1970年 - 日本テレビ系旅番組『遠くへ行きたい』(大阪市に所在する日本テレビ系列の準キー局、讀賣テレビ放送の制作)が放送開始(現在も放送中)。日本の全てのテレビ局でレギュラー放送されている、全ての紀行番組の中で、最長寿番組である。スポンサードネットの対象が基幹系列局に限定されているためか、同時ネットする局は少なく、系列局により、毎週放送でも時差で放送する局、不定期で放送する局、未放送の局とそれぞれ分かれている。当時の日本国有鉄道(国鉄、現・JRグループ)のキャンペーン『ディスカバー・ジャパン』の一環として、1970年10月4日に、放送作家・作詞家・タレント、永六輔の単独出演で放送を開始する。開始当初のタイトルは、「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」。番組の内容は、有名芸能人・文化人が、日本各地の風土、歴史、食、温泉宿を訪ね、堪能するというものである。初期の「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」時代は、永六輔をレギュラーに据えた紀行番組であったが、1971年に永六輔が、観光、グルメ要素を加えたいスタッフとの対立により降板した後(タイトルから「六輔さすらいの旅」が消える)は、レギュラー出演者が設けられず、映画監督・俳優・エッセイストの伊丹十三や女優の藤田弓子等、数多くの俳優や女優、及び著名人(タレント)が週替わりで出演し、回によっては有名監督が撮影の指揮を取るという、現在の形となる。
1978年 - 総理府(2001年の中央省庁再編に伴ない、内閣府に改組される)に原子力安全委員会が設置される。原子力安全委員会は2012年に廃止され、環境省の外局(特殊な事務、独立性の強い事務を行なうための組織で、合議制の委員会)、原子力規制委員会へ移行となる。
1978年 - 中央アメリカ中部に位置するエルサルバドルで誘拐されてた合弁企業インシンカ社(INSINCA)社長の松本不二雄が死体で発見される。
1982年 - 在京キー局の1つ、フジテレビ系の生放送バラエティ番組『森田一義アワー 笑っていいとも!』が放送開始( - 2014年3月31日終了)。『森田一義アワー 笑っていいとも!』は、スタート当時、深夜色の強いお笑いタレントであった森田一義(タモリ)を総合司会に起用したこと等なら、視聴率的に苦戦することが予想されたが、番組放送開始から半年も経たない内に視聴率が上昇し、同時間帯(平日12時台)の年間平均視聴率では、1989年の統計開始から2013年までの25年間連続で、民放横並び首位を獲得する。放送期間は約31年6ヶ月で、この番組終了時点において、フジテレビ系列の帯番組最長記録となる。全8,054回放送の番組平均視聴率は11.5%、最高視聴率は、1988年4月29日の27.9%となっている。
1985年 - アメリカのプログラマー、リチャード・ストールマンが非営利団体フリーソフトウェア財団を設立。フリーソフトウェア財団は、コンピュータ・ソフトウェアを作成、頒布、改変する自由をユーザーに広く遍く推し進めることを狙い、コピーレフト(著作権を保持したまま、二次的著作物も含めて、全ての者が著作物を利用・再配布・改変できなければならないという考え方)を基本とする社会運動の支援を目標に掲げている。
1988年 - ベトナム南部にあるホーチミン市で、二重体児・ベトちゃん・ドクちゃんの分離手術が行なわれる。
1991年 - 「第11回南極条約特別協議国会議」で、「環境保護に関する南極条約議定書」が採択される。
1992年 - エル・アル航空1862便墜落事故。アメリカ合衆国北東部、ニューヨーク州ニューヨークからオランダ西部にあるアムステルダムを経由して、イスラエル中西部にあるテルアビブに向かっていたエル・アル航空(イスラエルの国営航空会社)1852便ボーイング747型貨物機が、アムステルダムのスキポール空港を離陸して6分後に、主翼とエンジンを繋ぎ止めているピン(ヒューズピン)が金属疲労により破断し、右翼の第3エンジンが脱落。隣の第4エンジンに接触したため右両エンジンを失い、翼の前縁が破壊される。1862便はスキポール空港に引返そうとしたが、滑走路に辿り着く前に、壊れた翼の揚力不足が原因で操縦不能に陥り、異常発生から8分後、アムステルダム郊外ベイルマーメーア地区の高層アパートに墜落し、乗客1名、乗員3名とアパートの住人39名、総計43名の犠牲者を出す。
1993年 - 10月政変: ロシア連邦大統領ボリス・エリツィンが軍に、反ボリス・エリツィン派が立籠もるモスクワのロシア最高会議ビル占拠を命じる。戦車による砲撃等により、議会側は降伏する。
1994年 - 北海道東方沖地震。北海道根室半島沖約200kmの地点を震源として、沈み込んでいる太平洋プレート内(スラブ内)で地震が発生する。地震の規模はマグニチュード(M)8.2で、最大震度は震度6(烈震)。1993年釧路沖地震と同じ、海洋プレート内地震である。日本近海で発生した地震としては、平成に入って初めて、マグニチュード(M)8クラスを観測した地震となる。死者9名、行方不明者2名が記録されているが、全てロシアの実効支配下にある択捉島で、地震による直接の被害に加え、津波にも襲われたことから発生する。全体での被害は、北海道釧路市で最も多く、負傷者437名、住宅全壊61棟、半壊348棟、一部損壊7,095棟、浸水184棟等となる。北海道釧路市の他、周辺に所在する北海道標津郡標津町、北海道標津郡中標津町、北海道野付郡別海町の被害も甚大で、国道や道道等、多数の道路が寸断され、家屋も多数全半壊している。北海道標津郡中標津町では、当初震度4(中震)とされたが、地震計が設置されている場所が市街地から離れており、地盤も頑丈であったため、被害状況から判断して、震度5強(強震)から震度6弱(烈震)程度揺れていた、と推測される。
2001年 - シベリア航空機撃墜事件。イスラエル中西部にあるテルアビブからロシア中南部にあるノボシビルスクに向かっていた、シベリア航空(ロシアの航空会社、現在のS7航空)1812便ツポレフTu-154M型機が、黒海(ヨーロッパとアジアの間にある内海)上空を飛行中に何の前触れもなく墜落する。乗客66名、乗員12名の計78名全員が死亡する。原因は、演習をしていたウクライナ防空軍のミサイルが、誤って旅客機を撃墜した過失、とされる。
2003年 - 中東のパレスチナ(地中海東岸地域)に位置するイスラエル北西部の都市、ハイファのレストランで自爆テロが発生し、21名が死亡する。
2004年 - スケールド・コンポジッツ社(アメリカの航空機・宇宙機のメーカー)によって開発された有人宇宙船『スペースシップワン』が、民間による最初の有人弾道宇宙飛行を競うコンテスト「ANSARI X PRIZE」の受賞条件を最も早く達成し、賞金1,000万ドルを獲得する。それまでの宇宙開発は、全て国家戦略の一環であり、国家予算を使って行なわれていたものである。しかし、航空宇宙史での大記録は、企業、又は個人の資金のみで達成されたものであり、『スペースシップワン』が達成した成果は、これらに匹敵する成功として評価されている。『スペースシップワン』の機体は、重さ約3トン、3人乗りで、高度約15kmまでは、親機であるジェット推進の輸送機、スケールド・コンボジッツ モデル318 ホワイトナイトに吊下げられて上昇することにより、大気圏を脱出するために必要な燃料の量を抑えている。
2005年 - ハリケーン「スタン」が、メキシコ南部のベラクルス州に上陸。「スタン」の影響によって起きた土砂崩れや洪水等で、中央アメリカ北部に位置するグアテマラを中心に、1,000名以上死者が出る。
2014年 -東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線で、通勤車両と近郊形車両の置換え用として開発され、1999年度から首都圏に大量投入されたE231系電車を、さらに進化・発展させた車両として開発された、E233系電車が運用を開始する。
2021年 - 菅義偉内閣が総辞職。第27代自由民主党(自民党)総裁の岸田文雄が第100代内閣総理大臣に就任し、第1次岸田内閣が発足する。
2022年 - 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が東方向に弾道ミサイルを発射。高度約1,000km、距離約4,600kmを飛行する。北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の中距離弾道ミサイル発射距離としては最長となる。
2025年 - 高市早苗が石破茂の後任として、第29代自由民主党(自民党)総裁に選出される。自由民主党(自民党)の結党以来初の女性総裁、かつ、衆参両院比較第1党の女性党首の誕生となる。