今週は、
偉い人へのプレゼンや、
偉い人のいる会議や、
が目白押しで、
心臓がうっ、となったり、
くっ、となったり、
ぐへっ、となったりして、
それに伴って、
血圧がどくっ、となったり、
がくっ、となったりして、
それに伴って、
体温が、きゅーっ、となったり、
しゅーっ、となったりして、
ああ、こりゃあもう、忙しい。

と、いう最中に、
「まだ失うものなんか何もないんだから!」
と、多分に励ますような、アドバイスを受けて、
ふと、考えた。

確かに。

偉い人のプレゼンでミスったからといって、
別に今のわたしには、失うものなど、ない。

プライドは傷つくかもしれないけれど。

では果たして、
「まだ」は、いつ、「今は失うものがある」に、
変わるのでしょう。

ポジションを得たときでしょうか?
経験を積んで、エキスパートと認識されたときでしょうか?
家族を持ったとき?子どもをもったとき?
28歳じゃなくて38歳になったとき?
メンバーとか、部下とかを持ったとき?

信頼を得ているとき?

それって・・・今信頼受けてないってことだろうか。

などと、
考えるとキリがなく、
ポジティブにもネガティブにも、とれる。

ぐるぐる。

来年あたりには、また違う感じ方を、するのでしょうか?
それとも一生、失うもの、を意識しない生き方を、するのでしょうか?
誰が誰に似ている、っていう会話は、
なかなかつかみ所がなくて、苦手。

あまり、「そうそう」って思うことがなく、
かつ、異常に正直なわたしは、
滅多に同意することができず、
しかも、
似ているといわれて、
嬉しいものか、悲しいものかを一瞬のうちに推測しようとして失敗するため、
「そうですねぇ」、
などと気のない返事でその場をしのぎ、
結果的には、
ノリの悪い人か、
はたまた性格の悪いひとだと思われがちである。

でも、
きれいだったりかわいかったり、
かっこよかったり素敵だったり、
結構基準って人によって変わりますから、
何に似ている、といわれて、
嬉しいか傷つくかも、わからないじゃないですかねぇ?

余計な心配はしたくないわけで。

というわたしは最近、
玉木宏とヨン様って、
笑顔が似ていると思っています。

・・・どうでもいいといえば、
これもまた、その程度の「発見」ですが・・・
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関西にいて気付くのは、
広告やポスターに使われている言語が、
話し言葉である、ということである。

より正確にいうと、
いわゆる関西弁というか、
つまり、このエリアにおける〈標準語〉が使われている。

特に、行政系のものに、多く見受けられるのは、
「より、受け入れられやすい方法」
を、模索しての結果かな。

例えば、
・チカン、あかん。
(鉄道警察系)
・ひとりで悩まんと、電話してきてや!
(児童相談所系)
・ルールを守って出してや!
(ゴミ系)
など。
えてして命令口調になりそうな内容だからこそ、
話し言葉を使う方が、
すんなり入るんでしょうね。

…あるいは、発信側に、
もはやそこまでの意識なく、
「標準化」してる?

うーん、その可能性もありき…。

いずれにしても、こういう傾向って、
やっぱり関西特有だなぁ、
と、思います。

最近、地方改革まわりで、
地元のことばを使うのが流行っているけど、
(例えば、宮崎県知事の、あまりに有名な「どげんかせんといかん」、)
ここまで浸透・徹底されているのは、
あまりないでしょうね。

「あめちゃん」の広告は、
行政のではないけれど、
これが全国版の広告だとして、
関西圏だけ「あめちゃん」バージョンを作成しているとしたら、
一体、このバージョンに承認を得るために、
例えば、本国の本社に対して、
どんなプレゼンしてるのかしら、
などと、
外資系ならではの滑稽な風景を、
妄想しちゃったからなのでした。

うーん、
カルチャーしてますな。