Rollingcatのブログ
今をときめく放送作家・脚本家の小山薫堂さん。

絵本の翻訳もしているんですよ。
知っていましたか??

先日、送別の品に、と、デザイナーのお姉様からいただいた、
『まってる。』

もとはフランス語で描かれているその本の装丁も、
斬新でびっくりしたのですが、
淡々と繰り広げられる人生の出会いと別れについて、
それでも、
わたしたちが、常に「つながっている」ことについて、
シンプルに描かれていて、
思わず、涙してしまいました。

何だか人生って、
「迎えに行っている」
つもりで動いていたけれど、
わたしたちの行動そのものにはいつだって限界があって、
「迎えに行っても、やって来なければ、一緒に帰れない」。

だから、
結果的には、
「相手がやって来るのを、待っている」
のですね。

そういうメッセージと、受け止めました。

人間が、すべて思うようになると思っている傲慢と、
ひとりの人間にはどうしようもないことが起こる現実と。

そういうとき、
もがくと、苦しくなるんですよね。

だからきっと、
じたばたせずに、
受け入れようと。

普段、一生懸命に生きているからこそ、
「受け入れる」ことの自然を、受け入れたときに、
強くなることを教えてくれる、そんな絵本です。

自分が、一体何を待っているのか?
考えると、日々のフラストレーションが、解け行くかもしれず、
また、日々の出会いにも、別れにも、感謝できるかもしれず。

オススメです。

こんな素敵なプレゼントをくださった、姉さんにも、
改めて感謝。

わたしがたぐり寄せる糸は、
どこにつながっているのか。


荷物の山と埃にまみれながら、
先輩に借りっ放しになっていた、
リリー・フランキーの『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
を読んで、号泣。

ノーメイクはおろか、
汗でべたつく顔面が、
涙でべたつき倍増で。

少年になみなみならぬ感情を持っているわたしとしては
(変な意味ではないので誤解なさらぬよう)
少年が育つ、その過程にも、いろいろと思うところはあるのですが、
それよりも何よりも、
今の心境としては、
最後のあたりの、「好きなものを好きと堂々ということ」の節に、
共感をして。

「母子家庭やったけん、子供の頃は、
おまえマザコンやろうち言われるのが
好かんでからオカンの話を人にようせんかったよ。
でも、なんで大切な人のことを想うていかんのやろうか? 
なんで好きな人のことを話して、
気持ち悪いとか言われんといけんのやろうか。
今でもようわからん。
そげんことを気にしとってから、
オカンに優しいことも言うてやれんかたかもしれん。」

例えばこれを、
母親じゃなくって(…って、この本の根幹ですが…)
何か別のものに変えたとして、
ものすごく、大切な気持ち、気づきだと思うわけです。

好きなものに、気づこと。
その好きなものを、とことん好きになること。
周りになんと言われても、
どんな目で見られても、
好きなものを好きだと宣言できる強さ。

それができるタイミングが来ることが、
早ければ早い方が、
より幸せな人生を歩めるような気がする。

例えば、
俳優さんとか、すごく若い頃から、その世界に入りたくて、
好きなもののために努力をして、
どんどん自分の活躍の場を広げていっていることとか。

例えば、
会社や組織で、肩書きが欲しいとか、
そういうことも、隠さず宣言してたりする人の方が、
逆境に強かったり、実際出世が早かったりもするし。

自分を顧みるならば。

わたしは昔、
そういうことができなかった。

つまり、
本当の自分の好きなことを、
隠していた、
思春期があって。

その期間が、
自分の将来を決める、
とても重要な期間であったにも、
関わらず、
今思えば、
切ないくらいに、
自分のすべてを、隠していた時期があります。

それは、
勝手に自分が決め込んだ、
狭い世界に、
身を置いていたから。

外の世界を、
知らなかったから。

今更それを悔やんでも仕方がないのだけれど、
ことあるごとに、
やっぱり悔しいと思うことがあって、
もうそういう思いを、
二度としたくないと思っています。

だから、
好きなことやものを、全力で、宣言しようと、
思っている。

一番かっこわるくて、
大変で、
でもきっと、
幸せなんじゃないかって思う。

自己満足かもしれないけれど、
じゃあ一体誰に、何に、満足させる?

ちょっぴり遅い気づきかもしれないけれど、
ちょっぴり遅い思春期再来かもしれないけれど、
改めてこの気づきを、
大切にしていこうと、
思っているわけであります。

リリー氏の本に、
リリー氏の宣言に、
改めて、引っ張り上げられた!

イギリスの学生ビザがおりました。

ほっ、と、一安心です。

この4月からシステムが変わったとかで、
必要書類や審査時間・内容について、
各留学サービス機関のWebやら、留学人たちのblogやらで、
あれやこれやと情報が錯綜。

わたしも仕事をしていたりで時間もなく、
あこぎな商売だと思いつつも、エージェントにお金を払い、
必要書類のチェックやら翻訳やらをしてもらっていたのでした。

結果的には、自信をもってapplyできたし、
最低でも3週間はみた方がいいと言われていたものの、
1週間とちょっとで却って来たので、
よかったです。

…それにしても。

学校に行くのは13ヶ月の予定だけれど、
一応、向こう3年分くらいの期間の認可がされていて。

ふと、その日付を見るたびに、
この頃に、
いったいわたしは、
どこで何をしているんだろうと思うと、
不思議な気持ちになって。

先の見えていない自分が、
今は心地よかったりします。