広島という土地を訪れてから
そして広島の人々と出会ってから
この日の意味というのが色濃くなっている。
逆にいうと、それまで約40年
「何となく」でしかイメージ出来ていなかったわけで
同じ国なのに、こうも認識の深さに違いがあるのかと
恥ずかしい気持ちにさえなる。
だからと言って、何が出来るというわけでもなく
今日と言う日が過ぎればまた、いつもと同じような心境で生活していく。
一方では生涯を通して、色んな場所で訴えを叫ぶアーティストもいて
こういう心の灯が79年経った今も消えずに滾っている。
この火は絶やしてはいけないし、少なくとも私の心にしかと燃え移っている。
伝え方などは人それぞれだろうし
私自身も直接的な言葉を発することはないだろうが
ただ目の前に映る誰かの幸せみたいなものを
大事にしたいし、そしてそれを感じてもらえるように振舞いたいし。
誰かの心の荒波をさざ波ぐらいに出来るぐらいでいい。
私に出来ることなんてせいぜいそれぐらいだろう。
そういう心が伝わっていけば、ほんの少しは安寧な日々も続くのかなと。
「平和」という言葉は私にとっては大きすぎて
その意味を完全に把握することは難しい。
8月6日という日をどう捉えていいのか未だわからずだ。
幸か不幸か、同じ日に私の父親は生まれ
今日、お祝いに寿司を食べに行った。
「誕生日おめでとう」と母と揃えてお祝いを告げた。
ほんの少しの話、ほんの少しの笑顔
家に戻ってケーキを食べ、そろそろ今日が終わろうとしている。
「武力戦争」を反対する声も必要だが
その裏側にあるだろう「おめでとう」や「ありがとう」も
ちゃんと大切にしていけたらと思う。
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8/25(日) 大阪 布施