4月29日 記念日 その1 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
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柴犬ハルがお伝えします

西暦(グレゴリオ暦)AD2024年 令和6年 平成36年  
昭和99年 大正113年 明治157年 皇紀2684年 干支 甲辰(きのえ たつ)
第5月曜日 旧暦  3月21日、大安(癸亥)、月齢 20.4  
グレゴリオ暦で年始から120日目、年末まであと246日。
誕生花 カキツバタ(杜若)・スターチス(淡紫)。

昭和の日。
2007(平成19)年から加わった祝日で、第124代天皇、昭和天皇の誕生日。2014(平成26)年5月23日に「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律(平成26年5月30日法律第43号)」が可決されたことにより、「国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)」が一部改正されて、2016(平成28)年から実施された祝日、「山の日」が制定されるまでは、最も新しい国民の祝日であった。「国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)」の一部改正(「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律[平成17年5月20日法律第43号]」)により追加されたもので、「祝日法」における定義・趣旨は「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」となる。一般的には、4月29日から5月5日までとされる「ゴールデンウィーク」を構成する祝日の1つでもある。1989(昭和64)年1月7日の昭和天皇崩御により、同年以降の4月29日は、それまでの天皇誕生日としては存続できなくなり、「祝日法」の天皇誕生日に係る項を改正する必要が生じた。第121代天皇、孝明天皇、第122代天皇、明治天皇、第123代天皇、大正天皇の場合は、崩御日が先帝祭として休日となる休日法、「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム(明治11年6月5日太政官布告第23号)」や「休日ニ關スル件(昭和2年3月4日勅令第25号)」が存続していたが、昭和天皇の場合は、現行の「祝日法」により崩御日が休日とならないため、当初から誕生日を活かして「昭和記念日」等、昭和に因んだ新祝日として存続させる案が出ていたが、その案は見送られ、同年以降の4月29日は、「みどりの日」という名称の祝日に改められた。同類の休日に、1927(昭和2)年から1947(昭和22)年まで設定されていた、明治天皇の誕生日が充てられた明治節がある。明治節(現在の文化の日[11月3日])の制定については、「永ク天皇ノ遺徳ヲ仰キ明治ノ昭代ヲ追憶」と永劫性が認められるが、昭和の日の制定については、永劫性が認められる箇所は特になく、平成時代における先帝祭(昭和天皇祭)の代用休日に留まるか否か、現在のところ不明である。昭和は日本の元号の1つで、大正の後、平成の前となり、昭和天皇の在位期間である1926(昭和)年12月25日から1989(昭和64)年1月7日までが昭和時代で、20世紀の大半を占める。昭和は、日本の歴代元号の中でも、最も長く続いた元号であり、元年と64年は使用期間が共に7日間であるため、実際の時間としては62年と14日となる。なお、外国の元号を含めても、最も長く続いた元号であり、歴史上60年以上続いた元号は、日本の昭和(64年)、中国清朝の康熙(61年)、及び乾隆(60年)しかない。第二次世界大戦が終結した1945(昭和20)年を境にして、近代と現代に区切ることがある。昭和時代は、昭和元禄と呼ばれ、週刊誌や月刊誌の創刊が目立った。手塚治虫・石ノ森章太郎・藤子不二雄・長谷川町子・水木しげる・赤塚不二夫等、人気漫画家の(子ども向けの)漫画を原作としたアニメ等の作品や、黒澤明・円谷英二が映画監督となった邦画等の昭和文化や、大衆文化が生まれた。流行歌が普及して、美空ひばり・藤山一郎等の歌手や、石原裕次郎、渥美清等の俳優がスターとなり、第二次世界大戦後の芸能界で活躍した。漫画・映画等の戦後文化と並んで、テレビ放送も普及する。昭和40年代はプロ野球のV9(読売ジャイアンツ[読売巨人軍]が9年間連続してセントラル・リーグ優勝を果たし、プロ野球日本シリーズも制覇したこと)時代であり、大相撲は、昭和30年代から昭和50年代にかけて、栃若時代から柏鵬時代、北玉時代、貴輪時代、輪湖時代、北若時代で、プロレスラーの力道山の活躍等、格闘技人気があった。そのことから、当時子ども達から人気があった「巨人・大鵬・卵焼き」等の流行語が誕生した。第二次世界大戦後、日本経済が飛躍的に成長を遂げた高度経済成長は、1964(昭和39)年の東海道新幹線開業、1963(昭和38)年の名神高速道路開通、1964(昭和39)年の東京オリンピック(第18回オリンピック競技大会)開催、1970(昭和45)年の日本万国博覧会(大阪万博)成功によって最高潮を迎えたが、1973(昭和48)年の第四次中東戦争がもたらしたオイルショック(原油の供給逼迫、及び原油価格高騰と、それによる世界の経済混乱)等から、成長期は終焉を迎えることとなる。第二次世界大戦後の日本は、国際的には、終始アメリカ合衆国を筆頭とする西側諸国(自由主義陣営)に属して、「日本国とアリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(日米安全保障条約、昭和35年条約第6号)」に基づく同盟国として、ソビエト連邦を筆頭とする東側諸国(社会主義陣営)に対抗して、東西冷戦(44年間続き、第二次世界大戦後の世界を二分した、西側諸国のアメリカ合衆国を盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソビエト連邦を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造)期を乗切ることができた。政治体制・外交関係・経済構造・家族制度は、第二次世界大戦が終結した1945(昭和20)年を境に大きく変化し、歴史学的には、戦前は近代に、戦後は現代に属するとされる。
天皇誕生日。
1949(昭和24)年 - 1988(昭和63)年。天皇誕生日は、国民の祝日の1つで、今上天皇(在位中の天皇)の誕生日を祝う日である。天皇誕生日は建国記念の日と共に、慣例により日本の国家の日(ある国が、その国にとって最も記念すべき日として定めた記念日)とされる。諸外国の国王誕生日と同様、在位中の天皇の誕生日に合わせて移動する。1989(昭和64)年の昭和天皇崩御後は、「みどりの日」とされたが、2005(平成17)年の「国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)一部改正(「国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律[平成17年5月20日法律第43号]」)により、2007(平成19)年からは「昭和の日」となる。これに伴ない、「みどりの日」は5月4日に変更された。天皇誕生日に関しては、次のような行事が行なわれる。宮中では、祝賀の儀、宴会の儀、茶会の儀、一般参賀が行なわれる。三重県伊勢市にある伊勢神宮(通称で、正式名称は地名の付かない「神宮」)等の神社では、天長祭が行なわれる。海上自衛隊では、基地や一般港湾等に停泊している自衛艦において満艦飾が行なわれる。また、海外の日本大使館等の在外公館では、ナショナルデー(国家の日)としてレセプションが行なわれる。但し、当日ではない。 
天長節。
1927(昭和2)年から1948(昭和23)年までは「天長節」という祝日で、四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の1つとされていた。「天長節」の名は古く、712(和銅5)年に即位した中国唐朝第9代皇帝玄宗の誕生日を「天長節」と祝ったことに由来する。日本の「天長節」は775(宝亀6)年、第49代天皇、光仁天皇によって始められ、一時中断していたが、1868(明治元)年に復活した。第122代天皇、明治天皇の誕生日は、旧暦では9月22日で、太陽暦を採用した1873(明治6)年以降は11月3日に変更された。さらに、国家の祝日と規定され、即位した天皇の誕生日に合わせて「天長節」が定められた。なお、第123代天皇、大正天皇の誕生日は8月31日である。