7月5日 記念日 その2 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

ビキニスタイルの日/ビキニスタイル発表の日。
1946(昭和21)年7月5日、世界で最初のビキニスタイルの水着が発表された。ビキニスタイルの水着とは、世界で最も小さい水着として、フランスのルイ・レアール(「ルイ・リード」「ルイ・レアード」とも)が考案したとされる。ルイ・レアールは、自動車エンジニアであったが、母親が下着会社を経営しており、その手伝いをしている時に、ビキニスタイルの水着を思い付いたという。同じ頃、フランスのデザイナー、ジャック・エイムによって、ほぼ同様の水着が考案され、「アトム」と名付けられている。デザイナーとしては無名であったルイ・レアールに対し、ジャック・エイムは、既に高い評価を得ていたデザイナーであり、そのため「ビキニを広めたのはジャック・エイム」とされることがある。発表当時から肌の露出度がかなり高い水着であり、余りの大胆さから、当初は殆ど着用されず、アメリカでは、1960年代初頭まで、一般的なビーチでは着用禁止とされていた。それでも、現在のものに比べれば、同じ「ビキニスタイル」というカテゴリーであるが、地味なものであった。1946(昭和21)年、太平洋中西部の洋上にあるマーシャル諸島に属する環礁(環状に形成される珊瑚礁[固い石炭質の骨格をもつイシサンゴ類の内、造礁性のサンゴが長い年月をかけて積重なり形成された生物地形])の1つ、ビキニ環礁で、アメリカ合衆国によって、第二次世界大戦後初の原爆実験(クロスロード作戦)が行なわれた。クロスロード作戦は、21キロトン級原子爆弾を用い、エイブル実験(ABLE)とベーカー実験(BAKER)の2回の爆発実験が行なわれた。7月1日のエイブル実験では、核爆弾を高度158m、7月25日のベーカー実験では、水深27mの海中で爆発させている。3番目としてチャーリー実験が予定されていたが、ベーカー実験において生じた放射能が、予想よりも激しかったため中止された。クロスロード作戦は、1945(昭和20)年7月のトリニティ実験(アメリカ合衆国南西部、ニューメキシコ州で行なわれた、人類最初の核実験[核爆弾の新たな開発や、性能維持を確認したり、維持技術を確立するために、実験的に核爆弾を爆発させること])、8月の広島、長崎に続く史上4番目と5番目の核爆発である。また、マーシャル諸島で行なわれた、及び、事前に実施通告がなされた最初の核実験であった。一連の実験の目的は、艦船、機器、各種物質に対する核兵器の威力を検証することであり、約70隻の艦艇が、標的としてビキニ諸島に集められた。この艦隊は、アメリカ海軍の老朽艦やドイツ海軍や日本海軍から接収した艦、アメリカ海軍の余剰な巡洋艦・駆逐艦・潜水艦・補助艦等から構成されていた。接収艦としては、日本海軍からの戦艦『長門』、ドイツ海軍からの重巡洋艦『プリンツ・オイゲン』等が含まれている。核爆発現象を研究するための技術的な実験も行なわれ、生きている実験用動物も使用された。その報道の直後の1946(昭和21)年7月5日にルイ・レアールが、その大胆さが周囲に与える破壊的威力を原子爆弾に例え、「ビキニ」と命名して、この水着を発表したと言われる。「水爆実験に準えた」と誤って言われることがあるが、ビキニ環礁での最初の水爆実験は1954(昭和29)年であり、この水着の発表より後である。ブラジャーに似たトップスと、短いパンツ(ボトム)の組合わせによるセパレート型の女性用水着、ビキニ・スタイルの水着は、日本には1950(昭和25)年に輸入されたが、一般に着用されるようになったのは1970年代になってからである。なお、シチリア島(イタリア半島の西南、地中海に位置するイタリア領の島)にある5世紀頃のローマ帝国時代のモザイクには、ビキニに似た服で運動する女性が描かれている。1975(昭和50)年には、太平洋中央部の洋上にあるアメリカ合衆国ハワイ州ハワイ諸島の3番目に大きい島で、州都ホノルル市があるオアフ島出身の中国系アメリカ人モデルで、主に水着の販売を目的としたキャンペーンガールであり、日本で最初に活躍したグラビアアイドルとされている、アグネス・ラムのビキニ姿のポスターが人気になった。また、1960(昭和35)年には、アメリカの歌手ブライアン・ハイランドが『ビキニスタイルのお嬢さん』という歌を歌い、アメリカで最も権威のある音楽チャート、ビルボードのHOT 100で1位を記録し、日本でもヒットした。この曲のモデルは、作詞・作曲者のポール・ヴァンスの当時2歳の娘であったという。日本では、1950年代後半から1990年代末まで活動したバンドグループ、ダニー飯田とパラダイス・キングの歌でレコード発売された他、歌手・女優の田代みどりや、歌手・俳優・タレント・司会者の坂本九らがカバーした。1980年代中期から後期の日本では一時ビキニが廃れ、トップスとボトムスが繋がっているタイプの水着、ワンピースが復活した。これは、水着メーカーの作り上げた流行にもよる、とされる。再びビキニが台頭するのは、へそ出しルックが流行り出した1990年代中期になってからである。現在、海やプールでは、ビキニを着ている女性は多い。因みに、前から見るとワンピース、後ろから見るとビキニに見える水着をモノキニという。モノキニの「モノ(mono)」とは、1つという意味で、元々ビキニの「ビ(bi)」を2つという意味と看做し、もじったものである。
プラチナエイジの日。
大阪市中央区内本町に本部を置く任意団体、一般社団法人プラチナエイジ振興協会が制定。60歳からの世代を、プラチナのように永遠に輝き続ける世代として「プラチナエイジ」と呼び、イキイキとした人生を送ってもらうことが目的。新しい還暦祝いのスタイルとして、「プラチナエイジ式」を提案している。日付は、7月5日の誕生石がプラチナとされていることから。プラチナは、変色や変質しないことから、プラチナの石言葉は「永遠」となっている。この日には、その活躍により多くのプラチナエイジの人達の夢や目標となる人を、プラチナエイジストとして表彰する「プラチナエイジ授賞式」が開催される。因みに、現代日本の日常語においては、プラチナと呼ばれることも多い白金は、原子番号78の元素で、単体では白い光沢(銀色)を持つ金属として存在する。化学的に非常に安定であるため、装飾品に多く利用される一方、触媒としても、自動車の排気ガスの浄化を始め、多方面で使用されている。酸に対して強い耐食性を示し、金と同じく王水(濃塩酸と濃硝酸とを3:1の体積比で混合してできる橙赤色の液体)以外には溶けないことで知られている。「白金」の表記は、「白い金」と解釈されてしまうこと、また、英語に逐字訳すると「ホワイトゴールド」となること等から、「白金 = ホワイトゴールド」とされることがよくあるが、これは誤りである。ホワイトゴールドは、主に宝飾品として利用される、金をベースとした合金であり、白金とは全く異なる金属である。白金の主な産出国は、南アフリカ共和国、ロシアであるが、南アフリカに偏在している。金や銀等の貴金属に比べて、地殻に存在する割合は高いが、単独の元素を分離精製することが難しく、流通価格が貴金属並みに高価となることがある、希土類(レアアース)の中でも特に稀少で、地殻1トン当たり約0.001gの産出である。日本でも、僅かであるが、埋蔵が確認され、北海道の天塩川、石狩川の川砂中で認められた他、新潟県で発見されている。