1月15日 できごと その2 | スズメの北摂三島情報局

スズメの北摂三島情報局

2011/08/02 リニューアル
2019/07/14 アメブロ移動
柴犬ハルがお伝えします

1919年 - ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が廃位され、ドイツ帝国が打倒された革命、ドイツ革命後のドイツ国の首都ベルリンで、ドイツ共産党の武装蜂起が失敗する。 
1919年 - ボストン糖蜜災害。アメリカ合衆国北東部、マサチューセッツ州ボストンの港湾部ノースエンドで、ピュリティー蒸留会社の敷地にあった、糖蜜を詰めた巨大な貯槽が破裂し、糖蜜の波が推定時速約60kmで街路を襲い、高架線の桁を破壊した上、列車を軌道から押流す。さらに、幾つかの近隣の建物をも破壊する等して、21名が死亡、150名以上が負傷する大惨事となる。当時、糖蜜は北アメリカでの標準的な甘味料で(現在では砂糖に置換わっている)、発酵させてエチルアルコールを回収し、酒に使われたり、軍需品の生産のための主要な成分として用いられており、大量の糖蜜が貯蔵されていたが、この事故の原因について、確実なところは今も判っていない。 
1926年 - 京都学連事件(京都帝国大学[京都大学の前身]等での左翼学生運動に対して行なわれた検挙)で「治安維持法(大正14年4月22日法律第46号)」が初適用される。
1927年 - 西濃鉄道が設立される。西濃鉄道は、岐阜県大垣市で貨物専業鉄道を運営している会社である。大垣市西北部にある金生山から産出される石灰石(セメントや肥料等の工業用原料として利用される場合の、主に方解石[炭酸カルシウム]という鉱物からできている岩石、石灰岩の呼称)輸送を行なっている。路線は、美濃赤坂線(東海道本線の支線)の終点である美濃赤坂駅を起点に、市橋線(美濃赤坂駅 - 猿岩駅間、路線距離2.6km)と昼飯線(美濃赤坂駅 - 昼飯駅間、路線距離1.9km)の2路線を有していたが、2006年に昼飯線が廃止され、市橋線のみとなっている。西濃鉄道は、同じく大垣市に路線を持つ第三セクター企業(国や地方公共団体と民間が合同で出資・経営する企業)の樽見鉄道(樽見線の大垣駅 - 樽見駅間、路線距離34.5kmを運営)の筆頭株主で、過半数を超える51%を出資している。 
1936年 - 日本が、1930年に開催された列強海軍の補助艦保有量の制限を主な目的とした国際会議、ロンドン海軍軍縮会議から脱退する。 
1936年 - 現在の中日ドラゴンズの前身となる球団、名古屋軍が誕生する。
1939年 - 東京高速鉄道の虎ノ門駅 - 新橋駅間(路線距離0.7 km)が開通。1927年に浅草駅 - 上野駅間で営業を開始した日本で最初の地下鉄、現在の東京地下鉄(東京メトロ)銀座線が全通する。銀座線の浅草駅 - 新橋駅間は、現在の東京地下鉄(東京メトロ)のルーツとも言える鉄道会社、東京地下鉄道によって建設・運営されたが、残る新橋駅 - 渋谷駅間は、現在の東京急行電鉄(東急)系列の鉄道会社、東京高速鉄道により建設・運営される。戦時体制下の1941年7月、東京地下鉄道と東京高速鉄道は、国策で設立された特殊法人「帝都高速度交通営団(営団地下鉄)」に統合される。2004年に「帝都高速度交通営団(営団地下鉄)」は廃止され、現在の東京地下鉄(東京メトロ)に継承されている。 
1939年 - 69連勝中の横綱双葉山定次が、平幕の安藝ノ海節男に敗れる(「世紀の一番」)。入幕して初の上位挑戦であったが、双葉山定次とは初対戦の安藝ノ海節男は、弱点を双葉山定次に知られていないことから、「打倒双葉」の期待を担うことになり、本番を迎えた前頭4枚目の安藝ノ海節男は、100連勝まで予想する声もあった双葉山定次相手に金星(平幕の力士が横綱と取組をして勝利すること)を上げる。この世紀の一瞬に、両国国技館は大鉄傘が大歓声によって震えたという。その後、安藝ノ海節男は「双葉山に勝った自分がみっともない相撲は取れない」と稽古に励み、1942年には横綱昇進を果たしている。なお、安藝ノ海節男の現役を通して唯一の金星は、双葉山定次を倒した一番となっている。
1940年 - 静岡大火。静岡市中心部の民家から火災が発生し、乾燥と、折からの強風に煽られ飛び火し、十数ヶ所で火の手が上がり、その後15時間に亘って市内中心部を焼尽くす。2名が死亡し、770名以上が負傷した他、約6,500戸以上の家屋が焼失する。 
1943年 - アメリカ合衆国の国防、軍事を統合する官庁、アメリカ合衆国国防総省の庁舎「ペンタゴン」が完成する。 
1947年 - ブラック・ダリア事件: アメリカ合衆国西部、カリフォルニア州ロサンゼルスで「ブラック・ダリア」こと女優志願の女性、エリザベス・ショートの惨殺死体が発見される。エリザベス・ショート殺害事件は、アメリカの歴史上、最も有名な未解決殺人事件の1つと言われ、被疑者は150名以上いたが、誰も逮捕はされていない。  
1948年 - 寿産院事件。乳幼児虐待と配給物資の粉ミルク等の横領容疑で、東京都新宿区にある寿産院の経営者夫妻が逮捕される。この経営者夫妻は、乳幼児を貰い受ける等とした新聞広告等により200名以上の乳幼児を集め、親から1人に付き4,000円から5,000円の養育費と、東京都からの補助金と配給品を受取りながら、配給品を闇市に横流しする等して、食事をろくに与えず、100名以上の乳幼児を死亡させる。 
1961年 - 神奈川県横浜市中区山下町にあり、横浜港のシンボルともなっているタワー『横浜マリンタワー』が開業する。灯台を意識したデザインとなっており、かつては灯台としても機能していた『横浜マリンタワー』は、高さ106mで、ピーク時には年間入場者数約105万名と、多くの観光客を集めたが、その後集客力が減少していき、2005年には年間約27万名にまで減少し、2006年末に一旦営業を終了する。「マリンタワー再生事業」に基づき、横浜市が改修し、公募された事業者が借上げる形で、外観のリニューアルや屋内の改装等が行なわれ、横浜港開港150周年に当たる2009年の5月23日にリニューアルオープンし、2010年4月1日には、恋人の聖地(特定非営利活動法人[NPO法人]地域活性化支援センターが主催する「恋人の聖地プロジェクト」により選定されたデートスポットで、自然に囲まれた場所、夜景の綺麗な場所、記念品が作られる場所等が選定されている)に認定される。 
1966年 - 現在の福島県いわき市にあった、常磐炭鉱で厄介物扱いされていた地下から湧き出る豊富な温泉水を利用して室内を暖め、「夢の島ハワイ」をイメージしたリゾート施設として建設された『常磐ハワイアンセンター(現:スパリゾートハワイアンズ)』が開場する。1964年に海外旅行が自由化されたものの、庶民には高嶺の花という時代であり、開業前の悲観論を尻目に、ホテルが当時破格の1泊3万円以上ながら、東京方面から多くの観光客を集め、大型温水プールを中心にした高級レジャー施設として、年間約120万強の入場者を集める。1970年代から1980年代にかけて人気が低迷したことから、1990年、オープン25周年を機に『常磐ハワイアンセンター』を『スパリゾートハワイアンズ』と改名し、2005年度には、『常磐ハワイアンセンター』時代の1970年度以来となる、年間利用者数150万を達成する。2006年9月23日から、『スパリゾートハワイアンズ』の誕生から成功までを、実話を元に描いて大ヒット作品となった長編映画『フラガール』が全国公開され、新施設も次々とオープンさせたことから、2007年度には、過去最高の年間約161万の入場者を記録する。2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により、『スパリゾートハワイアンズ』の施設に大きな被害が出たことから、長期間の休業を余儀なくされる。この困難を、常磐炭鉱が次々と閉山していた頃の困難に準え、また、震災復興への願いを込め、46年振りとなる全国キャラバン、「フラガール全国きずなキャラバン」を日本各地で開催する。そして、2012年2月8日には、約1年振りに全面開業して、年間利用者は震災被害以前の水準に戻っている。
1967年 - アメリカ合衆国西部、カリフォルニア州ロサンゼルスで、プロ・アメリカンフットボールのチャンピオンシップゲーム『第1回AFL-NFLワールドチャンピオンシップゲーム(第1回スーパーボウル)』が開催される。 
1968年 - 飯田橋事件。国鉄(日本国有鉄道、現在の東日本旅客鉄道[JR東日本])飯田橋駅付近で、学生運動の一隊と警視庁の機動隊が衝突し、学生が多数検挙される。
1969年 - ソビエト連邦の有人宇宙船「ソユーズ5号」が打上げられる。 
1969年 - 鹿児島夫婦殺し事件。鹿児島県鹿屋市下高隈町で、農家の夫婦が殺害される。被害者らの知人であった男性が逮捕・起訴されたが、後に無罪判決が確定し、冤罪(「無実にも係わらず、犯罪者として扱われること」)事件となる。