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ろ~るのヒトリゴト

キタオヒ◇ユキ OFFICIAL BLOG

音楽制作の意欲は必ずしも素晴らしい音楽によって沸くものではない。

 

ミュージシャンでありながら、恐らく周りに比べて極端に「音楽」を知らないのが私だと思う。

 

否、少し一般と比べて音楽に偏りがあると言った方が正しいのかもしれない。

 

。。。。いやいや、そういうことが言いたいのではなくて

 

 

現在、また新たな曲を作っている段階なのだが

 

冒頭でも触れたように、「作りたい」と思ったきっかけが音楽でないこと。

 

最近、星の写真撮影をし始めているのだが、幸運にも3回目ぐらいのトライで「天の川」の撮影に成功した。

 

。。。が、きっかけです。

 

作りたくなる理由はこれで十分でした。

 

翌日にはメロディーの妄想がはじまり、ギターを弾いて伴奏の雰囲気を探ったり。

 

明日の定期キャスで少し音源をご披露出来るかと思います。

 

 

昔にも綴った覚えがあるが、ソングライティングの意欲は

 

心の大きな動きによって発するものであると考えている。

 

恋愛の歌が多いのも、それを経験することにより心が上がったり下がったりを繰り返すケースが多いから。

 

普段生きていて、心が大きく動く瞬間のエンカウント率はかなり低いと思うし

 

それこそ恋愛関係の沙汰ぐらいしか見当たらないのかもしれない。

 

 

そういう意味では多趣味である自身の性格に、遅まきながらも感謝すべきかと。

 

やりたいことが多いが故に、未だやり得ていないことが沢山あるわけで

 

そこに辿り着いたときにはまた新たな音楽が産声を上げるのだろう。

 

音楽以外をインプットすることによって、結果的に違う角度からソングライティングが可能になる。

 

グッドミュージックをインプットしてしまうと、どうしてもグッドミュージックの余韻を残したがる傾向がある。

 

それはそれでまた新しい音楽として素晴らしいのだけどね。

 

音楽以外のインプットは、より純粋に溢れた音を表現出来るはず(と言い聞かせている)

 

 

 

365日音楽に没頭している最強ミュージシャンもいるし

 

150日音楽するために215日音楽とは別のことしてるミュージシャンもいる。

 

後者は完全に超売れた大御所がすることなんだろうけど。。。。汗

 

今はそれでも許しておくんなまし。

 

 

 

ってなわけで、偏りだらけの音楽自論でした。

 

 

 

 

あ、ちなみに今回の新曲は

 

instrumental

 

です。

 

 

 

せわしなく忙しい毎日というわけではないが

 

そんな日々のなかでも、重ねていくうちに何処かでバランスが悪くなって

 

心や頭がみるみる散らかっていく。

 

何をするにも怠慢になり、ふとしたことで感情が激しく起伏したり。

 

そういうとき何かしらスッキリしたいという願望が芽生えてくる。

 

とはいえ、私の部屋は(物は沢山あるが)そこまで散らかっているというわけではない。

 

なので、弟が昔使用していた現在は親父と私の物置兼衣装兼まさるの部屋と呼ばれる場所を少し整理してみた。

 

雑に放置しておいた箇所をキチンと整理するだけで、ある程度スペースを稼ぐことができる。

 

しかし、さすがは物置兼衣装部屋。

 

収納するスペースがほとんどない為、フリースペースがほぼない。

 

以前、大処分祭を行ったはずなのに、未だ飽和状態である事実は否めない。

 

 

個人的野望としては、第2のマイルームを目論んでいるのだが

 

野望達成までまだしばらく時間が掛かりそうだ。

 

せめて年内までにはスッキリさせたいところ。

 

 

 

とまあ、ここまででもある程度リフレッシュ出来てるのだが

 

PC清掃の為に埃部屋になった現マイルームの掃除もついでに敢行。

 

さらに見て見ぬふりをしてきた窓の清掃も。

 

清掃後、久々にカーテンを開放してソファーから窓を眺めると

 

大きな額に空が描かれたような錯覚に陥った。

 

こんな最高の部屋にいることをしばらく忘れていたことが、とても勿体ないような気がした。

 

それとともにまた、こんな贅沢な場所で過ごすことが出来る自分にしばらく酔いしれていた。

 

「よっしゃ頑張ろかいっ!」

 

って心が洗われて、アイロンでパシっと整った感覚。

 

元々

 

 

散らかった部屋=キタオ

 

ぐらいに周りから代名詞化されていた私だが

 

今となっては遠い昔の話である。

 

。。。。

 

。。。

 

 

。。。

 

 

 

知らんけど。

 

 

 

 

8/6で親父の73回目の誕生日を迎える。

 

漠然と「一年の些細なお祝いの日」ぐらいの認識で

 

当たり前のように過ぎる日。

 

昨日、眠りに就くとき「73」という数字、年齢をリアルに考えてしまった。

 

人間の平均的な寿命は82、3歳だと認識しているが

 

そこに辿り着くまであと10年だという事実に恐怖してしまった。

 

 

その事実を良い意味で裏切るのか、悪い意味で裏切るのかはわかるはずもないが

 

基本的にネガティブな思考の私は、どうしても悪い方をとってしまう。

 

「もう10年共に生活できるかわからない」

 

父方の両親の寿命を考えると、それはリアルな判断材料となり

 

さらに悲しい気持ちに包まれてしまった。

 

当たり前の存在が、当たり前でなくなる恐怖や悲しさが

 

この時点で降りかかってくる。。。。ということは

 

その日が訪れた時に私の心はどうなるのか。。。。想像もつかない。

 

実家暮らし故、余計にそういう感情が生まれるのだろう。

 

 

以前から、「何かをしてあげなきゃ」「これから一層孝行しなきゃ」

 

みたいな思いがあるのだが、「一人遊びマスター」の彼を目の前にすると

 

その術が全く見当たらなくなる。

 

結論付けるには早すぎるが多分

 

「やりたいように勝手に遊ばせておく」

 

のが一番の孝行なのかもという想定はしている。

 

無責任極まりなさそうな行いなのかもしれないが、何となく息子の勘として。

 

 

とまあ、何か悲しいことばっかり言うてますが

 

今年も元気に誕生日を迎えることが出来るのは、素直に喜ばしい。

 

当日の予定ではシースー食べに行くみたいです。

 

どちらも楽しみである。

 

 

。。。。。。。。

 

 

 

 

去年と同じような。。。

 

まぁ、めでたけりゃよし。