「転校生気質」が例えばどんなものかというと。

固い言葉で言えば、”環境適応性”があるとか
子どもの頃から、”お一人様”慣れしてるとか
人それぞれ(転校生それぞれ)に特性はあるのだろうけれど、
概して、
「周囲が自分に関する情報を持っているのに対して
 自分は周囲のことを何も知らないという環境に放り出され
 その好奇心と偏見と期待の視線の中において
 圧倒的に不利な状況から
 周囲に関する情報を集め、状況を見定めて行くというスキルをもっている」
というようなことが言えるのではないかと思います。


なぜなら
「自己紹介」なるものを
たったひとりでやらなくてはならない場面が多く。


小学生の頃なんかは、
生誕地から家族構成から習い事から好きな食べ物から何から書かされ、
それが先生の手によって学級通信に載せられて、
クラスメイトのご家庭にまで、転校生の個人情報がダダ漏れ。


転校生っていうのは、その中で、
隣の机の子から、整列したときの前後の子から、
通学路で一緒になる子から、
ひとりひとり、地道に、
個人的にインタビューをしたり、観察をしたりして、
誰と友だちになれそうか、なるべきか、
誰が権力を持っていそうか、
誰が先生の”お気に”なのか、
誰が運動ができて、誰が勉強ができて、
誰がモテモテなのか、
などなど、
見定めなくてはならないのですから、
不公平です。


わたし個人的には
そういう子ども時代のせいで(おかげで?)
何だか便利で時に厄介な観察眼が、
そしておおよそアイデンティティのような観察眼が、
身に付いたのかもしれないのですけれど。


何で突然こんな話かというと
就職とか転職とかも大体似たようなもので、
新たに職場に入るときには
自己紹介シートなるものを提出させられ、
掲示・回覧させられ、
自分に関する事前情報満載の中で、
自分はまったく知らない人たちの中に入り込んで、
社内人脈を切り開いて行かなくてはならないという状態からスタートするんだなぁと
久々に、春からの組織生活について思いを馳せたりしてみたり。


書いたんですね、先日、自己紹介シートを。
3社目だから、3回目。


このところ、そういうことやっていなかったから…

お気に入りの映画とか
好きな音楽とか
最近ハマっていることとか
「一言!」とか
改めて、「公的に」書く、となると、
結構、まごまごするんだなぁ。


といいつつ、
本格的にまごまごする時間もない時間で提出しなくてはならなかったので、
えいや!
と書いて、提出してきました。


そもそも、公的も私的も、
ごっちゃな行為ですよね、この自己紹介シートの質問項目って。



尊敬する人、という項目があったので、
とりあえずマハトマ・ガンディと書いたり…
そんな感じの自己紹介、
3月の声を聞けば、4月入社の面々として、回覧されるのでしょうか…
危険人物視されないといいんですけれど。


わたしだって
どんな人が中に居るのか、
同じ項目に答えてもらって、知りたいのですけれど、
転校生・転入者(転職者)が抱えるこの不公平は解消されえないので、
また一から、
人と繋がっていかなくてはなりません。


ガンディの言葉を胸に、ぼちぼちがんばりますかお


We need to be the change we wish to see in the world.
(By Mahatma Gandhi)



わたしたち兄弟がそれぞれ2歳頃の音声を、
ハハがテープに録音していた。


…我が家には当時、ビデオがなかったもんで…


お金もあんまりなくって
機械オンチだった若い母親の、
アイディア満載の音声テープ。


今朝、ハハが、
「テープ」なんてもの、そのうち聞けなくなっちゃうんじゃないかしら、
機械もなくなっちゃったり、すり切れちゃったりねぇ?
CDに移したり、できないのかしら?
とか言いながら、おもむろにどこかから取り出してきたので、
とりあえず、カセットデッキでテープを流しながら、
iPhoneで、録音して、Macに移す、
という、何だかごく原始的な(ラジオをテープに録音してたときみたいな)応急措置を。


どっか業者さんとかに頼めば、データのデジタル化とか、
できるんでしょうけれどね??
(現代において、当時のハハと同レベルにオンチ?? 否、そんなこともないと思うけれど…)


それで、
初めて、聞いたのです。


自分の、1歳8か月頃の声とか、
幼い弟たちの、声とか。
(それに混じる、少し成長した自分の声、とか。)


正直、意外で。


意外以外の何でも無い、
よくしゃべってる声、甲高い声、
舌ったらずの声(本当にタ行が言えなくて「ちゅ」とかなるんだなみたいな)
笑い声。


そして、
今と変わらない、チチとハハの声。


そう、
チチとハハの声は、
トーンも喋り方も、はたまた収録されているくしゃみの仕方も、
今と変わらない。


当たり前のことだけれど
わたしたちが生まれたときには
チチもハハも、既に大人だったということ…


既に大人だった2人に
わたしたちは
どんどん近づいて行って 忘れて
追い越したかもしれない 追い越してないかもしれない
でもそんなような錯覚をして 感覚をして
生意気に
ずっと前から、今みたいな大人だったような顔をして、
よく喋っているんだなって。


そう、よく喋っている。

決して舌ったらずでもなく。
(もちろん、「ちゅ」とかも言わない。)
時にはむしろ挑戦的でさえある。


急に恥ずかしくなるよ。


ハハと一緒に聞いていたんだけれど
恥ずかしかった。


チチが入ってきたので、
恥ずかし過ぎてテープを止めた。


恥ずかしくって
笑い転げてたら涙が出てきた。



それで感じたのは
月並みだけれど
チチとハハがわたしたちに向き合ってきたように
わたしもチチとハハに向き合っていかなくっちゃなということと
いつかわたしが子どもをもつことがあるのなら
写真もビデオもいいけれど
音声だけの記憶もいいのかもしれないということ。


声の記憶
音の記憶が
こんなにも
月日の流れを感じさせるものだとは思わなかったから。


今と変わらないチチとハハの声やくしゃみや
チチの好きなJAZZが流れる(レコードの!)、
多分休日の午後の、お茶碗がぶつかりあって、
お風呂場にお湯が汲まれて行くような、
狭いアパートで過ごしていた当時の、
その音の世界。


大人の生活の中に
子どもが生まれ出たこと。
その音の中から、
子どもが巣立っていくこと。


今ときっと変わらないもの、変わったもの、
その情景が、
音から流れ出て目に浮かぶその豊かさを
大切にしたいと、思ったのです。


とりあえず

感謝。

そうそう、
わたしは口から生まれ出た娘でした。
この頃
見逃していた日本映画のキャッチアップマラソン(FOXチャンネルみたいな言い回し…)を
やっていて、
最近ではようやく
「おくりびと」を。


リアルタイムで観ていないので、
あれやこれやと評判の偏見があっての鑑賞ですが、
小山薫堂さんのストーリーテリングに、
泣かされ
笑わされ
泣かされ
笑わされ
泣かされ
(題字出現前までのシーンで既に2~3ターンくらい)
笑わされ
泣かされ
笑わされ
泣かされ
笑わされ
泣かされ
笑わされ
泣かされ
笑わされ
(終盤まで続く)


わたしたちの行動の生き様のすべてに
きっと泣きと笑いは交互にやってくるという
冷静な事実について
きっとそうなんだろうなぁって
思いながら観ていた。


わたしはわたしの物語について
涙の瞬間とか 笑いの瞬間とか
瞬間をとらえがちで
まるで物語がそこで完結したかのような気分になり
自分は幸せだとか不幸だとか思う。

けれども
それは生きて行く限り、
紡がれて行くから、
途中で
涙が乾くことも
笑顔に変わることも
ややもすれば爆笑
そういうことも経験するのだけれど、
とりわけ
よその人の物語については
別れたときのその瞬間が
すべての物語になりがちで
あの人は幸せだったとか不幸だったとか。


自分の物語も 他人にすれば
途中で終わった喜劇 あるいは 悲劇。
もしかしたら
誰かの目には喜劇 あるいは 悲劇。
そして
当人には喜劇 あるいは 悲劇、
そのすべてを差し置いて、
「人生だった(である)。」
というわけだ。


悲劇は喜劇で 喜劇は悲劇なのかもしれないな。


今起きた、起きている出来事の
裏の裏の裏の裏をまたまたひっくり返して見てみるやり方で
生き方はきっと面白くなると思う、
それは何となく思っていたことだったけれど、
こういうことだったのかもしれないって
美しい庄内の風景ともっくんとヒロスエと
生と死のテーマが交差する映画に、
思ったのでありました。