ろ~るのヒトリゴト -56ページ目

ろ~るのヒトリゴト

キタオヒ◇ユキ OFFICIAL BLOG




 

サッカーW杯に見事に時間を奪われてるような毎日。

 

劇的な展開が毎日起こっているので

 

すごく見応えがあり、全てのグループを追いかけたくなる程。

 

全試合を視聴できる状況を提供してくれたA〇E〇A様

 

本当にありがとうございます。

 

 

そんななか、我らがサムライブルーの試合も2試合終了しました。

 

ドイツ戦。悲劇の地で奇跡が起こった瞬間は発狂もんでしたね。

 

約100分間、「勝つ」という姿勢が伝わってきて

 

観てるこちらも力が入る。

 

中学レベルの知識なんぞでどうのこうの言えないが

 

単純に攻守ともに全速力でボールを追いかける姿に心を動かされる。

 

観戦した全ての試合にその光景があり

 

日本戦以外はどっちもどっちも応援したくなるような死闘だった。

 

 

唯一、日本対コスタリカ戦。。。。。

 

残念な結果には終わったが、敗北という結果を嘆くというより

 

何だか「死んでも勝つ感」があまり感じられなかった。

 

ただしかし、客観的に私が感じれなかっただけで

 

当事者である選手達は絶対あるんです。そんなこと当たり前なんです。

 

そんな胸の内で燃えている気持ちを汲めず

 

「伝わらん」と文句を言う、「だから負けた」と根拠のない理由を並べる

 

ミーハーファンに成り下がる自分に嫌気がさす。

 

 

難しいんですよね。この「必死感」って。

 

少し土俵が違うかもだが

 

ボーカリストさんが歌を歌うとき

 

顔を歪ませて、首に血管浮かべて、汗ダラダラで歌うのか

 

すまし顔で苦なく華麗に歌うのか

 

おそらく、その姿を観ている聴衆のほとんどが前者の方が伝わると思うだろう。

 

私も前者のパフォーマンスを支持するだろう。。。汗

 

 

しかし、実際歌っている両者の熱量というのはほぼ等しく

 

それが表に出てるか出てないかだけの違いなんですよね。

 

苦なく華麗に歌うことだって相当の精神力、集中力を使いますし。

 

「見えない=気持ちがない」というのは偏った見方だ。

 

スポーツに音楽の例えをするのはナンセンスかもしれないが

 

「魅せる、感動を与える」という意味では共通している。

 

 

そんなことも踏まえて、これからのスペイン戦であったり

 

必死に目標に向かっている人たちの気持ち。

 

ハッキリ見えたり、全く見えなかったりあるかもだが

 

もっと感じ取れるようになれたらなと思う。

 

 

しっかし、これだけ国民を熱くさせる「サッカー」

 

素晴らしいスポーツだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば11月も暮れに入ってきていまして

 

 

2022年も、もうすぐ終わるのだなぁ。。。と不思議な感覚でいてます。

 

 

とはいえ、気温としては比較的過ごしやすい日々が続いてるような。

 

 

今年の冬は寒くなるのでしょうか。。。。

 

 

寒いのは苦手でございます。。。。。。が

 

 

そんな寒さの危惧さえ忘れさせるようなアツい日々が始まりますね。

 

 

否、もう始まってますね。

 

 

サッカーW杯

 

 

全くサッカーに興味がない人には相変わらずの冬かもしれないが

 

 

燃えるような初冬を迎えそうでございます。

 

 

ということで半ば無理やり繋げている感もありますが

 

 

先週、燃える葉っぱを少し狩りに行ってきまして。。。

 

 

場所によってはまだ色付いていなかったり、また別の場所では鮮やかな赤や黄色をまとっていたり。

 

 

今週もまだまだ見頃なのかな。。。。

 

 

タイミング(早起き)が合えばまた繰り出そうと思っております。

 

 

紅葉狩りの素晴らしいところは、自然が作るカラフルパレットですね。

 

 

空の「青」とカエデの「赤」、イチョウの「黄」と茂る「緑」

 

 

彩度の高い色が対になって、幹の「茶」でまとめる様は

 

 

素晴らしいカラーバランスですよ。

 

 

気分も高揚しますよ。。。。紅葉なだけに。。。。。

 

 

 

。。。。。。

 

 

 

 

。。。。。。。。。

 

 

 

 

こういう感じで私も歳をとっていくのだなぁ。。。。

 

 

「おじさん」って呼ばれていくのだなぁ。。。。。

 

 

否、それ以前にフィールネイチャーを満喫してる時点ですでに初老の嗜みなのか。。。汗

 

 

 

少し脱線したが、先ほどの色の話だが

 

 

赤は青がいることでより映えるように、人もそういう関係性が成り立つのでしょう。

 

 

例えば、いわゆる漫才なども「ボケ」と「ツッコミ」があり

 

 

「ボケ」のみだったならその面白さも半減されるだろう。

 

 

キャプテン翼の翼と岬のゴールデンコンビだってそう。

 

 

「役割」や「存在理由」は必ずしも自発的に生まれるものじゃない。

 

 

誰かがいて、その人の魅力が何倍にもなるということをしみじみ感じる。

 

 

その様はまさに秋の景色のよう。

 

 

 

 

さぁ、サムライブルーよ。

 

 

 

秋の景色となれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久々の暖かい雨からようやく「秋」らしい気候になってきた。

 

中途半端に燃ゆる木々も一層鮮やかになってくるだろうか。

 

 

先週、近所のお寺に秋の色を探しに行ったが

 

思いの外、中途半端な感じで

 

「まだ早かったのかなぁ。。。」と残念な気分でその場をあとにした。

 

今年の初秋はずっと快晴が続いていたので

 

「行楽」としては申し分なかったのだが、「秋の景色」としては少し物足りない印象。

 

今週が絶好の「もゆ日和」となるか否か。。。。

 

。。。。てか、ミュージシャンと謳っている野郎が何を呑気に秋を楽しんでやがんだと

 

カワセミばっか追いかけてんだと

 

もう一人の自分がクレームを投げかける。

 

そんな時間あるなら曲の一つでも作れよ

 

歌やギターの練習でもしろよ。

 

 

ミュージシャンなんだから。

 

もう一人の自分のように、こんな風に思っている人も少なくないのかな。。。

 

もちろんド正論過ぎて言い返す余地もない。

 

例えに自分の話をしたが、これがどんな立場だって

 

それに近い「強要義務感」みたいなのがある。

 

昔からの習わしだったりで一般的に思われること。

 

それが自分にも一般論としてインプットされているので、自発的に思ったり。。。

 

接客業で働いてた際も、明らかにお客に非があるのに

 

とりあえず謝るみたいな謎の習わし。

 

男の子でおままごとしてたら冷ややかな視線を浴びるあの風潮。

 

 

ひと昔に比べたら、はるかに多様な見方をしてくれるようになってはいるが

 

堅く偏った思い(希望)というのは続いていくのだろう。

 

 

その型のなか不自由なく出来ている分には問題ない

 

「そういうものだ」と腹をくくっている人もいる。

 

しかし、どうしてもその型が窮屈に感じてしまう人も沢山いるだろう。

 

そこから外れたとき、自分自身はもちろん外部からも疑いの声がかかる。

 

この瞬間が辛いです。

 

自分自身に、そして周りに嘘をついたような感覚です。

 

 

単にその型より自分の思い(希望)が大きかっただけのことなのに

 

罪悪感が走るんですよね。

 

 

多くの人が組織社会のなかで生きているので、こういった

 

「枠からはみだすこと」に制限があったり、禁忌なことであったりするだろうが

 

こういうのが個人的には嫌なんですよね。

 

「〇〇という立場だから〇〇しなければいけない、した方が良い」という

 

謎の習わしは自身で取っ払っていきたいですね。

 

 

自由な立場だからこそ、どんどんはみ出していけたらなと思う。

 

「Let it be」

 

これが我が人生のテーマなのかもしれない。