2月25日 記念日 その2 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

ヱビスの日。 
東京都渋谷区恵比寿に本社を置く大手ビールメーカー、サッポロビールが、自社ブランドの『ヱビスビール』をPRするために制定。日付は、1890(明治23)年2月25日、『ヱビスビール』が初めて発売されたことから。『ヱビスビール』は、厳選されたアロマホップをふんだんに使用し、長期熟成によって生まれた、素材と製法に拘った麦芽100%の「ちょっと贅沢なビール」で、プレミアムビールに分類される。プレミアムビールとは、原料や醸造方法にある種の拘りを持たせた高級志向のビールや、それが属するカテゴリーのことである。一般的には、大手ビール会社が醸造する定番商品に対して、価格が高く設定された高級志向の商品を指すが、プレミアムビールの明確な定義は存在しない。『ヱビスビール』は、サッポロビールの前身である日本麦酒醸造會社に、ドイツ人技師カール・カイザーを招聘して醸造されたビールで、当時の名称は『恵比寿麦酒』であった。当初は「大黒天」(福徳の神として信仰される7神の組合せである七福神の1つで、福徳や財宝を与える福の神とされる)から命名しようとしていたが、横浜に既に「大黒ビール」が存在したため、「えびす」(恵比寿) を採用した、という経緯が見られる資料が、2000年代に発見されている。1900年代には既に、世界的な評価を獲得していたが、1943(昭和18)年にビールが配給制になり、名称が「麦酒」に統一されたことで一旦消滅するが、1971(昭和46)年に第二次世界大戦後初の麦芽100%使用のラガー(熱処理)ビールとして復活した。1980年代前半に低迷期に陥ったが、1986(昭和61)年にパッケージデザインの変更と中味の生ビール化、1988(昭和63)年には、雁屋哲原作、花咲アキラ作画による漫画『美味しんぼ』で取上げられたこと等が契機となり、売上が回復し急伸した。長期間に亘ってプレミアムビール市場の首位銘柄となっていたが、2000年代中盤に大手飲料メーカー、サントリーの『ザ・プレミアム・モルツ』が急成長した影響を受け、サッポロビールは、2006(平成18)年からヱビスブランドのテコ入れに着手し、同年10月にはヱビスブランド戦略部を立上げて、「ヱビス」の名を冠した商品を複数販売する展開を始めた。恵比寿のマークそのものがブランド表示とされ、サッポロビールのビール類商品には(他社ライセンス商品を除き)必ずあしらわれるシンボルの「星(★)」が、『ヱビスビール』には付されない。ラベルの戎様は鯛を1匹抱えているが、『ヱビスビール』の瓶製品、大・中・小ビンの中で、100本に1本の確率で、後ろの魚籠から鯛の尾が出ているものがある。これを、「ラッキーヱビス」という。缶製品では、2010(平成22)年7月28日に、「商売繁盛! ラッキーヱビス缶」という、「ラッキーヱビス」をデザインした商品が発売されている。『ヱビスビール』の発売当時は、工場が東京府荏原郡三田村(現在の東京都目黒区三田)にあった。当初は馬車で積出されていたが、販売量の増加に伴なって、1901(明治34)年には出荷専用の貨物駅「恵比寿停留場」が作られた。1906(明治39)年に貨物駅「恵比寿停留所」のそばに作られた旅客駅が、現在の東日本旅客鉄道(JR東日本)「恵比寿駅」である。また、東京都渋谷区に存在する地名「恵比寿」は、『ヱビスビール』が由来となっている。1887(明治20)年に、東京府荏原郡目黒村三田(現在の東京都目黒区)、東京府南豊島郡渋谷村(現在の東京都渋谷区)に跨る地帯に設立された『ヱビスビール』の工場は、1988(昭和63)年7月20日、東京都渋谷区近辺の都市化や、郊外への工場移転が進んだことに伴ない閉鎖され、土地の再開発事業が1991(平成3)年8月に開始され、1994(平成6)年10月に竣工した。その土地再開発事業が複合施設「恵比寿ガーデンプレイス」で、オフィスビル、デパートを含む商業施設、レストラン、集合住宅、美術館等で構成されており、事業主であるサッポロビールの本社も所在する。因みに、大手ビールメーカー、アサヒビールや清涼飲料水メーカーのアサヒ飲料等を統括する、アサヒグループホールディングス傘下の食品・医薬品等のメーカー、アサヒグループ食品のビール酵母「エビオス」は、『ヱビスビール』より名付けられたものである。第二次世界大戦後の大日本麦酒分割時に「エビオス」がアサヒビールに承継されたため、ビールとは会社系列が異なる状態になってしまった。親の体のある部分から、子の体ができて、それが次第に大きくなって独立するやり方、出芽によって増える酵母(肉眼では見えない、殆ど単細胞で過ごす微生物[真菌類])、出芽酵母の亜種は、パンや酒(ビール、ワイン、清酒等)を作る際に用いられており、人類にとって最も馴染みの深い有用微生物の1つである。最近では、健康ブームの一環で、ビール酵母の医薬品やサプリメントが人気である。「エビオス」を使った「エビオス錠」は、ビール酵母に含まれる栄養素の働きにより、胃腸の働きを活発にすると共に、栄養補給もできる指定医薬部外品である。大日本麦酒は、1906(明治39)年9月に、大阪麦酒(アサヒビールの前身)、日本麦酒(恵比寿ビールを製造していた)、札幌麦酒(サッポロビールの前身)が合併して誕生した。この「大合同」により、合併時の市場占有率は約7割に近付いたが、1949(昭和24)年、「侵略戦争遂行の経済的基盤」になった財閥(一族の独占的出資による資本を中心に結合した経営形態)の解体による、第二次世界大戦以前の日本の経済体制の壊滅が目的とされる経済民主化政策、財閥解体によって「過度経済力集中排除法(集排法、昭和22年12月18日法律第207号)」の適用を受け、朝日麦酒(現:アサヒグループホールディングス)と日本麦酒(現:サッポロホールディングス)に分割された。新たにニッポンビールのブランドでスタートした日本麦酒は、キリンビールやアサヒビール等、既存のブランドに苦戦を強いられ、1956(昭和31)年には、北海道下でサッポロビールのブランドを復活し、1957(昭和32)年にはサッポロビールへ全国で切替えた。そして、日本麦酒は1964(昭和39)年、サッポロビールと商号を変更し、200(平成15)年には、グループの持株会社体制へ移行に伴ない、持株会社のサッポロホールディングスと、現業会社のサッポロビール(新設会社)とに分かれた。その来歴から、北海道内の知名度は非常に高く、道内の公共交通施設に「本場の味:サッポロビール」等の広告掲出が多い。道内の飲食店は、「ビール」の注文にサッポロビールを提供する時代が長かったが、平成時代になると、道内でも他社のビールが多く販売され、「北海道は、サッポロビール。」の企業イメージで道内限定のキャンペーンを行なう等して、北海道市場の確保に尽力している。
225の日。 
青森市中央に本社を置く、個人投資家向けに日経225先物取引等の情報提供を行なっている企業、株式会社ゲイターズが、自社の運営サイト「225Labo」に因んで制定。日付は、多くの個人投資家や投資関連企業に活用してもらえるようにと、2月25日の「2」と「25」で、「225の日」とシンプルにしたもの。「225Labo」は、日経225先物取引の自動売買を学び、運用する個人投資家の為のサイトである。日経225先物取引とは、日本経済新聞社が銘柄を制定し、算出して公表する、日本の株式市場の代表的な株価指標の1つとなっている日経平均株価(東証一部上場銘柄の内、市場を代表する225銘柄の株価を対象としている)を原資産とする株価指数の先物取引(価格や数値が変動する各種有価証券・商品・指数等について、未来の売買について、ある価格での取引を保証するもの)であり、大阪取引所等に上場されている。日本を代表する株価指数を原資産とするデリバティブ(より基本的な資産や商品等から派生した資産)取引の1つである。予め定められた期日に特定の資産を、予め決められた価格で売買する。原資産が日経平均株価という実体のないものであるため、決済は全て差金決済(現物の受渡しを行なわずに、売りと買いの差額の授受で決済することで、現物取引では禁止されている)となる。