5月1日 記念日 その4 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
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柴犬ハルがお伝えします

鯉の日。
茨城県行方市手賀に本部を置く業界団体、全国養鯉振興協議会が制定。記念日を制定して、さらなる鯉の消費拡大を図ることが目的。鯉には、たんぱく質やビタミン等の栄養素が豊富に含まれていることから「鯉を食べて健康を守ろう」キャンペーン等を行なっている。日付は、5月1日の「5」と「1」で、「鯉(こ[5]い[1])」と読む語呂合わせから。鯉は、コイ目・コイ科に分類される魚で、比較的流れが緩やかな川や池、沼、湖、用水路等にも広く生息する淡水魚である。鯉は外見が鮒に似るが、頭や目が体に対して小さく、口元に2対の口ひげがある。体長は60cm程度であるが、稀に1mを超すものもいる。飼育されたり養殖されてきた系統の個体は体高が高く、動きも遅いが、野生の個体は体高が低く細身な体つきで、動きも比較的速い。なお、雌に比べて雄の方が頭が大きい。食性は雑食性で、水草、貝類、ミミズ、昆虫類、甲殻類、カエル、他の魚の卵や小魚等、口に入るものなら大抵、何でも食べる。口に歯はないが、喉に咽頭歯という歯があり、これで硬い貝殻等も砕き割って飲込む。さらに、口は開くと下を向き、湖底の餌をついばんで食べ易くなっている。なお、鯉には胃がない。生命力は極めて強く、魚にしては長寿の部類で、平均20年以上で、稀に70年を超す個体もある。海から離れた地域では、古くから貴重な動物性たんぱく源として、将軍や天皇に出される正式な饗応料理や、日常的にも祝い事の席でも利用されてきた。現在の養殖では、主に農業用の溜め池が利用される他、長野県東部の佐久地域では稲作用水田も利用されている。中国では、鯉が滝を登り切ると龍になる登龍門という言伝えがあり、古来尊ばれた。その概念が日本にも伝わり、江戸時代に武家では子弟の立身出世のため、武士の庭先で端午の節句(旧暦5月5日)辺りの梅雨期の雨の日に、鯉を模したこいのぼりを飾る風習があった。明治に入って、四民平等政策により武家身分が廃止され、こいのぼりは一般に普及した。現在では、グレゴリオ暦(新暦)5月5日に引続き行なわれている。 また、比喩的表現として、将来、有能・有名な政治家・芸術家・役者になるため最初に通るべき関門を、登龍門と指して言うこともしばしばある。錦鯉(ニシキゴイ)は、 観賞用に改良した鯉の品種の総称である。黒以外の鯉を色鯉(イロゴイ)、特に、赤い鯉を緋鯉(ヒゴイ)、さらに、観賞魚として色彩や斑点等、体色を改良されたものを錦鯉(ニシキゴイ)という。錦鯉には、その模様によって多くの品種があり、紅白、大正三色、昭和三色、黄金、浅黄等がある。錦鯉は、飼育用として人気が高く、斑点模様、色彩の鮮やかさ、大きさ、体型を価値基準として、高額で取引されている。また、鱗が大きくて部分的にしかないドイツ鯉も移入されている。これに対して、ふつうの黒色の鯉は真鯉(マゴイ)、烏鯉(カラスゴイ)、又は黒鯉(クロゴイ)、特に、野生の鯉は野鯉と呼ばれる。なお、飼育型の鯉は、尾びれの下半分が赤く染まっているものが多く見られる。さまざまな色の鯉については、中国の西晋時代(3世紀後半から4世紀前半頃)の書物に言及されているが、錦鯉を育てることは、19世紀の新潟県小千谷市と新潟県古志郡山古志村(現在の新潟県長岡市山古志地区)で始まったと、一般的に考えられている。田で働く農民が、一部の鯉が他のものより明るい色をしているのに気付き、それを捕まえて育てたとされる(通常であれば、他よりも明るい色は、鳥やその他の捕食者に見付かり易いため、その魚は生存しにくくなる)。新潟県小千谷市と新潟県古志郡山古志村で錦鯉の養殖が盛んになった背景に、冬期の非常食用として休耕田に鯉を養殖する習慣があったこと、山間部ゆえに隠し田が多く存在し、比較的裕福であったこと、という2点が挙げられる。余裕のある農家の趣味として錦鯉の交配が進み、質の良い個体が売買されるようになった。それ以降も養殖は進み、20世紀までには数多くの模様が開発された。最も顕著なものは、赤と白の「紅白」と呼ばれるものである。1914(大正3)年3月8日、東京府東京市下谷区上野公園地(現在の東京都台東区上野公園)にある上野恩賜公園(通称は上野公園)で開催された、東京府(現在の東京都の前身)主催の東京大正博覧会に出品されるまでは、開発の程度が世に知られることはなかった。この東京大正博覧会から、錦鯉への関心は日本中で爆発的に広まった。さらに、錦鯉を飼う娯楽は、プラスチック袋の発明以降は世界に広まり、飛行機や船の技術の進歩により、錦鯉の輸出は速く安全なものとなった。これらの要因により、錦鯉を低い損耗率で、世界中へ輸出できるようになった。川や池に棲息する鯉(野鯉)を釣ることは、野鯉釣りと呼ばれる。野鯉は、飼養されている鯉よりも力が強く、時には意外な大物を釣り上げることもある。そのために、仕掛けは特に丈夫に作る。竿は延竿や投げ竿等、様々である。季節では、桃の咲く頃が最盛期で、秋冬も釣れる。釣りの対象魚としては、日本の湖沼河川においてバスフィッシング、ヘラブナ釣り等に並んで人気のある魚で、釣り場では、置き竿を林立させている光景が良く見られる。ヨーロッパでは、淡水魚の釣りと言えば鯉釣り(カープフィッシング)を指す程の人気があり、イギリスでは、日本のバスフィッシング人口に匹敵すると言われている。鯉は、やはり大きく育つ点に、釣魚としての魅力があり、その強力な引きに醍醐味がある一方、中小型はビギナーでも楽しめる。 
スズランの日。
イギリスやフランスで行なわれている記念日。この日にスズランを贈ると幸せが訪れる、と言われる。イギリスでは、以下のような物語が伝わっている。セントレオナードの森の守護神、セント・レオナードが武者修業に出掛けたが、森の中で道に迷い途方に暮れていたところ、闇の中から大きな毒蛇が襲い掛かってきた。剣を抜いて、火を吐く毒蛇と3日3晩の格闘の末、やっと大毒蛇を倒したが、セント・レオナード自身も全身に多くの傷を受けた。鮮血が滴り落ちて緑の草を紅に染めた後に、何時の間にか、白くて香りを漂わせたスズランが咲いていた。森のニンフ(精霊)が、若く清らかで逞しいセント・レオナードの痛ましい姿に心を痛めて、この花を咲かせた、と言伝えられている。この伝説から、スズランを贈られた人には幸福が訪れる、と言われている。ノルウェーの伝説によると、春の女神が地上に現れた時、寒風が吹いていたので、緑の衣を裂き、雪で鈴蘭を作った、とのことである。スズランは、本州中部以北から北海道に分布する、毎年花を咲かせる宿根草で、キミカゲソウ(君影草)や谷間の姫百合(たにまのひめゆり)の別名がある。その名前の通り、小さな鈴が下を向くように咲くスズラン(鈴蘭)は、古くから多くの人々に愛され、北海道を代表する花としても知られる。香りも良く、庭花や鉢植えとしても人気が高い。但し、コンバラトキシンやコンバラマリン等の有毒物質を含む有毒植物で、有毒物質は全草に持つが、特に、花や根に多く含まれる。摂取した場合、嘔吐、頭痛、眩暈、心不全、血圧低下、心臓麻痺等の症状を起こし、重症の場合は死に至る。北海道等で山菜として珍重されるネギ属の多年草、ギョウジャニンニクと外見が似ていることもあり、誤って摂取し、中毒症状を起こす例が見られる。スズランを活けた水を飲んでも中毒を起こすことがあり、これらを誤飲し、死亡した例もある。
アテックスルルドの日。
大阪市平野区長吉川辺に本社を置く、マッサージ器、健康・美容機器、健康機能寝具等の商品企画・開発・製造・販売等を手掛ける企業、株式会社アテックスが制定。「アテックスルルド」は、全ての人の毎日をハッピーにするセルフケアアイテムを提供する、株式会社アテックスのウエルネスブランドで、発売以来既に1,400万台以上を売上げている。記念日を通して、さらに多くの人にその癒しを届けることが目的。日付は、株式会社アテックスの創立記念日、1992(平成4)年5月1日に因んで。当初は、電動ベッドの製造を手掛けていた株式会社アテックスは、健康器具を中心に商品開発を展開し、主に通信販売で取扱われていた。2008(平成20)年頃から、女性を主なターゲットとし、既存のマッサージチェアと一線を画す電動マッサージ器として、クッション型の「ルルド」を開発し、2009(平成21)年に発売。発売1年後に累計販売数100万台を突破し、2014(平成26)年までには、「ルルド」シリーズの売上げが株式会社アテックスの半分強を占めるようになった。