文化をバカにするなんてとてもできっこない。それくらいすごい。

2005年、僕は一年中朝から晩までひとりで勉強していた。退屈で苦しく重く、先が見えない吐きそうな日常。気が狂いそうになるところを音楽が引き止めてくれていた。『イリノイ』はちょうどそのときに現れ、僕は気が狂うかわりにまさに狂ったように『イリノイ』を聴いたのだ。
コステロ・ミュージック

¥1,402
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【2000年代、僕が狂った20枚】 第17位

ザ・フラテリス 『コステロ・ミュージック』(2007)


iPodのCMでおなじみ、バラッパバララララ~♪のフラテリスの傑作ファースト。このiPodのCM曲(「Flathead」)ばかりがフィーチャーされてしまう『コステロ・ミュージック』だが、とんでもない、このアルバムの良さは全曲のレベルが平均的に高すぎることだ。全部シングルカットしても不思議じゃない。どれも聴きやすくかつハマる要素があって、洋楽入門としては最適な1枚だろう。

アークティック・モンキーズと同時期に現れたがために、ストロークスの次の世代として括られてしまいがちだが、それも全然違う。フラテリスの音楽はオールディーズだ。ビートルズでもなく、コステロでもなく、オアシスでもない。フラテリスが再現しているのは、それより前の音楽、例えばリトル・リチャードであり、ザ・キンクスだ。ジャケットもチープ、タイトルもチープ、音もチープなのはそのためだ。でもそのチープさが格好いいんだよねー。

3ピースのシンプルな力強い音と、ザ・キンクスばりのキャッチーなメロディにのせて歌われるのは、イギリスロックの伝統的なテーマである「少年と少女の物語」だ。少年たちは少女に家出してコステロの音楽でも聴こうと誘い、少年はいつも寂しく、少女もいつも寂しく、みんなは僕が昨日の夜泣いたことを知っていて、チェルシーは自分の居場所がなくて困っている。永久不滅の普遍のテーマ。

サマソニで観たライブが忘れられないからこんなに高い順位にした。あの異様な高揚感と統一感はなんだったんだ。パンクキッズも、ロック野郎も、テクノボーイも、全員が踊り狂っていたような気がする。フラテリスがジャンルの壁を超えているのは、オールディーズがもつ普遍性を彼らが手にしてしまったからだろう。知らない人たちとみんなで踊った思い出の1枚。
Modern Times

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【2000年代、僕が狂った20枚】 第18位

ボブ・ディラン 『モダン・タイムズ』(2006)


ボブ・ディラン44作目のアルバム。発表当時、ディランは65歳。まったく、クリント・イーストウッドとボブ・ディランには本当に頭が下がる。衰えなど微塵も感じさせない。80年代に過去の人になりさがったディランが2000年代になって輝きを取り戻しているのは非常に面白い。ディランが変わったのか、時代が変わったのか。ディランが音の生々しさを取り戻しはじめたのは『タイム・アウト・オブ・マインド』(1997)からで、BECKが提示したローファイやロックンロール・リバイバルとどこかでリンクしているのだろう。不思議なものである。

さて、本作『モダン・タイムズ』はかなり渋いアルバムで、ディランファン以外はまず手をつけないだろう。夜に聴くとたまらなく良いと言えば、少しは雰囲気がわかるかもしれない。ブルース・カントリーなどのルーツミュージックを基調としたセッションだが、このグルーヴ感が抜群に良いのだ。古い音楽を新しく響かせるのはディランが生涯行ってきたことで、まさに芸の極みと言ってよい。しわがれたディランの歌声は、当然かつてのディランのものではない。しかし甘くささやくようなその歌声は、かつてのものとは別物として素晴らしい。ディランの45年の偉大なキャリアの中でも、ナイト・ミュージックとしてならばこのアルバムがベスト。

前作、『ラヴ・アンド・セフト』は2001年9月11日に発表された。奇しくもあのアメリカ同時多発テロの日である。どこか軽やかで楽しげだった『ラヴ・アンド・セフト』に比べて、『モダン・タイムズ』は静かで、少しメロウで、そしてとてつもなく優しい。9・11でディランが傷つかなかったわけがない。それなのに、これまででもっとも優しいディランの歌声を聴くたびに、僕はなんだか泣きそうになるのだ。
The Age of the Understatement

¥1,902
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【2000年代、僕が狂った20枚】 第19位

ザ・ラスト・シャドウ・パペッツ
『ジ・エイジ・オブ・ジ・アンダーステイトメント』(2008)


アークティック・モンキーズのアレックス・ターナーとラスカルズのマイルズ・ケインがふたりでスコット・ウォーカーのコピーをするためにつくったのがこのユニット。そんな気晴らしのようなサイドプロジェクトによって生まれたこのアルバムは、古典的であるがゆえに誰もが聴いたことがあるようで、しかし同時に現代的であるがゆえに誰も聴いたことがない、すさまじい作品となった。

このアルバムは多分、2000年代のポップミュージックのどんな潮流にも属していない。似たものがないのだ。スコット・ウォーカーに影響を受けたミュージシャンはトム・ヨークなどきわめて多いのだが、ここまで直球で取り込みつつ、自分のものにしてしまったミュージシャンはいなかった。60年代の歌謡曲のメロディと、スコット・ウォーカーのヴォーカルの影響と、アレックス・ターナーの独特のラップロック節と、ロック調のギターリフと、過剰すぎるほど重層なストリングスと、あえて古臭さを出したエコーをきかせた録音と、テクノミュージックらしいシンプルな音から多重の音への移行という曲の構成と。しかし何よりも素晴らしいのはやはり、単純に歌・曲の良さだ。ふたりのメロディメイカー・ヴォーカリストとしての能力の高さを存分に発揮している。それにしても、このアルバムの特徴を挙げれば挙げるほど、いかに自由に作られているかを再認識する。

なぜ、こんなにも古典的で現代的なアルバムが生まれたか。それは元々歌謡曲のベースを有するふたりのロックヴォーカリストがスコット・ウォーカーという古典に出会い、それを自分たちでやろうとしたときにジェームズ・フォード(テクノっぽい人)とオーウェン・パレット(クラシックっぽい人)を協力者に選んだからだ。そしてそれは、彼らにとっては何ら不思議ではない、自然なことだった。

僕たちの世代は、何かにこだわらない。それが古典だから良いとか悪いという判断はしない。古典であろうと流行のものであろうと良いものは良いし悪いものは悪いという判断をする。名をとらず実をとり、良いものならばこだわりなく文化を消費していく。そしてこのこだわりのなさが、これまでであれば容易には交わらなかった文化を軽々と交えさせてしまうのだ。ロックもポップもラップもテクノもクラシックも歌謡曲も、良いものを全部軽々と取り込んだこのアルバムは、僕たちの世代の文化に対する姿勢と、その姿勢によってこそ生まれる新たな文化を存分に示している。
ブリング・エム・イン

¥1,294
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【2000年代、僕が狂った20枚】第20位

マンドゥ・ディアオ『ブリング・エム・イン』(2003)


ロックの世界では辺境と言ってよい北欧スウェーデンから現れ、なぜか日本でだけバカ売れしたマンドゥのファースト。当時、洋楽のロックをまともに聴いたことのなかった自分は、川西池田HMVの試聴機でこれを聴いて震え上がった。ギャリギャリと直接的に響くギター。あまりにも粗削りなサウンド。あえてノイズを入れたヴォーカル。それでいて至極ポップなメロディ。いま思えば、この試聴機の前で震え上がったときこそが、自分が「ロックンロール」を初めて体験した瞬間だった。

「ガレージロック・リバイバル」なーんていう言葉で、ストロークスなどと一緒に括られてしまうマンドゥだが、同時期に現れた他のバンドと明確に異なることがある。それは、ビートルズからの影響度。マンドゥ・ディアオは直系と言ってよい。ポップなメロディにロックなサウンドをのせるのは、初期ビートルズがやっていたこととおんなじだ。ビートルズの遺伝子を色濃く継いでいるからこそ、同じくビートルズ遺伝子を有するミスチルファンの自分は入り込みやすかったのかもしれない。

いずれにせよ、自分がロックンロールに目覚めてしまったのはこの1枚が原因である。このアルバムは名曲ぞろいだと言い切れるが、完成度は高くはないから一般的にはあまり評価は高くないだろう。だが、そんなことは知ったこっちゃあない。自分がハマったのはむしろ粗削りであるがゆえであり、とにかくこの1枚から自分はどんどん狂っていくのである。自分にとってのロックの初期衝動は、この『ブリング・エム・イン』にある。僕を狂わせはじめた決定的な1枚。

カブのイサキ 1 (アフタヌーンKC)/芦奈野 ひとし

¥560
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地面が10倍になった日本が舞台。
隣町が遠いので、買い物に行くにも飛行機で行く。

どこか終末観がただよう世界で、
人々はゆったりと生きている。
別に何も起きない。
飛行機にのってちょっと出かけるだけ。
なのに、何度も読み返してしまうのはなぜだ。

このマンガの旋律は、ターンAガンダムに似ている。
空は広く、風はゆったりと流れる。
そうか。そういうことか。
空が広いこと、風がゆっくり流れることが、
とてつもなく嬉しいんだろうなあ。
広い空の下では、人は笑うじゃないか。

「イサキ、うちのカブに乗るときは
 目的地とか・・二の次だからね。」

ハムバグ

¥2,089
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平均年齢23歳でここまで老成するとは、
とビックリするくらい渋い3枚目。

アークティック・モンキーズのスゴさは、
凹凸をクッキリつけたリズムと、
ラップ感覚でのせる言葉の疾走感だったが、
この3枚目ではどちらもあまり見られない。
遅いのだ。
2枚目であれだけ速くなったのに。
クイーンズ・オブ・ザ・ストーンエイジの
ジョシュ・オムがプロデュースしたらしく、
ヘヴィではあるが、凹凸感が少ないのはもったいない。
アメリカのハードロックはうるさいけど凹凸がないんだよなあ。

とケチをつけつつもこのアルバムはやはり良い。
これまでの良さとはちがうのだからすごいじゃないか。
このアルバムは、歌モノです。
アレックス・ターナーの歌声はこれまでにも増して良い。
2曲目なんて、僕はなぜかトム・ウェイツを思い出した。

アークティック・モンキーズはとにかく媚びない。
同じものは二度とつくらないという気構えと、
それを実現してしまう実力に脱帽する3枚目の佳作。