1月10日 記念日 その1 | スズメの北摂三島情報局

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2011/08/02 リニューアル
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柴犬ハルがお伝えします

西暦(グレゴリオ暦)AD2024年 令和6年 平成36年 
昭和99年 大正113年 明治157年 皇紀2684年 干支 甲辰(きのえ たつ)
第2水曜日 旧暦 11月29日、先負(癸酉)、月齢 28.1  
グレゴリオ暦で年始から10日目、年末まであと356日。
誕生花 フリージア・ツゲ・黄楊の花・ストック。

110番の日。
1985(昭和60)年12月に警察庁(内閣府[内閣の重要政策に関する内閣の事務を助ける任務や、内閣の首長たる内閣総理大臣を直接に補佐・支援する機関、内閣官房を助ける任務等を担う行政機関]の外局として、内閣総理大臣の所轄の下に置かれる合議制の行政委員会[一般の行政部門からある程度の独立性があり、複数の委員によって構成された公的な組織]、国家公安委員会に設置される「特別の機関」[特に必要がある場合に設置される機関])が制定した日で、翌年の1986(昭和61)年より実施している。110番通報の大切さとその適切な利用をアピールする日で、110番を日付にすると1月10日になることからこの日となった。この日には、全国の警察において関連のキャンペーンが行なわれている。110番とは、日本における警察機関に提供される緊急通報用電話番号である。正式名称は「警察通報用電話」で、「ひゃくとうばん」は、現代仮名遣いとしては正しくない表記であるが、現在でも利用されている。この読み方が世間に広まったきっかけは、日本で最初の刑事ドラマとされる、日本テレビ・よみうりテレビが制作し、日本テレビ系列で放映された連続テレビドラマ『ダイヤル110番』(1957[昭和32]年9月3日から1964[昭和39]年9月6日まで)のオープニングでの、警察官のセリフである。『ダイヤル110番』は、アメリカで1957(昭和32)年に放映された実録刑事ドラマ『ドラグネット』にヒントを得て制作された。警視庁の協力を得て、警視庁、警察庁、日本全国の警察署から寄せられた、現実の事件等の資料に基づいてストーリーが構成された。『ダイヤル110番』は、1958(昭和33)年6月14日、警察庁長官からスポンサーの新三菱重工業へ感謝状が贈られ、さらに、1961(昭和36)年9月5日には、警察庁長官賞を受賞した。なお、新三菱重工業は、1945(昭和20)年より1952(昭和27)年にかけて行なわれた、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領政策の1つで、「侵略戦争遂行の経済的基盤」になった財閥(一族の独占的出資による資本を中心に結合した経営形態)の解体による、第二次世界大戦以前の日本の経済体制の壊滅が目的とされる経済民主化政策、財閥解体によって「過度経済力集中排除法(集排法、昭和22年12月18日法律第207号)」の対象となり、三菱財閥(現在の日本を代表する企業グループの1つである三菱グループの前身)の中核を担っていた三菱重工業(日本最大の機械メーカーであり、「機械のデパート」とも呼ばれ、昭和時代初期から第二次世界大戦対米英戦中にかけて、日本の軍事力強化に伴ない兵器[艦船、航空機]製造の中心として発展し、日本海軍の超弩級戦艦、大和型戦艦の2番艦『武蔵』の建造や、長大な航続距離、20mm機関砲2門の重武装、優れた運動性能から、日本海軍航空隊の主力となった零式艦上戦闘機[ゼロ戦]を設計、製造する等して、日本屈指の巨大軍需産業となっていた)が1950年(昭和25年)、東日本重工業(後の三菱日本重工業)、中日本重工業(後の新三菱重工業)、西日本重工業(後の三菱造船[2代目])の3社に分割された中の1社である。当初は3社が製品で棲み分けるも、線引きが曖昧になり、製品群の重複が多数発生した。日本経済が飛躍的に成長を遂げた1954(昭和29)年12月から1973(昭和48)年11月までの約19年間の時期である高度経済成長期に当たり、三菱日本重工業、新三菱重工業、三菱造船(2代目)の3社の再統合が図られたが、「財閥の再来」等の非難も挙がるも、他の三菱グループと協力しながら、1964(昭和39)年に3社は再統合し(法手続上の存続会社は新三菱重工業)、社名を再び三菱重工業(2代目)にして、日本最大規模の重工業メーカーとして復興する。『ダイヤル110番』のオープニングは、警視庁の通信指令室が映った後、係が受話器を取って「はい、こちら110番」と応じる場面、「このドラマは、事実に基づいて制作されています」のナレーションから始まる。また、『ダイヤル110番』では本物のパトカーが使用されたことも評判になった。『ダイヤル110番』において、事件は血生臭いものだけでなく、明るいもの、感動的なもの等も取上げられ、お色気は抜きとされた。また、『ダイヤル110番』の中では、一話完結結だけでなく、連続ものとしてシリーズ化された作品も有り、「九州シリーズ」「関西シリーズ」「科学捜査シリーズ」「非行少年シリーズ」「もしもあなたがシリーズ」等と銘打たれたものもあった。『ダイヤル110番』では主役が設けられず、同じ役者でも、役名は回によって違っていたことが主であった。視聴率は、当時のベストテンの上位に付けていたことが多かった。緊急通報用電話番号の制度は、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)からの申入れにより、1948(昭和23)年に国家地方警察(現在の警察庁)と逓信省(現在の総務省、日本郵政[JP]、及び日本電信電話[NTT]の前身となる、通信事務を管轄する中央官庁)が協議して、同年10月1日から始まった。当初は東京都区部・大阪市・京都市・横浜市・川崎市・名古屋市・神戸市・福岡市の8都市のみでスタートした。東京は110番であったが、大阪・京都・神戸は1110番、名古屋は118番と全国統一はされておらず、1954(昭和29)年7月1日の「警察法(昭和29年6月8日法律第162号)」施行をもって110番に統一された。警察通報用電話が110番となった理由としては、国民に覚え易い番号とすること、誤報が少ないように番号を3桁にすること、ストッパーまでの距離が短い「1」を多くすること(当時の電話機は回転ダイヤル式)、の以上三項目を基本に検討された結果と言われている。手動交換が主流の地方では、110番という番号を既に個人が所有している場合があった。尤も、交換手に「泥棒です」等と言えば警察に繋いでもらえるため、特に不便でもなかったとされる。通報が集中している場合等、時々待たされる時があるが、待てないといってかけ直すと順番が最後になり、結局遅くなるので順番まで待っていた方がよい(受理台が空き次第接続される)。日本以外では、ドイツや中華人民共和国等で、同じ110番が使われている他、アメリカ合衆国が911番、イギリスでは消防と同じ999番である。110番はあくまで緊急通報専用電話であり、緊急を要さない問合せや相談等は「警察総合相談センター」の「#9110(シャープきゅういちいちまる)」や、各警察署等の一般電話で受付けている。「#9110」は、ストーカーや家庭内暴力、悪質商法等、生活の安全・平穏に関しての悩み事等を相談するための電話番号である。実際に事件が発生する前に手立てを打つことができず、重大な事件にまで発展してしまったこともあることから、警察に身近に相談できる手段として、1989(平成元)年から運用が開始された。「#9110」は、警察や警察官に対する意見・苦情も受付けている。北海道警察の各方面本部を含む、全都道府県警察本部に対応のための相談室が設置されているが、名称はそれぞれ異なる。日本全国どこからでも利用可能で、携帯電話からも利用可能である。電話を掛けると、その場所を管轄する警察本部の相談室に繋がる。なお、土日や祝日、及び夜間については、当直に接続されるか、自動音声での対応となる。