7月1日 記念日 その5 | スズメの北摂三島情報局

スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

国民安全の日。
交通事故、火災、産業火災等の日常生活を脅かす災害の防止を目的に、総理府(現在の内閣府[内閣官房を助けて内閣の重要政策に関する企画・調整を行ない、内閣総理大臣が担当することがふさわしい行政事務等を所管する]の前身の1つで、内閣総理大臣自らが分担管理する事務、及び、各行政機関の総合調整にかかる事務を所掌した)が1960(昭和35)年に制定した。産業災害・交通事故・火災等の災害防止を図ることが目的。労働災害や職業病が社会問題化したことから、労働省(現在の厚生労働省の前身の1つ)の主唱で、1928(昭和3)年より、7月1日から7月7日までを「全国安全週間」として、職場の安全を訴えていたため、その初日の7月1日が「国民安全の日」となった。  
東海道本線全通記念日。
1889(明治22)年7月1日、新橋駅から神戸駅までの東海道鉄道(東海道本線)が全線開通したことを記念する日。新橋駅から神戸駅までの直通列車は1日1往復の運行で、所要時間は20時間5分、運賃は下等で3円76銭であった。その後、東京の表玄関とも言うべきターミナル駅、東京駅の開業(1914[大正3]年)や山間部でのルート変更等を経て、現在の東海道本線が形成されている。東海道本線は、東京都千代田区の東京駅から兵庫県神戸市中央区の神戸駅までを結ぶ、JRグループの鉄道路線である。東京から横浜・静岡・浜松・名古屋・京都・大阪等の、太平洋ベルトと言われる本州の太平洋側の各都市を経て、神戸までを結ぶ全長589.5km(支線を除く)の路線で、東京駅から熱海駅までは東日本旅客鉄道(JR東日本)、熱海駅から米原駅までは東海旅客鉄道(JR東海)、米原駅から神戸駅間までは西日本旅客鉄道(JR西日本)の管轄となっている。全線全通以降は日本を代表する動脈となり、東京と京阪神等を結ぶ優等列車が多数運行されていたが、1964(昭和39)年に輸送力増強を目的とした東海道新幹線が開通すると、遠距離の旅客輸送は東海道新幹線に譲り、並行する東海道本線の旅客輸送は、地域輸送中心の体制に移行した。一方で、貨物輸送に関しては、現在まで大動脈としての位置付けを保っており、多数の貨物列車がJR貨物によって運行されている。路線の名称は、かつて江戸と京都を結んでいた東海道に沿う経路で建設されたことに因んでいる。但し、熱田駅 - 草津駅間は、当初中山道経由で路線が計画された経緯から、中山道、及び美濃路に沿っている。これは、中世の東海道の経路である。東京近郊では、旅客案内上の「東海道線」は、小田原・熱海方面への中距離電車や特急列車を指し、東京駅 - 大船駅間で並行して走る近距離電車(かつての国電)に対しては、山手線・京浜東北線・横須賀線等といった系統名称を使用することで区別している。また、西日本旅客鉄道(JR西日本)は民営化後、自社の管轄区間に「琵琶湖線」「JR京都線」「JR神戸線」の路線愛称を設定した。終点である神戸駅からは、殆どの列車が山陽本線と直通運転していることから、「東海道・山陽本線」と纏めて呼ばれることがある。2015(平成27)年の上野東京ライン開業で、起点の東京駅から、東北本線の宇都宮線区間・高崎線・常磐線と直通運転を開始したため、東海道本線は、これまで電車線のみが繋がっていた、東北本線とも本格的に繋がった。結果として、起点、及び終点で、本州の大動脈の東北本線、山陽本線と直通運転が行なわれるようになった。  
山形新幹線開業記念日。
1992(平成4)年7月1日、山形新幹線、東京駅 - 山形駅間の直通運転が開始されたことを記念して制定。山形新幹線は、在来線の線路幅(1,067mm)を標準軌の1,435mmに拡げ、新幹線と直通で運転する(新在直通運転)、日本初のミニ新幹線であった。全長359.9kmで、東京駅 - 山形駅間を2時間27分で結ぶようになる。東京駅 - 福島駅間で東北新幹線との直通運転を行なっているため、広義には「つばさ」の走行区間、東京駅 - 山形駅 - 新庄駅間が山形新幹線と案内される。狭義には、ミニ新幹線方式により、福島県の福島駅から山形県の新庄駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の路線、及びその路線を走行する列車の通称である。あくまで通称であり、正式に山形新幹線の名称を与えられた路線は存在しない。東京駅 - 福島駅間は東北新幹線であり、福島駅 - 新庄駅間は奥羽本線である。東京駅 - 山形駅間で運転される特別急行列車「つばさ」も、在来線列車の扱いである。 
ウォークマンの日。
1979(昭和54)年7月1日、大手総合電機メーカーのソニーが、ポータブルオーディオプレイヤー『ウォークマン』の第1号機「TPS-L2」を発売した。発売時の定価は33,000円。『ウォークマン』は、ポータブルモノラルテープレコーダーの『プレスマン』からスピーカーと録音機能を省き、ステレオ再生専用ヘッドに置換えて、ステレオの再生に特化したものとして誕生した。開発当時は社内から、録音機能の無いテープレコーダーは絶対に売れないと反発されたが、それを押切り開発を続行したのは、当時ソニーの会長であり、創業者の1人でもある、盛田昭夫であったという。発売当初のマスコミの反応は芳しくなく、人目に触れなければとの考えから、宣伝部や営業スタッフは『ウォークマン』を身に付け、山手線を1日中ぐるぐる回るという作戦に出る。日曜日には若いスタッフにも製品を身に付けさせ、街中を歩かせた。さらに、影響力のある有名人にも製品を提供する等して認知を高めていった。こうした工夫を凝らした広告・宣伝活動により、発売1ヶ月で3,000台程の売上から、翌月には初回生産3万台を全て売上げ、供給不足が約半年間続く程の人気となった。その後、『ウォークマン』は、ソニー製の各種ポータブルオーディオプレーヤーのブランド名に引継がれた。場所を選ばず、いつでもどこでも音楽を聴くことのできる製品は画期的で、世界的な大ヒットとなった。そのため、この『ウォークマン(WALKMAN)』は、長らくポータブルオーディオの世界的代名詞であった。 
こころの看護の日、こころの日。
東京都港区港南に本部を置く、精神科看護に携わる人々を主たる対象とした看護される職能団体(法律や医療等の専門的資格を持つ専門職従事者らが、自己の専門性の維持・向上や、専門職としての待遇や利益を保持・改善するための組織)、社団法人日本精神科看護技術協会(現在は、一般社団法人となり、日本精神科看護協会と改称している)が1999(平成11)年に制定。「精神保健法」施行の日(1988[昭和63]年7月1日)に因み、7月1日を「こころの看護の日」とした。悪評が高かった「精神衛生法(昭和25年5月1日法律第123号)」は、「精神衛生法等の一部を改正する法律(昭和62年9月26日法律第98号)」によって「精神保健法」と改題され、現在は「精神保健法の一部を改正する法律(平成7年5月19日法律第94号)」の制定によってさらに改題され、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法、昭和25年5月1日法律第123号)」となっている。精神科看護婦(士)の専門職能団体としての地域精神保健活動の一環として、広く一般市民に精神障害について理解を深めてもらうために制定。精神保健(メンタルヘルス)は、主に精神的な疲労、ストレス、悩み等の軽減や緩和と、それへのサポート、メンタルヘルス対策、或いは、精神保健医療のように、精神障害の予防と回復を目的とした場面で使われる。世界保健機関(WHO)による精神的健康の定義は、精神障害でないだけでなく、自身の可能性を実現し、共同体に実りあるよう貢献して、十全にあること、としている。精神的健康は、基本的人権であり、それを最大限に享受するという狙いから、いわゆる「精神保健法」が制定される。それら法においては、精神障害を人権に配慮して治療し、また、予防し、そして、社会共同体の中へと回復し、精神的健康を維持し増進していくことが、その方法として宣言されている。